World Joker

5話 Kiss厳禁

 

 

 

 

出会いは、別れの始まり。

俺と・・・サンゴの場合。

 

 

場所は特定できないが、どうやらここは過去らしい。

不運にも魔女として祭り上げられていた女は、メノウの妻サンゴだったのだ。

「・・・ったく、どうなってんだよ」

当然、見過ごせない。

愛しき魔女を救う為、メノウは呪文を唱えた。

精霊魔法・・・火の精霊を介し、燃えさかる火を支配する。

「あっちいけ」

メノウの言葉に従い、サンゴ周囲で燃えていた火が退いた。

まるで意志を持つ生き物のように、焼き尽くす標的を変える。

その姿は、大蛇。地を這い、近くの教会へと燃え移る。

教会が火事になった事で村人達はパニックに陥った。

「今の内に・・・っと」

混乱に乗じて、メノウはサンゴを助け出した。

灯台もと暗し、で、広場からそう離れていない村外れの廃屋に匿う。

手際良く建物に目眩ましの魔法を施し、更に修復魔法で老朽化した内装及び家具を一新。

安全かつ快適な環境に整え、そこに意識喪失中のサンゴを連れ込んだ。

「おじ〜ちゃん、すごいね〜」

パチパチ!夢のような魔法の連続に、アクアは拍手で大喜びだった。

それからしばらくして。

 

 

「おば〜ちゃん」

 

 

ベッドに飛び乗り、意識を取り戻したサンゴに抱き付くアクア。

何も知らないサンゴは間の抜けた顔をしている。

「おばあ・・・ちゃん?」

「そ〜。アクアのおば〜ちゃん!」

「???」

「おいおい、アクア、駄目だろ・・・」

メノウが引き離そうとしても、一向にサンゴから離れない。

(あ〜・・・懐いちゃったよ、どうするかな・・・)

 

紅い瞳のサンゴは繰り返し記憶を失う運命で。

ここで話した事も、いずれ忘れてしまうだろう・・・と。

メノウは包み隠さず真実を語った。

 

「は?夫婦・・・ですか?」

頬に手を当て、サンゴが聞き返す。

「そ、俺とキミがね」

未来の世界で。

「娘がひとり産まれるんだ。その娘が産んだの」

「この子を?」

「アクアだよ〜」

亡くなったと聞いていた祖母に会えた事が嬉しかったらしく、アクアはサンゴにベッタリだ。

メノウは苦笑いを浮かべた。

(ま、いきなりこんな事言われたって信じる訳ないよな)

ところが。

「そうですか」

サンゴはニッコリ納得で、孫アクアの頭を撫でた。

(マジかよ・・・)

「いいの?ソレで」

「はい」

アクアの銀髪が何よりの証明ではあるが、ここまですんなり受け入れて貰えるとは思わなかった。

逆に驚かされる。

 

 

「あなたは・・・」

「俺、メノウ」

 

 

「メノウ・・・さま」

サンゴは丁寧に敬称を付けて夫の名を呼んだ。

「さぞ名のある魔道士の方とお見受けします」

意識が朦朧とする中、天才メノウの魔法を見ていたのだ。

サンゴは三つ指をつき、深々と頭を下げた。

「この度は命を救っていただき、ありがとうございました」

「いいよ、礼なんて。夫婦なんだから」

(相変わらず律儀だなぁ・・・)

「ところでさ、何であんなコトになったの?」

磔にされるまでの経緯が気になり尋ねたが、途端にサンゴの表情が沈んで。

「・・・ま、言いたくなきゃいいけどさ」

「すみません。あの、ところで・・・」

「ん?」

「娘・・・の・・・名前を教えていただけませんか?」

「ああ、“ヒスイ”だよ」

 

 

 

 

そのヒスイは・・・

 

(まずいわ、コレ)

シャワーを止め、しゃがみ込み、思案中だった。

“人魚の呪い”初期症状。

ウォーター・ギルドで医者から聞いた話では、足に鱗が生え広がり下半身が徐々に魚化する病で、病状が進行するのにつれ人魚のような姿になってゆくことから“人魚の呪い”と言われているのだそうだ。

ちなみに男性は感染しない病だ。

死者はまだ出ていないものの、伴う高熱で衰弱し生死の境を彷徨っている患者も多いという。

 

 

ヒスイはその人魚の病に冒されていた。

 

(このままだとどうなるのかな)

五体満足でいられない事は確かだ。

陸上での生活が困難になり、最悪命を落とす危険性もある。

更には、ヒスイがこの町に来た事によって感染の被害が拡大する恐れもあった。

「十五夜までになんとかしないと・・・」

帰るに帰れない状況に陥っていた。

「とにかくウォーター・ギルドに行って、詳しく調べなきゃ・・・」

医学分野はあまり得意ではないが。

「そんな事言ってる場合じゃないわ。やるしかない」

自分の病気は、自分で治して。

(絶対、お兄ちゃんのところに帰るんだから!!)

