World Joker

6話 SOSの指輪

 

 

 

 

ザシュッ!!

甲板に突き立てられる剣。

 

 

「いい加減協力してくれないと、この船沈めるよ?」

 

 

ヒスイが行方不明になった夜。

コハクの怒りの矛先は、船幽霊に向いていた。

特級クラスのエクソシストコハクならではの芸当で、船内を徘徊する悪霊を捕らえ、一カ所に集めた。

その中に言葉を話せる霊がどれだけいるかわからないが、船の正体を聞き出す為、まずは脅迫。

熾天使の羽根を広げ、悪霊の苦手な光を浴びせたりして強制的成仏を仄めかす。

「パパ、ちょっと落ち着きなよ」

スピネルが宥めても、効果なし。

自分は冷静であると言い張るコハク・・・その割に手荒い。

(ママがいないと凶暴な本性丸出しだよ)

やれやれと肩を竦めるスピネル。

その隣には、悪霊憑きのオニキスがいた。

「問いに答えろ。このままでは仲間が消されるぞ」

これまでの話によると、コハクが集めてきた悪霊のほとんどはタロットに憑いた者達という事になるのだ。

しばらくして。

「エクソシストは苦手なんだよォォ〜!!」

悪霊の愚痴が返ってきた。

その途端。

「じゃあ、君に答えてもらう事にしよう」

オニキスの肩付近にコハクの視線が注がれる。

悪霊は姿を隠したままだったが、瞬時に見抜いたようだ。

にこやかに、剣先を突き付け、尋ねる。

「・・・この船は“何”?」

行方不明者を多発させた能力の詳細、それが知りたい。

 

 

『願いが叶う場所へと連れて行ってくれる船』

 

 

これが悪霊の回答だった。

乗船者の“願い”に呼応し、能力を発動させるが、直接願いを叶えるのではなく、願いが叶う場所まで運んでくれる・・・あくまで乗り物として。

 

ヒスイと一緒ならどこへでも。

 

コハクを始め、オニキス、ジストもそう思っていた。

スピネルも(まあいいや、どこでも)という感じで。

日常生活にさしたる不満もなく、特に明確な願いのない4人が船に残ったのだ。

 

 

「・・・だとしたら、“ヒスイと再会できる場所”を願えばいいんだろうけど」

「父ちゃん!頭いいっ!!」

そこで明るい声をあげたのはジストだけで、言ったコハクも他の二人も難しい顔をしている。

強い願いがあったとしても、その願いをこの船がいつ叶えてくれるのか不明瞭なのだ。

続けてコハクが言った。

「オニキスがここにいるって事は、“時間”までは超えてない」

勿論、ヒスイの話だ。

ヒスイと眷族のオニキスは個別に過去や未来へ移動できない。

それは実証済みだった。

「不幸中の幸いで、ヒスイは同じ時間軸・・・つまりこの世界のどこかにいる」

一筋の希望・・・しかし世界は広い。

 

次の発動を待つか。

世界中を探し回るか。

 

一分一秒でも早くヒスイと再会できる方法を選び取らなければならない。

「ヒスイ、お兄ちゃんが必ず迎えに行くからね!!」

 

 

 

 

「ふぁぁ〜・・・おはよぉ」

ヒスイは宿のベッドで目を覚ました。

大きく伸び。

どんな状況下でもぐっすり眠れるのは特技だ。

「あれ?トパーズ、もう起きてたの?」

トパーズは窓辺で煙草を咥えていた。

ベッドの上からトパーズを見上げ、ヒスイは欠伸混じりに言った。

「よく眠れた?」

「眠れた」

トパーズは即答した・・・が、嘘だ。

本当は一睡もしていなかった。

「・・・どうなった?」

「え?」

「足だ」

「あ・・・そうだ」

人魚の病に冒されている事を思い出し、ヒスイは上掛けを捲った。

白い両脚、そして。

「嘘・・・でしょ・・・」

眠気も吹き飛ぶ。

右足首からふくらはぎにかけて、再び鱗が生えていた。

しかも増量している。

「・・・・・・」

さすがのヒスイも深刻な表情で黙り込み。

「・・・・・・」

トパーズは無言で身を翻した。

「トパーズ!?待って!!私も・・・え?」

ドサッ!

