21話 たったそれだけのこと。
翌日。一族全員で意気揚々とカジノに乗り込んだ。
ホテルの地下1階フロア。
その規模は大きく、ずらりとゲームマシンが並び、他にもあちらこちらで様々な賭けが行われていた。
野外カーニバルに負けない賑わいだ。
勝負は時の運であり、メンバーも次第に勝ち組と負け組に分かれていった。
「いやあ、ヒスイの負けっぷりが凄くて」
ははは、コハクが笑う。
対するメノウもニヤニヤと笑い。
「そんでお前が必至こいて稼いでるってワケ?」
ヒスイが消化してしまった分を補充する、その作業で忙しないコハク。
「ヒスイの喜ぶ顔に比べれば、コインの山のひとつやふたつ安いものですよ」
デレデレと今日もノロケる。
スロットマシンの前に置いてある、ヒスイ専用のコインボックス。
中のコインを切らさないようにするのが、コハクが自ら買って出たお役目だった。
「う〜ん・・・揃わないわね・・・」
スロットに夢中のヒスイ。
連続でコインを投入し、レバーを引く・・・が。
「う〜ん・・・」やっぱり揃わない。
「同じ絵を三つ並べればいいだけの事なのに」
唸り、ぼやきながらも、ヒスイはどこか楽しそうで。
そんなヒスイを見守るコハクも楽しそうだった。
「あはは!んじゃ、俺のもやるよ」
可愛い娘のため、と、メノウもコインを提供。
「ありがとうございます、メノウ様」
「兄ちゃんっ!バカラってどうやんの?」
ジストとアクアはテーブルゲームの遊び方をトパーズに習っているが、勉強の苦手な二人はルールがなかなか頭に入らない。
スピネルは、本日の主役であるオニキスに付き添っていた。
「頼むぜェェェ!!」
黒カラスは窮屈そうにしながらも、鳥籠の中からオニキスを激励した。
「やった事あるの?」と、鳥籠を持った付き人スピネル。
「何がだ?」
「賭け事」
「ああ。昔、ある女に仕込まれてな」
オニキスが苦笑する。
「カーネリアン?」
「そうだ」
するとスピネルが。
「あのひとさ・・・ううん、何でもない」
何かを言いかけて、止めた。
カーネリアンはオニキスの古い友人であり、ヒスイの姉貴分・・・つまり吸血鬼で。
ギャンブル好きの大酒飲みだが、情に厚く、孤児達の面倒をみるのが生き甲斐という女だ。
そのカーネリアンの手引きで、王族業の息抜きに嗜んだ。
勝つコツ、というのもある程度知っている・・・はず・・・だが。
「大丈夫かよォォォ!!」
「・・・・・・」
連戦連敗。
ブラックジャックは、プレイヤーとディーラーの駆け引きのゲームだ。
ジョーカーを除く52枚のトランプを用いる。
配られたカードの合計が21を超える事なく、ディーラーより大きければ勝ち、そうでなければ負けとなる。
負ければ賭金は0となるが、勝てば倍になり、続けて勝利すればタロット獲得もそう難しくはない。
景品交換所には、ホテルの宿泊券から、如意棒、反魂香、エロスの矢・・・その他諸々。
確かにタロットカードもある。入手ランクは上の下くらいだ。
ブラックジャック専用のテーブル、6つある椅子はすべて塞がっている。
その一番端に座っているのがオニキスだ。
向かいにはディーラー・・・山羊頭の悪魔である。
相当の腕利きと噂されるこの悪魔ディーラーと、どうにも相性が悪いようで。
コインの枚数は一向に増える気配がなかった。
そこで、スピネルの秘策。
「ママ」
「ん〜?」
スピネルに手招きされたヒスイがひょこひょこやってきた。
「何?あ、負けてる」
勝負の場に踏み込むなり、ヒスイがズバリ言い放つ。
「・・・・・・」
ゲーム中なので、オニキスはカードから目を離さなかったが、その横顔はかなりバツが悪そうだ。
「こっち、こっち」
スピネルはヒスイをオニキスのすぐ隣に立たせ、それから。
「オニキスの方、向いて」
「こう?」
ヒスイが体の向きを変えたと同時に、とんっ・・・ヒスイを押した。
「え?」
キス、とは言えないかもしれない。
よろけたヒスイの唇がオニキスの頬に当たって。
少し驚いた様子のオニキスがヒスイを見た。
「あ・・・ごめん」
「いや・・・」
たったそれだけのこと。
だがそれが驚異的な効力を発揮するのだった。
「そこに立って、今はオニキスだけを見ていて」
「それだけでいいの?」
スピネルに押された意図もわからぬまま、ヒスイが聞き返す。
「うん」
たったそれだけのことかもしれないけど。
オニキスにとっては違うんだ。
(ママが傍にいること。それが何よりオニキスの力になる)
「これからが勝負だよ」
オニキスは勝つ、とスピネルが預言し。
ほどなくして、その通りになった。
これを境に勝って、勝って、勝ちまくるオニキス。
連勝記録更新に見物客が集まるほど。