 

 

 

「・・・・・・」

ヒスイと入れ替わり、今度はトパーズが窓辺にいた。

 

 

 

でてきたら、つかまえて、たっぷり噛んでやる。

 

 

 

ヒスイと迎えた夜。

ここが何処か・・・知るのは明日でいい。

とにかく今夜はヒスイを困らせる事にする、と。

トパーズは心身共に準備万端でヒスイを待った。

ところが、シャワーの音が止まってから大分経つのに、まだヒスイは姿を見せない。

(何をやってる)

待ちきれなくなり、シャワールームへ。

容赦なくドアを開けた。

鍵がかかっていないのはいつもの事だ。

 

そしてヒスイは・・・

 

「う〜ん」

裸で座り込んだまま、今後の問題について頭を抱えていた。

「え!?トパーズ!?」

シャワールームへの侵入者に気付くなり、両手で鱗を隠す、が。

本来隠すべき場所は・・・丸見えだ。

「・・・何を隠した?見せてみろ」トパーズが詰め寄る。

「か、隠してなんか・・・」と、言いつつ視線を逸らすヒスイ。

「!?やっ・・・何す・・・」

トパーズはヒスイの足首を掴み、強引に自分の方へ引き寄せた。

「っ!!ひゃぁ・・・」

ヒスイが何を口走ろうがお構いなしだ。

銀色の鱗を見るなり、舌打ち。

「・・・ごめん」

「・・・・・・」

銀の吸血鬼は総じて美しい姿をしているが、体は弱く脆い。

人間に比べ、外傷が治りにくいのは勿論、病気にもかかりやすい。

・・・つまりそういう事だ。

ウォーター・ギルドに留まった数分間でヒスイはちゃっかり感染していたのだ。

「ここにはいられないね。他のヒトに感染させちゃまずいし」

「それは問題ない」

「何で?」

「人間から人間へ感染するものならとっくにここもやられてる」

距離も近く、人魚病が認知されるまでは交流も盛んだった。

けれどもこの町からは一人も感染者が出ていない。

現在、人魚の呪いにかかっているのはウォーター・ギルドの居住区に長く身を置いていた女達だけなのだ。

宿の女将がそんな話をしていた。

「そう・・・なんだ」

大きな問題がひとつ減り、気が楽になった・・・のも束の間。

「応急処置、だ」と。

トパーズはヒスイの右足を高く持ち上げた。

ニヤリと笑い、それから・・・パキッ。

ヒスイの鱗を一枚剥がした。

「いたぁっ!!」

涙目でヒスイが叫び、濡れたタイルの上で悶える。

鱗を剥がされる痛みは相当なものらしい。

肌に絡みつく髪。小柄な裸体が反った。

「・・・っ、はぁ」

苦しげなヒスイの表情。

その息遣いはセックスの時と似て、トパーズを興奮させた。

「・・・全部剥がす」

「ちょ・・・まっ・・・あ、うっ!!」

続けて二枚、三枚・・・ヒスイが転がって呻く。

いたぶるのか楽しくて。

ヒスイの泣き顔を見ると、もっと虐めてやりたくなる。

当初の目的通り困らせるつもりで、応急処置は中断。

トパーズは上からヒスイと体を重ね、唇に、唇を近づけた。

 

 

・・・届かないと、わかっている。

 

 

“キス厳禁”なのだ。

10年宣言の適用期間内なので、トパーズも本気で奪うつもりはなかった。

 

 

「っ・・・だめだよ」

 

 

拒絶するヒスイの指先がトパーズの唇に触れた。

・・・キス厳禁とわかっていても、求め続ける理由。

 

 

「だめ」「ためだよ」「だめだってば!」

 

 

そう諫めるヒスイの声はいつもと違う響きを持っていて。

この瞬間だけは、男と女として向き合える。

(だからオレは・・・)

 

 

ヒスイの指先に押し戻されるのが、嫌いじゃない。

 

 

「トパーズ?」

唇にヒスイの指をのせたまま、優しく歪む口元。

「・・・仕上げだ」

「・・・っ!あっ!!」

パキッ・・・応急処置を再開し、最後の一枚を捲り取った後、トパーズは出血したヒスイの傷口を舐めた。

「んっ・・・あ・・・あれ?」

すると、痛みが中和され、急に楽になって。

ヒスイは上体を起こした。

「これで様子を見る」

トパーズが足首から手を離す。

不気味な鱗は消えてなくなっていた。

 

 

「・・・先に寝てろ」

「うん」

 

 

 

今夜はあえてベッドがひとつしかない部屋を選んだ。

その、ベッドの上で。

無防備に白い背中を晒し、ヒスイが眠っている。

「・・・・・・」

幼い姿をした母親がどうしてこうも煽情的なのか。

トパーズの胸に込み上げるのは、淡いときめきなどではなく、もっと明確な“触れたい”“抱きたい”という感情だ。

寝息に合わせて動く背中を指先で突くと、ピクン!敏感にヒスイが反応した。

続けて口から・・・

 

 

「おにいちゃぁ〜・・・ん」

 

 

「・・・バカ」

トパーズはふて腐れた顔をヒスイの背中に寄せた。

 

 

禁止になったのは、唇へのキス。

 

 

(他は知ったことか)

小さなヒスイの背中に押し当てる唇。

少し舐めて、それから強く吸った。

「っ・・・」

背中に残す、愛のしるし。

チクリとした痛みを感じても、ヒスイは軽く眉をしかめただけで、目を覚まさなかった。

「・・・・・・」

そのままヒスイの隣で横になってみたものの、体が疼いて。

甘い・・・寝息の誘惑。

毎晩塞がっているヒスイの穴が、今夜は空いているのだ。

そんな事を考えると、吐く息が熱くなり、やたらと目が冴える。

トパーズはベッドを抜け、外に出た。

 

朝日の眩しさに目を細めながら、一服。

 

 

「・・・馬鹿だ。オレも」

 

 

 

ヒスイと・・・二人きりになりたいとずっと思っていた。

けれども、いざそうなったところで、どうする事もできず。

 

 

 

ただ・・・眠れないだけ。

 

 

 

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