World Joker

4話 十五夜にて

  

 

 

 

メノウとアクア。

二人を除くメンバーが食堂に集まった。

手分けして船内を探し回ったが、見つからない。

「じいちゃんと寝るって言ってさ!」と、ジストが昨晩の状況を説明した。

特に珍しい事ではなかった。

夜は大抵ジストの部屋かメノウの部屋にいるアクア。

昨晩はメノウの部屋・・・103号室にいた筈なのだ。

それがメノウと共に忽然と姿を消してしまった。

102号室のコハクとヒスイも、104号室のトパーズも異変には気付かなかった。

 

「・・・放っとけ。そのうち出てくる」

 

トパーズだ。早朝から叩き起こされ、見るからに不機嫌そうで。

「ジジイが一緒ならどこへ行こうが問題ない」

確かにそれも一理、だが。

思い詰めた表情でヒスイが言った。

「お父さん・・・寝惚けて海に落ちたりしてないよね?」

メノウの寝癖が悪い事は皆知っていた。

孫のアクアも似たり寄ったりだ。

「・・・用心に越した事はないな」

オニキスの発言だ。

もう少しで船の正体が明らかになるというところで、肩に憑いた悪霊は身を潜めてしまった。

どうやら自分の意志で出たり消えたりできるようだ。

(肝心な時に役にたたん・・・)

 

船内捜索を続けるか否かで仲間割れしつつ、結局この日は二人を見つける事ができなかった。

 

その夜。102号室。

 

ヒスイはずっと行方不明の父親と娘を捜していた。

途中何度も心霊現象に遭遇・・・その疲れが出たようで、椅子に腰掛けたまま、うたた寝を始めた。

その傍らでコハクが呟く。

「これだけ探しても見つからないなんて・・・」

ヒスイをベッドへ運び、眠る唇にキスをして。

(ヒスイとあまり離れたくないんだけど・・・)

「僕が見てくるしかないか」

翼を持つ者。

長時間安定した飛行ができるのはコハクしかいない。

熾天使の翼なら、船がなくても海を渡れる。

この船は今、どの辺りを航海しているのか。

(まずはそれを知る必要があるな)

乗船してからエッチ三昧で、気にも留めていなかったのだ。

「ちょっと行ってくるね」

コハクは小声でそう言い残し、部屋を後にした。

 

 

 

熾天使の翼で半刻ほど飛行を続けた。

その成果として、コハクの目前に広がった景色は・・・

「クリソプレーズ・・・」

(どういう事だ?)

行き先不明にしても順調に前進しているものと思っていた。

ところが、三晩も海上で過ごした割に、出航したクリソプレーズの港からそれほど離れていなかったのだ。

「・・・・・・」

(やっぱりあの船普通じゃない)

今度はヒスイの身が心配だ。

コハクはすぐに引き返した。

 

そして・・・

甲板に降り立つ前の上空で、コハクは見た。

 

船を中心として広がる巨大魔法陣。

目映い光を放ち、一瞬消えて、また現れた。

瞬きしていたら見逃してしまいそうな刹那の出来事・・・

すぐに海面の光は消え、すべてが元通りになった。

「成る程ね・・・」

穏やかなさざ波を見つめ、コハクは言った。

 

 

「この船・・・渡るのは海じゃない。時空だ」

 

 

時間や空間を超える船。

メノウとアクアはどこか違う時代にいるのかもしれない。

(発動条件は何だ?)

一刻も早くそれを突き止めなければ、次の被害が出るのは時間の問題だ。

(っていうか、今ので誰か・・・)

猛烈に・・・嫌な予感。

コハクは甲板を突き破る勢いで下降した。

 

「父ちゃんっ!!大変だよっ!!」

 

迎えたのはジスト。

続くのは当然、悪い知らせだ。

 

「ヒスイと兄ちゃんもいなくなった!!」

 

 

 

 

ヒスイとトパーズ。

二人は砂浜に立っていた。

 

 

“十五夜にて待つ”

Goodluck!

 

 

乾いた砂の上にそう書かれていた。

ヒスイはそれをまじまじと見つめ、自分なりの解釈を述べた。

「十五夜に・・・迎えに来るって事?」

どれだけ目を凝らしても、海上に幽霊船の姿はない。

今さっき降りたばかりだというのに。

 

 

 

・・・不思議な夜だった。

 

甲板で一服しようと外へ出た、トパーズの視界に現れた土地。

「・・・・・・」

(幻覚か?)

