World Joker

33話 男、男、男。

 

こちら、即席教師カーネリアン。
午後の授業が始まってしまったが、サポートのヒスイはおらず、教壇下はカラッポだ。

(コハクの奴と屋上でイチャついてんじゃないだろうねぇ)

教室の扉は開けてある。しかし、ヒスイが堂々と入って来られるはずもなく・・・
誤魔化しきれなくなったら“自習”という最終手段を取るしかないと考えていた時だった。

「!?」

ふよふよ・・・教壇下のスケッチブックとペンが浮いた。そして。

遅れてごめん。授業続けて。

何とか教壇下へ潜り込むことに成功したヒスイ。

(それにしても、おかしな話よね)

女子トイレで男性器を目撃してしまった。
女装少年はスピネルだけでなく。

(さっきのコも、フェンネルも、男のコだなんて)

ジル少年の後に続いてトイレを出たが、授業科目が違うので別々の方向へ分かれた。

(この授業が終わったら、あのコのトコ行かなきゃ・・・)

透明薬を飲んだ時、例の個室で脱ぎ捨てた制服とブラジャー、新旧2枚のパンツを全て持っていかれてしまったのだ。

(いくら何でもこのままじゃマズイわ)

素っ裸で家には帰れない。
授業終了のチャイムが鳴ったと同時に、ヒスイは誰よりも早く教室を飛び出した。

(あ!いたいた!)

今は休み時間で、生徒達も思い思いに過ごしている。
透明薬の効果は持続中・・・チャンスは今しかないのだ。

(でもどうしよ・・・いきなり返してって言う訳にも・・・)

ジル少年含むスピネルのクラスに来たものの、どうすれば良いのかわからず、ヒスイはとりあえず掃除用具入れの影から様子を窺った。

「スピネル」

と、女装少年ジルが傍に寄った。
スピネルに対し、やたらとボディタッチが多い気がする。

「聞いてよ、さっきね」

ジルがスピネルに顔を近付ける。
スッ・・・そこでフェンネルが間に入った。

(フェンネル、頑張ってるわね)

影から見守るヒスイ。

(男が男にベタベタしてるのを、男が邪魔してるって・・・あんまり健全な構図じゃないよね)

なんとかしなければと切に思う。

(帰ったらお兄ちゃんに相談してみよ)

対立する少年達。

「・・・・・・」「・・・・・・」

ジルとフェンネルの間に微妙に緊迫した空気が流れた。
会話は一時中断となったが、そこはスピネルがうまく取り持ち・・・

「何かあったの?ジル」
「さっき行ったトイレでね、こんなものを拾ったの」

制服と、ブラジャーと、パンツ。
ジルに出されたモノを見て、一瞬声を失ったスピネルだったが、すぐに気付いた。

(ママのだ)

「かわいいよね、これ、小さくて」

ジルにより、教室の端でパンツをお披露目される。
しかも、使用済みの方を。

(やめてぇぇ!!)

ヒスイは思いっきり叫んだ・・・心の中で。
純白レースのパンツ。
一部がシースルーになっており、ピンクの小花の刺繍がしてある乙女ちっくデザインだ。
当然、ブラジャーと対になっている。
もう一枚のパンツもみなジルの手中だった。
スピネルは適当に相槌を打ってから。

「ボクが預かるよ。あとで用務員室に持っていくから」
「ん〜・・・それじゃ、お願いしちゃおっかな」
「うん」

もうじき休み時間が終わる。
カーネリアンの授業はもうないので、ヒスイはフリーだが、スピネル達はもうひと頑張りしなければならなかった。
生徒達が忙しなく着席する中、スピネルを振り返るジル。

