World Joker

29話 永遠の価値


 

 
 
アンデット商会船前。コンテナの並ぶ埠頭にて。

カーネリアン&トパーズ。

 

「ここはアタシ一人で十分だよ!アンタも・・・」

子供達を探すようカーネリアンが言った。

するとトパーズは。

「年寄りババアはその辺に座ってろ」

ネクタイを外し、カーネリアンに向け放った。

「後はオレがやる」

「やれやれ、それじゃあ、お手並み拝見といこうかね」

カーネリアンは攻撃の手を止め、近くのコンテナに寄り掛かった。

そこからトパーズの戦いぶりを傍観する。

日々のストレスを発散しているのか・・・殴る、蹴る、それは楽しそうに。

 

「こうして見ると、コハクにそっくりだよ」

 

 

 

 

一方、倉庫前では。

 

 

アンタにだって、死んで欲しくない人間のひとりやふたりはいんだろ?その願いを叶えてやろうってんだ。何が悪い?

 

 

「それは・・・」

 

 

「ママ!」

スピネルの声にハッとするヒスイ。

まず考えたのは、このまま人質になる訳にはいかないという事。

ヒスイはウィゼのナイフを素手で掴んだ。

「っ・・・」皮膚が裂けるまで力を入れて握り、血液が刃に付着したのを確かめてから・・・

 

『我が血に棲む闇の獣よ・・・汝が敵を殲滅せよ・・・』

 

「なにぃ!?」

突然の、得体の知れない攻撃にウィゼが怯む。

ヒスイの事は、非力な女と思っていたのだ。

「あちちぃ!!あついよぉ!!いたいよぉ!!」

言ったのはウィゼではなく、ナイフの方だ。

信じられないことに、刃が溶け始めていた。

「チィッ!!」

大きく舌打ちするウィゼ。ヒスイを解放したのは賢明な判断だった、が。

次の瞬間、金色の羽根が降り・・・

「は・・・お出ましか」

今度はウィゼの首元に熾天使コハクの刃が当てられた。

寸分の狂いなく、動脈が通る場所に。

(クソ・・・ハンパねぇ)

“死”の圧力。ウィゼの体にじんわりと冷や汗が滲む。

「お兄ちゃんっ!!やめて!!」

すぐ傍で、ヒスイが叫んだ。

傷つけないで!殺さないで!の意味を込めて。

「・・・・・・」

数秒の沈黙の後、コハクが剣を引いた。

ちなみに本日も魔剣不使用だ。

ここ最近は、屋敷の武器倉庫に放置状態となっていた。

「ウィゼさん・・・ですよね?」

コハクが名前を口にした。

オニキスから、要注意人物として聞いていたのだ。

コハクは、殺気を削ぎ落とした笑顔で。

 

 

「僕にも名刺をいただけますか?」

 

 

「あ、失礼。僕はこういう者です」

特級クラスのエクソシストだけが持っている、教会の名刺と交換。

受け取ったアンデット商会の名刺に軽く目を通し。

「・・・以後お見知りおきを」

宣戦布告だ。

傷を負ったヒスイの応急処置をしながら、スピネルは思った。

(パパ凄く怒ってる)

名刺交換。

自分は逃げも隠れもしないという意思表明であり。

同時に、逃がしはしないという脅迫でもあった。

商売人ウィゼもそれを察した様子で、心なしか引き攣った笑みを浮かべ、言った。

「まあ、よろしくたのむぜ」

 

 

 

「お兄ちゃん!」

「ヒスイぃ〜!ごめんね」

剣を放り投げ、ヒスイを腕に抱くコハク。

もうあと少し早く到着していれば、こんな怪我させずに済んだのに、と嘆く。

その時、不意に。

 

ピロピロピロ!!

 

・・・聞き覚えのある音が響いた。

「もしもしぃっ!今取り込み中・・・あっ!社長っ!!」

ウィゼのヘコヘコ、再び。見えない相手にへつらっている。

「積荷を一部紛失・・・ハァッ!?出港!?」

「・・・・・・」「・・・・・・」「・・・・・・」

コハク、ヒスイ、スピネル。

忙しなく去るウィゼを見送る3人。

スピネルは失笑し。

「あのひと・・・小悪党って感じだね」

騒ぎを起こすだけ起こして、トンズラ。

今回も決着がつかないまま。

「・・・また会うことになると思うよ」

コハクが小さく呟いた。

 

 

 