どう考えてもおかしい。

先程まで到着の兆しすらなかったというのに、まるで自分を導くように船から陸へと道が作られていた。

「・・・・・・」

調べない手はない。

まさにこれこそメノウ達を行方不明にした正体かもしれないのだ。

 

「ん・・・おにい・・・ちゃん?」

102号室で目を覚ましたヒスイ。

コハクの姿が見えないので途方もない不安に襲われ、甲板へ出た。

「え・・・?あれ?」

その土地はヒスイの目前にも広がっていた。

一足先に上陸したトパーズの後ろ姿も。

「トパーズ?一人で行っちゃ危ないよ!」

トパーズを追い、ヒスイも船を降りた・・・そして今。

 

「ここ・・・どこなんだろうね」

船は去った。メッセージを残して。

見ず知らずの土地に二人取り残されたという状況だ。

正確な時間はわからないが、移動前と同じ夜だった。

「・・・・・・」

トパーズは海に背を向け歩き出した。

「あっ!待って!トパーズ!どこいくの!?」

「ここにいてもしょうがない」

幸いにも開けた土地だった。

近くに集落があるらしく、暗闇の中、いくつか灯りが見える。

十五夜まで雨露を凌ぐ宿を求め、トパーズとヒスイは歩き出した。

 

「ウォータ・ギルド?」

 

ヒスイは、入口に掲げられた大きな看板の文字を読み上げた。

「漁業組合だ」と、トパーズ。

「へ〜・・・」

モルダバイトには海がないので、ウォータ・ギルドというのも珍しい。

ヒスイは少しの間看板を見上げていた。

「行くぞ」

トパーズが一歩足を動かした時だった。

 

 

「お前さん達、異国人かね?」

 

 

医者の格好をした白髪の老人がトパーズとヒスイを呼び止めた。

世にも稀なる銀髪の二人、人間離れした美しさから、異国人扱いされる事も多い。

「ここは封鎖されとる。悪い事は言わん。早々に立ち去れ」

「封鎖・・・流行病か」

封鎖と聞いて、トパーズがすぐにそう切り返した。

「そんなところじゃ。ここの女共がやられてしもうての」

原因不明の病に手を焼いているという。

「男連中が、人魚の呪いだのと騒いでおるよ」

感染の可能性もあり、現在は立ち入り禁止区域となっているらしい。

 

それがわかっていて強引に踏み込む程愚かではない。

二人は医者の勧め通り港町を目指した。

 

港町は、ヤシの木が並ぶ南国風リゾート地のような雰囲気だった。

深夜なのでさすがに人の姿はないが、街灯が多く、町全体が明るい。

宿はすぐに見つかった。

二階の角部屋・・・そこで腰を落ち着ける。

「お兄ちゃん、心配してるだろうな・・・」

十五夜まで一週間。

トパーズがシャワーを浴びる音を聞きながら、ヒスイは窓からぼんやり月を眺めていた。

 

 

「絶対帰るから。待っててね、お兄ちゃ・・・んっ!?」

 

 

髪を引っ張られ、振り向くと、シャワーを済ませたトパーズが立っていた。

セミヌード・・・濡れた男の色気が漂っていても、見慣れているので特に何とも思わない。

「・・・お前も浴びてこい」

「うん」

湿っぽい海風に吹かれ、髪がベタベタになっていた。

トパーズに続き、ヒスイもシャワー・・・そこで。

「・・・あれ?」

右足のくるぶしの上、薄い銀色の鱗が張り付いていた。

ほんの数枚でも、目立つ。

「何よ、これ・・・気持ち悪いわね・・・」

擦ってみるが、落ちない。

ヒスイの心臓が鈍く脈打った。

 

 

「・・・まさか・・・これ“人魚の呪い”じゃ・・・」

 

 

 

 

時は少し戻り・・・メノウとアクア。

 

 

“十五夜にて待つ”

Goodluck!

 

 

違う砂浜で、同じメッセージを受け取っていた。

ここに至るまでの流れもトパーズ&ヒスイ組と殆ど同じだった。

「十五夜ってなに〜?」5歳アクアの質問。

「満月の夜ってコト」分かり易くメノウが回答した。

「ママがいちばんキレ〜な夜だぁ。アクアも満月大好き〜」

そうか、そうか、とメノウが笑顔で頭を撫でる。

「アクアたち、かえれるのかな〜?」

「帰れるよ」

時が満ちれば、おのずと迎えがくるのだ。

その間生き延びればいいだけで。

天才には簡単すぎる課題だ。

(ヒスイは心配してるかもしれないけど、トパーズが適当にあしらってるだろ)

まったくその通りだった。

十五夜まであと一週間。

(とりあえず寝るトコ見つけないとな)

「んじゃ、行くか」

「ん〜」

メノウとアクアは仲良く手を繋ぎ出発した。

 

 

海からたいぶ離れた森の中。

 

「なんかくさぁい〜」と、アクアが鼻を摘んだ。

「ママがぁ〜お料理したときみたい〜」

・・・焼け焦げる匂いだった。

「どっかで火事でも起きてんのか?」

メノウはアクアの手を引き、黒煙が流れてくる方向へ進んだ。

森を抜け、広場に到着。

そこでは・・・

 

 

「魔女狩りかよ・・・」

 

 

火あぶりの刑。村人が集まり、一人の女を取り囲んでいた。

罵声と小石が投げつけられる。

そういう愚かな人間の風習に、つくづく嫌気がさす。

(可哀想になぁ)

大抵は濡れ衣なのだ。

(本物の魔女は人間なんかに掴まらないって)

同情しつつ、磔にされた“魔女”を見る。

「・・・え?」

驚きから、メノウは大きく両目を見開いた。

 

 

炎の中、ふわりと舞う・・・銀の髪。

 

 

「サ・・・ンゴ?」

 

 

 


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