「いつも言ってるけど、スピネルは女の子なんだから“ボク”ってやめた方がいいよ」
「ごめん。子供の頃からの癖なんだ」

スピネルは笑顔で答えた。
何度言われようと改める気はないらしい。
こうして、制服一式はスピネルの手元へ移行した。

これは好都合と、透明なヒスイが傍に寄る。

「ママ、そこにいるの?」

スピネルに話しかけられ、驚くヒスイ。

「うん、よくわかったね」
「匂いがするんだ、ママの。それに・・・」

スピネルは、少し大人びた苦笑いを浮かべ、言った。

「学校で裸になるなんて、ママぐらいだよ」
「・・・・・・」

ヒスイは何も言い返せず、だ。

「理事長室で待ってて。この授業が終わったら持って行くから」
「ん!!」

 

理事長室。

一般生徒の入場は原則として認められていない。
普段は鍵がかかっているのだが、無論ヒスイは合鍵を持っていて、出入りは自由だった。
その鍵は制服のポケットに入っているので、今回は鍵開けの呪文を使用・・・トパーズは授業中のようで、室内は無人だ。
ヒスイはトパーズの椅子に座り、大きな机に突っ伏した。

「あとは寝て待つ、ね」

「・・・・・・」

トパーズが理事長室に戻ってきた時には、透明薬の効果も切れていた。
全裸のヒスイが何故か自分の机で寝ていて。
正直、対応に困る。
愛する女の素肌・・・上から下まで、どうしても男目線で見てしまう。
10年宣言をしていなければ、襲っていたところだ。

「・・・しょっぱなから問題起こすな、この馬鹿」

ぺしっ!トパーズがヒスイの後頭部を軽く叩く、と。

「ん〜ぅ・・・」

ヒスイが夢の世界から戻ってきた。ところが。

「んぐっ!?」

むぎゅっ!ヒスイが目を開けたと同時に、上から頭を押さえ付けられ。
ぐぐっ・・・机に突っ伏したまま、動けない。

「なんだこの様は。制服はどうした」
「こ、これには訳が・・・」

床に届かない足をバタバタさせて弁解するヒスイ・・・だが、主な理由はコハクとのエッチで。
トパーズの機嫌を損ねただけだった。

くしゅんっ!

ヒスイがくしゃみをした。
なにせ9月だ。昼間は残暑があるものの、夕方になれば、裸では寒い。

「何か着る物ない?」

学校に泊まり込むことが多いトパーズなら、着替えのひとつやふたつ持っている筈なのだ。

「いいものがあるぞ」

ヒスイの頭から手を離し、トパーズが袖机の引き出しを開けた。
そこから取り出したのは、黒いビニールの・・・

(ゴミ袋!?)

ヒスイが呆気に取られている間に、トパーズはハサミで3つの穴を開けた。
頭と両手を出せるようにだ。

「ホラ、着てみろ」
「・・・・・・」
(ゴミ袋っていうのがちょっとアレだけど・・・)

裸よりはマシかもしれないと思い、ヒスイはゴミ袋を頭から被った。
ロリロリ美少女が、浮浪者も驚く格好となった。

「あ、意外とあったかいよ、コレ」

素直に感動しているヒスイを見て、ククク・・・トパーズはいつにも増して楽しそうだ。
クスクス・・・扉の外で、スピネルの笑い声。

(兄貴にとっても嬉しい3ケ月だよね。ゴミ袋はさすがにやりすぎだと思うけど)

ヒスイがそれを気に入っている風なのが可笑しくて堪らない。

「何やってんだい?そんなトコで」

スピネルに声をかけたのはカーネリアンだ。
初日の出来をトパーズに報告しに来たところだった。
し〜っ・・・人差し指を立てるスピネルの視線に促され、室内を覗いたカーネリアンは、大きく頷いた。
理事長室から少し離れた廊下の窓から、二人、空を眺め。

