World Joker

23話 10カウント



時は遡り・・・

居酒屋アーティチョーク、その店主。
絵本で見たサンタクロースのお爺さんみたいだな、とスピネルは思った。
ただし、そこまで歳はとっておらず、髪も髭も白くはない。
体格は厳ついが、落ち着いた雰囲気の中年紳士だった。
フレームなしの眼鏡が小洒落た感じだ。

「こちらに・・・さんという方は・・・」

スピネルが名刺の裏に書かれた名前を尋ねると、

「俺だ」

という回答。
そこから先はあえて言葉にせず、スピネルは例の名刺をカウンターテーブルの上に置いた。
すると店主は驚いた顔で、スピネルと小脇に抱えられたフェンネルを見た。

「こっちだ」

店主に案内され、裏口から外へ出ると、外壁に蔦の張った廃病院があった。
どうやらそこを鍛冶場にしているようだ。
簡単な挨拶を済ませた後、スピネルがフェンネルの修理について切り出すと。
業界で有名な闇鍛冶屋は先代・・・つまり自分の父親で、先日葬式を出したばかりだという。
父親の元で修業はしたが、モノにならなかったと本人は謙遜。

「ウィゼの紹介だから、一応診てみるけどな・・・」
「お願いします」

期待しないで待っててくれ、と言う店主にフェンネルを預け。
埃っぽい待合室。二人はそこで診察結果を待った。
一時間が過ぎ・・・奥の診察室から店主が顔を出した。

「同行者でヒスイって女はいるか?ご指名だ」
「ママ?」「ヒスイ?」

スピネルとオニキスが顔を見合わせる。
なぜフェンネルが面会の相手にヒスイを指名したのか・・・謎だ。

「ボク、探してくるよ。オニキスはここにいて」

こうしてスピネルはコハク&ヒスイを探しに出た。

(パパとママの事だから、今頃どこかでえっちしてるかも・・・)

 

格納庫地下。

「ど・・・うしよう、お兄ちゃん」
「う、動くな!!」

“侵入者は排除せよ”が警備担当の彼等に課せられた使命であるが、取り込み中の男女が落ちてくれば、対応にも困る。

とはいえ、侵入者には違いない。指はしっかりと引き金に掛かっていた。

(とにかく降りなきゃ!お兄ちゃんが下敷きに・・・)

「う・・・っ」

ヒスイは慌てて腰を上げた。
ぬちっ・・・スカートの中で結合部が音をたてる。
肉襞に絡まったペニスは全く委縮する気配がなく、愛液がまるで接着剤のようにコハクから離れる事を拒んだ。
ヒスイは再び腰を落とし・・・

「ん・・・」

ハッ!としてカァァァ!!超赤面。

(何て声出してるの!?私!!)

この緊急事態に、しかも人前で感じている場合ではない。

(撃たれたら終わりなのよ!?でも・・・)

コハクを見下ろす、と、朗らかな笑顔だった。

「大丈夫だよ。目をつぶって、ゆっくり10数えて」

“10秒間目を閉じているように”コハクにそう指示され。

「・・・っ、うん」

素直に従うヒスイ・・・瞼を閉じ、カウントを開始した。

「い〜ち・・・ひぁ・・・んっ!!」

カウント1。ぐるり、回転。
ヒスイを庇うようにコハクが上になり、熾天使の羽根で警備員達の視界を遮る。

その隙にヒスイの底からペニスを引き上げた。

「あ、んんっ・・・!!」

コハクに広げられた入口が閉じる・・・ずらされていた股間の布も元の位置に戻った。

(今日パンツはいてて良かったぁ)

そんな事を考えながら、ヒスイは言い付け通りゆっくりと数を数えた。

「・・・し〜ち、は〜ち、きゅう、じゅっ!」

両目をぱっちり開く、と。

「え?あれ??」

銃口を潰され、使い物にならなくなった拳銃が床に散らばり、警備の男達も全員倒れていた。ぴくりとも動かない。
たった10秒。その間にコハクがちゃんとズボンをはいている事にも驚く。

「ヒスイ、立てる?」
「あ・・・うん」

コハクに手を借り、立ち上がるヒスイ。

「お兄ちゃん、このヒト達死んで・・・」
「ないよ」

しばらくは動けないと思うけど。と、コハクは笑って、見上げるヒスイの唇に軽くキスをした。

「それにしても、ここどこなんだろうね」

四方を見渡したヒスイが息を飲む。
どこもかしこも棺だらけだ。
そこで改めて、室内の空気の冷たさに気付く。
棺・・・ならば、中身は死体だろう。
死体から連想するのは・・・ヒスイが口を動かした。

「もしかしてここ、アンデット商会の・・・」
「・・・かもしれないね」
 


現在。居酒屋アーティチョーク。

ウィゼの手には黒い革張りの手帳。幹部のみが所有する要人リストだ。
商売の役に立ちそうな王族、種族が記載されている。
オニキスの情報を再度確認・・・要人ランクはトップクラスである。
モルダバイトの名君。不老不死の王。
その王が寵愛したという王妃の資料はない。