トパーズを追おうとして、ベッドから派手に転落。

「何やってんだ、馬鹿」

トパーズが上から見下ろす。

「あれ?あれれ?」

立ち上がろうとするが・・・立てない。

「足が・・・動かなくなっちゃった・・・」

人魚病の影響だ。

ヒスイは茫然と自分の足を見つめていた。

「それで?どうする?」

意地悪なトパーズの質問。

歩けない。でも、一緒に行きたい。と、なれば。

「ホラ、言え」

「お・・・おんぶしてくださいっ!!」

 

 

 

「懐かしいね、昔も・・・」

ヒスイが階段を踏み外し、足を挫いた時、こうして背中に乗せて貰った事があった。

「・・・忘れた」

今度は照れ臭さから嘘をつくトパーズ。

「そっか」

ヒスイは別段怒るでもなく、昔話を打ち切り、黙ってトパーズの背に揺られていた。

「あ!見えたよ!」

 

 

ウォーター・ギルド

 

 

注意を促す看板が立てられ、ロープが張られていたが、門番の姿はない。

「静かだね」

女がいないのは仕方のない事だが、それにしても人気がない。

目につくのは老人ばかりだった。

「ブツブツ・・・人魚の祟り・・・」

「人魚は海へ還さねば・・・」

口々に迷信めいた事を唱え続けている。

「男のヒトもいないね。付きっきりで看病してるのかな?」

二人は、ギルドの正門で出会った医師を捜していた。

人魚病について一番詳しいと思われる人物だ。

ギルド本部、市場、造船所、居住区。そして港。

外を一巡りしたが、発見できず、二人は情報を求めギルド本部へ踏み込んだ。

 

 

「お兄ちゃん達、異国の人?あっ!!女の子はだめだよ!!人魚になっちゃうよ!!」

 

 

ギルドの受付はなんと子供だった。

8歳の少年がここでの最年長らしく、以下数名いずれも男子。

トパーズの背に乗ったヒスイを見て大騒ぎだ。

「コレはもう手遅れだ。それより、親はどうした」

「お母さんは人魚になって海へいっちゃったんだ」

なぜか父親も一緒に姿を消してしまったという。

朝起きたら両親がいなくなっていた・・・ギルドに集まった少年達は皆同じ境遇だった。

少年達の話から、ここはハーモトームという国で、モルダバイトとは別の大陸である事がわかった。

時差も文化の違いもそれほどないようで、ここでも今は夏休み。

故郷に帰る者も多く、ギルドに留まっている人数は50人に満たない。

その中でも女の数は少なく、15人程度らしいが、いずれも人魚の病にかかり行方不明になっている。

 

現状はそんな感じだった。

 

夕方になると急に天気が崩れ、雨が降り出した。

トパーズとヒスイは、子供達の案内で、居住区の空き部屋に身を落ち着けた。

1LDKで1階がキッチン、2階が寝室となっている。

ベッドは、ひとつしかなかった。

「・・・・・・」

寝不足を覚悟して、とりあえずヒスイを先に放り込む。

「そこで大人しくしてろ」

自分は1階にいると告げ、立ち去ろうとした時だった。

「あ!トパーズ!」

ヒスイに呼び止められ、足を止める。

振り返らないトパーズの背中に、ヒスイは笑顔で礼を述べた。

「今日はありがとっ!」

「・・・・・・」

前を向いたまま、ヒスイの声を聞くだけ聞いて、トパーズは階段を降りていった。

 

 

それから小一時間。本格的な雨の夜となった。

(雨のせい・・・なのかな?)

大気中の湿度が増すにつれ、足に感覚が戻り、フラフラとではあるが歩行可能になった。

ヒスイはゆっくりと階段を降り、無事1階へ到着した。

「あっ!」

コハクが不在の場合、ヒスイに餌を与えるのはトパーズだ。

誰もいない市場から入手してきたパンと野菜でサンドイッチを作ったところだった。

「美味しそうだね〜・・・」

この地にやってきてから何も食べていなかった。

お腹も空く。

涎を垂らしそうな勢いで、ヒスイはテーブルの上のサンドイッチを見つめた。

「食べていい?」と、尋ねながら手を伸ばすヒスイ。

ところが、サンドイッチに届く前に、ひょい、と。

トパーズに皿ごとおあずけされてしまった。

「食いたいか?」

「うん」

「なら3回まわってワンと言え」

犬レベルでヒスイを躾ける・・・トパーズ流の愛し方だ。

「うん」

サンドイッチ食べたさに、ヒスイはあっさり従った。

3回くるくるまわり・・・ワンッ!

「・・・よし、食え」

「うんっ!」

テーブルに戻されたサンドイッチを、今度はしっかり両手で掴み、口へ運ぶ。

夢中になって野菜を頬張るヒスイ。

モグモグモグ・・・ゴリッ。

(ゴリッ?)