「誰の味方って訳でもないんだけど」と、スピネル。
「アタシもだよ」と、カーネリアン。
「オニキスにもトパーズにも幸せになってもらいたいもんだけどねぇ・・・」

しみじみとそう続けた。

「うん、でもママはひとりだから」
「そうなんだよねぇ・・・あのコ、何年経っても、お兄ちゃん、お兄ちゃん、言ってるし」

オニキスとトパーズの恋愛成就の望みが薄いのは、誰もが知っている。
どうにかしたくても、どうにもできないのだ。
二人は顔を見合わせ苦笑した。

「・・・ねぇ、ボク、行ってみたいところがあるんだけど。今度連れて行ってくれる?」
「いいけどさ、どこに行きたいんだい?」
「お墓参り」
「墓参り?」
「カーネリアンの大切だった人の」

スピネルがそう言った瞬間、ぴくり、これまで穏やかだったカーネリアンの表情が動いた。

「あそこには、昔ヒスイと・・・トパーズを連れてったことがあるんだけどさ。面白いとこじゃないよ?」

でも行きたい、スピネルが言うと。

「・・・いつかね」
「いつかって、いつ?」
「酒が飲める年になったら、かね」
「うん。わかった」
「アタシはもう行くよ。これ、渡しといてくれ」

カーネリアンから報告書を預かり、スピネルは理事長室へ向かった。

(もう少し二人きりにしてあげたい気もするけど)

いつまでもゴミ袋のままではヒスイが憐れと思い、制服を届けに。

「ママ、これ」
「ありがと!」

着替えのため、ヒスイは理事長室内の資料室へ身を隠した。
そして・・・トパーズ&スピネル兄弟。
カーネリアンに会ったと言って、スピネルはトパーズに報告書を手渡した。
それから・・・

「墓?」
「兄貴は行ったこと、ある?」
「ない」
「そう・・・ならいいんだ」

どんな所か教えてもらおうと思ったんだけど・・・と、スピネルは適当に取り繕って。

(兄貴はいつも人のために嘘をつく)

今回もそうなのだろう。

(ボクが余計な嫉妬しないように、気を遣ってくれたんだろうな)

一方、着替えを済ませたヒスイは・・・

「捨てるのは勿体ないわね」

脱いだゴミ袋をしげしげと眺めていた。
着慣れると、ワンピースと大差ないように思える。
妙な愛着が沸いてしまい、捨てるに捨てられず。

「うん!帰ったらお兄ちゃんにも見てもらお!」

笑顔で締め括り、部屋を出ようとドアノブに手をかけた時だった。

「ん?」

スピネルとトパーズの話し声が耳についた。

「息子同然って、口癖みたいに言ってるよ」

笑いが混じったスピネルの声。
カーネリアンの話をしているのはわかった。
和やかなムードだ。

(トパーズとスピネルって結構気が合うのかも)

そんなことを考えながら、ヒスイが聞き耳を立てていると。

「兄貴はどうなの?」

と、スピネルの話が続いた。
それは、カーネリアンをどう思っているかということで。

(え?)

ヒスイがドキッとする。
母親のポジションを狙う身としては、トパーズの返答が気になるところだ・・・が。

「・・・あの女が母親だったら良かったと思ったことはある」
「・・・・・・」

トパーズの口から出た言葉は、ヒスイにとってショックの大きいものであり。
盤上から落ちた駒。
突然、トパーズの世界から弾き出された気分だった。

(そっか・・・カーネリアンの方がいいんだ・・・うん、当たり前よね)

納得はしたものの、一刻も早くこの場から離れたくなって。
ヒスイは扉を開けた。

「ママ、今の・・・」

しまった、という顔でスピネルが見ている。
ヒスイの表情は固まったまま。

「私、先帰るね!!」

言うより先に走り出し、理事長室から姿を消した。

「ごめん、兄貴。ママのいるところでする話じゃなかった」

ヒスイが落としていったゴミ袋を拾い上げ、

「追わなくていいの?」

と、スピネルはトパーズに言った。
トパーズは咥えた煙草に火を点け。

「・・・放っとけ。本当のことだ」

 

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