World Joker

19話 ヒトメボレ

 

月下の原っぱにて。
フェンネルを抱き、俯くスピネル。

「なかなかやるじゃねぇか」

初めて聞く声だった。
スピネルが顔を上げると、そこには一人の女が立っていた。

「困ってんだろ?助けてやろうか、その魔剣」

月明りがあるとはいえ、夜の空間だ。
肌や髪の色はよくわからない。
パンツスーツ。短めの髪を無理矢理後ろで結び、逆にネクタイはだらしなく緩め。
態度からして粗雑な感じのする大人の女だった。

「いつもなら金巻き上げてやんだけどよ」

口調も乱暴だ。
両手を腰に当て、視線はフェンネルへと注がれていた。
フェンネルを魔剣と見抜く時点でもはや素人ではない。

「いいもん見して貰ったからサービスしとく」

“いいもん”とはスピネルと悪魔の戦いの事だ。

「腕のいい武器職人を紹介してやるぜ」

仕事柄詳しいのだと女は言い、内ポケットから取り出した小さな紙を裏返し、ペンで闇鍛冶屋の場所を示した。

「ほらよ」

スピネルが受け取ったのは、名刺だった。


アンデット商会 営業部長 ウィゼライト


(アンデット商会・・・ママがカモになってるところだ。この人が営業部長?)

信用できるかどうか迷うが、スピネルはとりあえず礼を言った。

「ありがとう」
「ソレ見せりゃ、悪いようにはしない筈だ。じゃあな」

後腐れなく、女は去った。
次に現れたのは・・・

「オニキス・・・」

ジストから、スピネルが悪魔に襲われたと聞き、探しに来たのだ。

「スピネル、お前、怪我を・・・」
「たいした怪我じゃないよ。これでも一応男だし。後でジストに治してもらうから心配しないで」

オニキスを安心させるため、そう言って。

「それよりもフェンネルが・・・」
「これは・・・酷いな」
「ごめんなさい」

沈んだ声・・・オニキスはスピネルの頭に軽く手を置き、言った。

「お前が無事ならば、フェンネルも本望だろう」

魔剣が折れるという話はこれまで聞いたことがない。

「フェンネルは、しばらく預かる」
「え?」

フェンネルの修理に際し、スピネルが一人で無茶をしないように、だ。

「コハクなら何か知っているかもしれん。戻るぞ」
「・・・うん」

スピネルの手には例の名刺が握られたまま。
二人はアスモデウスの館へと急いだ。

 

その館では。

「我を殺せ」

尋問はいつもならコハクの役目だが、ヒスイとの仲直りで忙しく本日は放棄。
代わりにメノウとトパーズがアスモデウスの前に立った。
ジストやヒスイに手を出した罪は重いが、当人達は無傷であり、アスモデウスの命まで奪う気はなかった。

「な、お前ってさ、ホモなの?」

突然メノウの口から出た、途方もない質問にアスモデウスが答えた。

「昔・・・好きな女がいての」

手酷くフラれ、自棄になって試しに一度男を食ったら、そう言われるようになっただけで、性別には拘らないらしい。
ジストに目を付けたのは初恋の女に似ていたから・・・アスモデウスはそう自供した。
一目惚れなのだと、困った事を言う。

「う〜ん。でもオレ男だし・・・あ!」

ジストの名案。

「オレの望むものになってくれるっていうんならさ!そのままの姿でいいから友達になってよ!」
「友達・・・とな?」

驚きのアスモデウス。
意表を突かれ、とても大悪魔とは思えない表情で聞き返す。
ジストは大きく頷いて。

「名前はー・・・」
「おい」

厳しい声が割って入った。
トパーズなりの親心で、悪魔との契約を危惧しているのだ。

「うん、わかってる」

ジストはそれを理解した上で・・・友情の証を見せた。

「名前は・・・テルルっ!!」

フルネームはテルリウム、テルルは愛称だ。

「その名、確かに貰い受けた」

契約成立と同時に、前アスモデウス、現テルルはまさにドロン。
煙となって消えた。

「礼を言うぞ。ジスト。いずれまた会おう」
「・・・バカ」

トパーズがジストの頭を叩いた。
悪魔との契約はそれなりのリスクを負う。
位の高い悪魔ほどそうだ。

「うん、でも友達が一人増えたしっ!!」

叩かれても、懲りずに笑顔のジスト。

「あっ!スピネル達だっ!!」

真っ直ぐ兄弟の元へ駆けてゆく。

「スピネルっ!!大丈夫っ!?」

もう一方では・・・

「コハク、後で話がある」

オニキスが話を切り出した。
ヒスイの目を盗んで・・・というのもおかしいが、ヒスイが絡むと何事もややこしくなるので、スピネルの安否を確かめにヒスイがコハクから離れた隙を狙って・・・だ。