突然、硬質なものが混じり、違和感を覚えた。

それを口から出してみる・・・

「!!!」

(嘘ぉ!!?牙が抜けちゃった・・・)

ヒスイの手の平には牙。

「よこせ」

調べてみると言って、トパーズはそれを取り上げた。

 

 

その夜。

 

2階、ヒスイ。

(私・・・どうなっちゃうんだろ・・・)

吸血鬼の牙まで失ってしまってはいよいよ不安になる。

眠れない夜・・・かと思いきや。

ふぁぁ〜・・・ヒスイの口から欠伸が出た。

「明日から頑張る事にして、今日は寝よ」

コハクの姿を思い浮かべ、ベッドに入る。

(おやすみ、お兄ちゃん)

 

1階、トパーズ。

「いいものを手に入れた」

ヒスイの一部であった牙。

ガリッ・・・手始めに噛んでみる。

(アイツも恐らく同じ事をするだろうが)

「コレはオレがいただく」

今夜ばかりは勝ち誇った笑いで、トパーズはヒスイの牙を口へと放り込んだ。

唾液を絡め、たっぷり舐め転がす・・・それはとても美味で。

しばらく煙草は必要なさそうだ。

(だが・・・牙まで抜けたのは正直まずい)

ヒスイの体は思った以上に病に冒されていた。

魔法で治療するにしても、病気の原理がわからなければどうにもならない。

「・・・そろそろ真面目にやるか」

 

 

 

翌日も引き続いての雨で。

人魚病ヒスイの体調はいい。

体調はいいが、病状は一気に進行し、左足にも銀色の鱗が広がっていた。

「トパーズ?どこ行くの?」

ヒスイは、昨日の朝と同じように身を翻すトパーズを呼び止めた。

「・・・水槽を用意する」

「す、水槽!?」

「お前をそこで飼う」

吸血鬼は廃業だな、と。

朝から快調にヒスイを虐待した後、トパーズは単身外出した。

「トパーズの意地悪・・・」

残されたヒスイは次第に険しい顔になり。

「私は吸血鬼なの!人魚にはならないもん!!」

吸血鬼の生活が気に入っているのだ。

(お兄ちゃんの血が飲めなくなるなんて嫌だよ・・・)

こうしちゃいられない!と、ヒスイも慌てて行動開始した。

雨が止んでしまったら、また歩けなくなる。その前に。

「海、行ってみよ」

「母親は海に〜」というギルドの少年の言葉が気になっていた。

それが人魚病の末路なのか。

ヒスイは降りしきる雨の中へ走り出た。

パシャパシャ・・・濡れた地面を軽快に蹴って。

居住区を抜けてすぐのところだった。

「!!あのヒトは」

海へと続く道でヒスイは探していた人物を発見した。

白衣の老人医師だ。

「待って・・・っ!」

ヒスイの声に振り返る医師。

「お嬢ちゃん・・・ここに入っちゃいかんと・・・」

「私も感染しちゃったの」

鱗の生えた両足を指差し、ヒスイが訴える。

「それで色々聞きたい事が・・・」

 

 

「ほう・・・これはさぞ美しい人魚になるじゃろう」

 

 

「・・・え?」

「高く売れるの」

「え?え?」

(美しい人魚?高く売れる?)

ヒスイが感染者と知るなり、老人医師は態度を豹変させた。

その口から出た言葉に耳を疑う。

(人魚病はもしかして意図的に・・・)

そこまで考えたところで、プシュッ!!

得体の知れないスプレーを顔面に吹き掛けられ、ヒスイの意識が薄れる。

「ぅ・・・」

崩れ落ちる体・・・左手の薬指から指輪を外し、地面へ落とすのが精一杯だ。

それはSOSのサインだった。

 

 

身に危険が迫ったら、指輪を落とすこと。

 

 

昔からの、コハクとの決め事だった。

トパーズに届くよう祈りつつ、ヒスイは瞼を閉じた。

(ごめ・・・ん・・・トパーズ・・・)

 

 

 

数十分後。

 

「・・・・・・」

ヒスイとは別に調査をしていたトパーズは道端であるものを拾った。

・・・ヒスイの結婚指輪だ。

いくらヒスイがそそっかしくても、大切にしている結婚指輪をこんな所で無くす筈がない。

明らかに、何らかの事件に巻き込まれている。

トパーズはSOSの指輪を強く握り締めた。

 

「・・・あの馬鹿、何やってんだ」

 

 

 

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