「絶世の美女って話、ホントかよ」

ウィゼは薄ら笑いを浮かべながら、顔見知りの店主がオニキスから離れるタイミングを見計らい、席を立った。
店を出る素振りで、オニキスの背後を通過・・・

「・・・何者だ」

背中にナイフを突き立てられたオニキス。

「一緒に来てもらおうか」
「・・・・・・」

まさかこんなところで脅迫されるとは。
完全に油断していた・・・そもそも心当たりがない。
スピネルはヒスイを探しに出ていったきり、まだ戻っていなかった。
店内で騒ぎを起こしては他の客に迷惑がかかると考え、オニキスはウィゼと共に店を出た。


再び・・・格納庫地下。

そこは思った通りの場所だった。ゾンビ工場とでも言うのだろうか。
次から次へと警備員が現れ、二人の行く手を阻んだ。
人間だったのは最初の十数人のみで、後は皆ゾンビだ。

(ヒスイがいるからなぁ〜・・・できればあんまり暴力的な事は・・・)

ゾンビ相手に説得を試みるコハク。

「出口を教えてくれないかな。僕達は敵じゃない。偶然入り込んでしまっただけで、君達の邪魔をするつもりは・・・」

パンッ!!

その甲斐もなく発砲され。

「・・・そういうことなら、こっちも容赦しない」
「ヒスイ、下がってて」

と、コハクはヒスイを背後に回した。
が、そこで、“じっとしているように”という注意をし忘れてしまった。

「何かお兄ちゃんの武器になるものを・・・」

早速、ヒスイがうろつく。

「あ!あった!」

発見したのは、折れた鉄パイプ。
通路の曲がり角から半分ほど見えた。
急いで拾おうと手を伸ばす。が・・・角の向こう側からズルリズルリと這ってきた、ゾンビに遭遇。
容赦のない力で手首を掴まれた。

「っ!!いた・・・!!」

ヒスイが顔を上げると、目玉がポロリ・・・
かなり腐食が進んだゾンビで、その姿は醜悪そのもの。
所々骨が見える体でヒスイに襲いかかってきた。

「ぎやぁぁぁ!!!」

ヒスイの悲鳴。
そして、次の瞬間。

グシャッ!

ヒスイの目前でゾンビが潰れた。
上からコハクが崩れたコンクリートの塊を落としたのだ。

「・・・・・・」

危機は脱したが、あまりのグロさにヒスイは声も出ない。
一方コハクは、ヒスイの手首に残ったゾンビの手形に逆上。

「・・・ヒスイを・・・傷つけたな・・・」

鉄パイプを拾い上げ、呟く。

「・・・皆殺しだ」
「ちょっ・・・お兄ちゃんっ!!?」
 

裏路地にて。ウィゼとオニキス。

「サイコーだぜ。アンタ」
「・・・・・・」

不老不死伝説の真偽を確かめるため、試し斬りされたオニキス。
右腕に深手を負ったが、その傷口はすぐに塞がり、跡形もなく消えた。

「こいつぁ本物だ」

目の当たりにした奇跡にウィゼは恍惚としていた。

「オレは・・・お前が考えるような存在ではない」

眷属の仕組みを知られれば、次に狙われるのはヒスイだ。
それだけは何としても避けなければならない。
ウィゼは自ら肩書きを述べた。
アンデット商会の人間なら尚更、警戒すべきだ。
オニキスが思案する中、ウィゼは友好的な口調で。

「なあ・・・アンタ、ウチに入社しないか」

答えは当然NOだが、オニキスが口にする前に・・・

ドコーン!!

刹那の振動と、遠方で建物が崩壊する音がした。

「!!支部がやられた」

勧誘を打ち切り、叫ぶウィゼ。
身を翻し、走る。

「クソっ!!何が起きた!!?」
 

格納庫地下=アンデット商会コランダム支部。

「お兄ちゃんっ!」

ヒスイがシャツを引っ張った。

「もういいよ。帰ろうよ。出口もわかったし」

某ゾンビがヒスイに絡んだ事で、コハクがキレた。
ゾンビというゾンビを叩き潰し、目に付く設備をすべて破壊・・・鉄パイプ一本で地下組織を壊滅に追いやっていた。

「・・・・・・」
(しまった・・・)

ヒスイの声で我に返ったが、手遅れだ。
本当にやりすぎた。
この状況では、取り繕いようがない。
ゾンビも段階によって灰になるものとならないものがいる。
なりたてゾンビは葬っても灰にならず、醜い肉塊となるのだ。
ゾンビ工場のゾンビは大部分がそれで・・・何ともスプラッタな光景が広がっていた。

「え〜と・・・これはその・・・ごめん」

やりすぎました、と、すかさず謝罪。

「お兄ちゃん・・・」
「な、何かな?」

嫌われたかもしれないという不安で、コハクの笑顔が引きつる。

「燃やそう」

ヒスイが言った。

「このままじゃみんな腐っちゃうし。火葬すれば、魂の浄化にもなるでしょ?」
「ヒスイ・・・」

愛妻のポジティブな解釈に感動。
提案に従い、コハクは死体の山に弔いの火を放った。

「帰ろ、お兄ちゃん」

燃え盛る炎の前で。ヒスイはコハクに身を寄せ。

「・・・嫌いになんかならないよ?」
「ヒスイ・・・」
「帰って、えっちの続き、しよ?」
「くす・・・そうだね」

ラブラブムードで帰路に就く二人。
しかしそこに立ちはだかる女がいた。

「そうはいかねぇぜ?お二人さんよぉ」

 
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