「珍しいですね。どうかしたんですか?」
「・・・フェンネルが折れた」
「フェンネルが?」

コハクは、オニキスが小脇に抱えているものを見た。
布に包まれた・・・恐らくそれがフェンネルだ。

「・・・わかりました。では・・・」


二時間後、地下のバーで。

事件も一段落し、一行はホテルへと帰還した。
それぞれが思い思いに過ごす時間・・・仲直りの仕上げをすべく、コハクはヒスイを連れ部屋へと戻った。ところが。

「!!」(殺気!!)

ベッドへ直行・・・の予定が、只ならぬ気配に邪魔される。
コハクは剣を構えた。

「ヒスイ、下がって」

次の瞬間、部屋の奥から高速の弾丸が放たれた。

ザシュ・・・ッ!!

「あ・・・これ・・・」

向かってきたモノを反射的に斬ってしまったが、なんとそれはヴィーナスの林檎だった。
一口齧った跡がある。
そして、コハクの目前には・・・

「パパのぉ〜・・・うそつき〜・・・」

ドスの利いた、アクアの声。
目つきもすこぶる悪い。
ホテルで留守番をしていたアクアは夫婦の部屋で待ち伏せしていたのだ。

「食べても全然キレーになんないじゃん〜!!」

と、大苦情。

「アクアのこと、ダマしたぁ〜!!」

自分を棚に上げるところは遺伝か。

「ああ、これはね・・・って、聞いてないか。ははは」

大暴れするアクアを宥めるのに手こずるコハク。
再び物で釣り、何とかその場を収めた・・・が。

「ヒスイ、お待た・・・」

振り向くと、愛妻の姿がない。

「あれ?ヒスイ?」



「やっぱりちゃんとトパーズにも謝らないと・・・」

このままでは、本命との本番に集中できない。
ヒスイはトパーズに謝罪すべく、コハクの元を離れていた。
華やかな生け花が飾られた玄関ホールを横切り、ヒスイは一番手前の扉を叩いた。

「トパーズ?いる?」

ヒスイが呼びかけると、すぐにトパーズの返事が返ってきた。

「ヒスイか、入れ」

「ほう。それで?」

両腕を組み、楽しそうに耳を傾けるトパーズ。
真相についてはアクアから聞いていたが、知らないフリをしていた。
ヒスイに語らせ、早速お仕置き。
いつもと同じように背後から捕獲し、ヒスイの頬を両手で左右に引っ張った。

「いひゃひゃ・・・ごめんなひゃ・・・」

横一文字に伸びたヒスイの口からマヌケな謝罪。

「いひゃいぃ・・・ゆるひて・・・」
「・・・・・・」

むにょむにょ・・・
ヒスイの柔らかい頬をしばらく弄ってから、トパーズは安堵の溜息と共に呟やいた。

「・・・バカ」

ぎゅ・・・っ。

「トパーズ?」
「・・・・・・」

トパーズは何も言わずにヒスイを抱きしめたまま、静止。
姿勢を低くし、上からヒスイの髪に顔を埋めて。
何度呼んでも返事をしない。

「???」

特にそれ以上何をするでもなかったので、ヒスイも大人しくしていた。

(あ・・・トパーズの匂い)

くんくん。腕の中、ヒスイが鼻で息をする。
深く匂いを吸いこんで、ふんわり安心顔。

「・・・・・・」

可愛い・・・このまま襲ってしまいたくなる。
我慢の限界が近付き、トパーズは仕方なくヒスイを離した。

「ホラ」

パサッ。

トパーズがヒスイの頭に被せたのは、破け飛んだ筈のチャイナドレス。
復元魔法で元の状態に戻したものだった。

「え?あ!!」
「ついでだ」
「わ・・・ありがとっ!!」

何のついでなのかわからないが、ヒスイは大喜びで・・・

「コレ凄く気に入ってたの!!お兄ちゃんの手作りだから」

と。幼い顔を綻ばせた。

「今度何かお礼するね!」
「なら・・・」

トパーズが希望を述べると、ヒスイは笑顔で頷いた。

「うん、いいよ。じゃあ、約束っ!」

トパーズへ向け小指を伸ばす。
けれどもそこにトパーズの小指が絡む事はなく。

「トパーズ?」

じっとヒスイが見上げる。
そんな些細な仕草さえ愛しくて。
トパーズは顔を寄せ、ヒスイの小指にキスをした。

「・・・よし、約束だ」

 
ページのトップへ戻る