「愛だな!愛!」
通りすがりに勝負を覗いたメノウが手を叩いて笑った。
「意外な才能じゃん。ヒスイが付いてりゃ、最強のギャンブラーだ」
「・・・・・・」
“ヒスイ効果”があまりに露骨で、微妙に恥ずかしいオニキスは咳払い。
それから約40分の駆け引きをこなし、コインが必要枚数に達すると、迷わずオニキスは勝負から身を引いた。
席を離れ、景品交換所へ向かう。そして無事タロットカードを入手してきた。
22枚のカードは専用のケースに入っていた。
「お疲れ〜」ヒスイが迎える。
鳥籠を抱えたスピネルも笑顔でオニキスを労った。
「・・・世話になったな」
ヒスイとスピネルを見つめ、オニキスが言った。
「何もしてないよ?」
きょとんとした顔でヒスイが答える。
オニキスは静かに笑い、ヒスイの頭を撫で、続けてスピネルの頭を撫でた。
ヒスイとスピネルの存在なくしては手にする事ができなかった勝利・・・オニキスはそう思っていた。
「約束の品だ」
「ありがとよォォォ!!」
スピネルが黒カラスを籠から出すと、オニキスがタロットを咥えさせ。
「先に行け。仲間が待っているのだろう」と、力強く送り出した。
「ボクらも行こう」
スピネル、オニキス、ヒスイの3人は黒カラスの後に続き、船へと向かった。
「タロット獲ったってさ!」
メノウの一声で残りのメンバーも後を追う。
そして、船上。
黒カラスは3人の到着を待っていた。
それもその筈・・・カラスの嘴では、タロットのケースを開ける事ができなかったのだ。
オニキス達が到着するなり、タロットをケースから取り出し、カードに書かれた文字を読み上げて欲しいと懇願してきた。
スピネルとヒスイは頷き合い、順番にカードを読み上げた。
1枚目。「チャレンジャー」と、スピネル。
2枚目。「魔術師」と、ヒスイが続いて。
「女教皇」、「女帝」、「皇帝」、「法王」・・・「力」、「隠者」・・・
一枚ずつ翳したカードにスーッ・・・人魂が吸い込まれていく。
悪霊と化していた魂も本来あるべき場所へと還り、良心を取り戻すのだった。
22枚目、最後のカードは「世界」。
スピネルにより締め括られる瞬間を全員で見届け。
悪霊騒ぎは終結した。
「カードの意味、ご存じですか?」
オニキスに話しかけたのは、コハクだ。
12番目に読まれた「吊るされた男」。
オニキスに取り憑いていた悪霊は、この時消えた。
意味するものは、忍耐と努力。
「カードの意味を恋愛に反映するなら、“忍耐の必要な恋”、“報われない愛情”といったところです」
「・・・・・・」
あまりにしっくりいきすぎて返答する気も起きない。
「彼があなたに憑依したのは、偶然ではなく必然だったらしい」と、コハクは苦笑した。
「・・・・・・」
『いつでも喚んでくれェェェ!!力になるぜェェェ!!』
お騒がせの悪霊は最後にそう言い残した。
心なしか軽くなった肩・・・無茶ばかりさせられたが、得たものも大きかった。
(寂しくないと言えば、嘘になるかもしれんな)
タロットは、一枚一枚が違う意味を持っており、それぞれカードに応じた特殊能力がある。
22の能力を秘めたスペシャルアイテム。旅の大きな収穫となった。
そして一行を乗せた船は、次なる目的地へ向け出港した。
光の射す方向へ、全速前進。
悪魔の国、スフェーンの出口が近付いていた。そんな中。
事前に船へと乗り込んだ者がいた。
耳の垂れたビーグル犬だ。
「我が友、ジストはどこにおる」
偉そうな口調で独り言・・・その正体はテルルだった。
そのままの姿で、と言われたものの、なにせ密航。
小回りの利く犬に化けての登場だ。
ジストの旅に同行するつもりなのだ。
甲板で愛しき少年の姿を探す・・・しかし。
運の悪い事に、テルルが船上で最初に出会ったのは、ジストの実父トパーズだった。
「・・・・・・」
一服していたトパーズは口に煙草を咥えたまま、茶色の犬を見下した。
瞬時にソレが先日の悪魔である事を見抜く。
ジストが名を与えた、あの鬱陶しいホモ(特)魔だ。
「我はジストのと・・・」
テルルの話を最後まで聞かずに、視界から排除。
トパーズはテルルの頭部を掴んで持ち上げ。
ポイッ!容赦なく海へと投げ込んだ。
姿を変える事ができないよう、魔力封印のおまけつきで。
「何をする!?」海の中からテルルが叫ぶ。
「貴様なんぞにくれてやるものか」
トパーズは煙草の灰を上から降らせ、海の藻屑となるがいい、とニヤリ。
その微笑みは、限りなく邪悪だ。
バシャバシャ!!溺れ、流される、大悪魔テルル。
神の子ジストとの逢瀬叶わず。その命すら、風前の灯だ。
「神いぃぃぃ!!覚えておれよぉぉぉ!!」