「アクア達は?」コハクを見上げ、ヒスイが尋ねた。

「無事、保護したよ」

今頃ジストとオニキスが送り届けているはず・・・と、コハクが答え、ひと安心。

「あっ、そうだ!トパーズとカーネリアンが・・・」

ヒスイは停泊中のアンデット商会船を指して。

「あの辺で乱闘してるの!」

続けてスピネルが・・・

「子供達の事は諦めて引きあげるみたいだけど、とにかく合流しよう」

3人はウィゼの後を追うように、海へと向かった。

「ヒスイ、大丈夫?傷は・・・」

「平気だよ!スピネルに止血して貰ったから!痛みもないし!」

元気であることをヒスイは懸命にアピール。

「応急処置だよ。傷を完全に消すにはジストか兄貴に頼まないと」

そう言いながら、スピネルが歩調を速めた。

「ボク先に行ってるね、ママ達は後からゆっくりきて」

 

 

 

後に残ったコハクとヒスイ。

 

「スピネルもああ言ってくれてるし、ゆっくりいこう」

「ん・・・」

「ヒスイ・・・」

ヒスイの両肩に手をのせ、コハクがキスをしようとしたところで、ターゲットの唇が動いた。

「・・・お兄ちゃん」

「ん?」

「さっきね、あのウィゼってヒトに言われたの」

ヒスイは、不老不死の善悪を問うウィゼの言葉を復唱した。

「私、すぐに答えられなかった。死んで欲しくないヒトがいるから」

「・・・うん」

「だからって、そのために子供達が攫われるのは困るし」

得るための、代償。それはきっと大きなもので。

考えれば考える程、矛盾してくる。

「永遠の命があれば、愛するヒトを失う心配はないけど・・・永遠ってそんなに単純なものじゃない気がして」

「う〜ん・・・そうだねぇ・・・」と、コハク。

眉間に皺を寄せ、難しい顔をしているヒスイの頭を撫でて。

(明快な答えを与えてあげられたらいいんだけど・・・)

 

 

「人間にとっての永遠の価値は・・・僕にもわからない」

 

 

コハクが言うと、ヒスイは驚いた顔で見上げ・・・そして、笑った。

「お兄ちゃんでもわからないことってあるんだね」

「うん」コハクは取り繕うことなく、自然な笑顔で頷いた。

「考えるのやめたっ!お兄ちゃんにわからないこと、私にわかるわけないもん!」

アンデット商会が善でも悪でも。

どんな理念があったとしても。

現実に目の前で行われていることが、許せるか、許せないか。

「それで決める事にする」

 

「は〜い。よくできました」

ひとつの答えを導き出したヒスイに、ご褒美のキス。

瞳を伏せ、今度こそしっかりと唇を重ねる。

「ん〜・・・っ」

くちづけの、甘く柔らかな感触にしばし浸ってから。

「・・・そろそろ行こうか」

「うんっ!」

 

 

 

コハク、ヒスイが合流地点まで戻ると、倒された同僚を担いで逃げるアンデット商会社員の姿がちらほら。

「スピネル?」

スピネルの隣で、ヒスイが足を止めた。

スピネルは少し離れた場所から埠頭の二人を見ていた。

二人とは、トパーズとカーネリアンだ。

「お疲れさん」

労いの言葉と共に、預かったネクタイをトパーズの首に掛けるカーネリアン。

返されたネクタイを結ぶトパーズを見つめ。

「これからまた仕事なのかい?」

「そうだ」

「ずいぶんと頑張ってるそうじゃないか」

「・・・成り行きだ」

「あんまり無理するんじゃないよ?」

トパーズの身を案じ、頬に触れる。

「たまにはこっちにも顔出しな。旨いモン食わしてやるからさ」

 

 

 

「なんか・・・」

少し離れた場所で。

スピネルと共に二人の様子を眺めていたヒスイが言った。

 

 

 

「カーネリアンって、トパーズのお母さんみたいだね」

 

 

 

「・・・って、あれ??」

(私・・・何言ってるんだろ・・・)

うっかり、ダメ母発言。口を押さえたヒスイが俯く。

丁度その時、カーネリアンが三人の存在に気付き。

「ヒスイ!こっち来な!」

可愛い妹分を大声で呼び、手招き。ところが。

「私っ!!トイレっ!!」

ヒスイはあらぬ方向へと走り出し。

「ヒスイ!?」

コハクが後を追う。

「どうしたってんだい?あの子は・・・」

両腕を組み、首を傾げるカーネリアンにスピネルが声をかけた。

「カーネリアン、怪我はない?」

「この通りピンピンしてるよ。あらかたこいつが片付けた、なっ!」

「・・・・・・」

カーネリアンは背の高い女だ。

それなりの身長差はあれど、トパーズと肩を組む事ができる。

構われたトパーズは嫌そうな顔をしていたが、カーネリアンの腕を振り払ったりはしなかった。

「・・・・・・」

その視線は遥か先、ヒスイが消えた方向へ。

理事長室に連れ帰るつもりだったのだが、逃げられてしまった。

「あのバカ・・・」ぼやくトパーズ。

その心中を見透かしたようにスピネルが言った。

 

 

「大丈夫だよ。ママは約束を破らない」

 

 

 
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