World Joker

35話 愛する女の躾け方


 

 

 

朝早くにシャワーを済ませ、キッチンへと向かうヒスイ。

そこは朝食の場・・・今の時間なら家族が揃っているはずだ。

昨夜は声が掠れるほど喘いで、ぐっすり眠った。

ヒスイの場合、大抵の悩みはこれで解決してしまう。

「とにかくトパーズに“おはよう”って言お」

(それさえちゃんと言えれば、後は何とかなる気がする!)

朝日を見ながら気合いを入れる。ところが。

「え?いないの?」

「兄ちゃん、朝メシ食わないで行っちゃったんだ」と、ジスト。

トパーズは一足先に出勤・・・出鼻を挫かれてしまった。

(学校で頑張ろ)

 

学校はペンデロークにある。

しかし、理事長室はモルダバイト。

繋ぐのは魔法陣だ。勿論、その存在は一部の関係者しか知らない。

モルダバイト領内の学校はほとんどこれで行き来できた。

 

学校へ到着するなり“おはよう”を言うため、ヒスイは一路、理事長室へ。

「あれ?」

(カーネリアン、もう来てたんだ)

話し声が聞こえる。先客の存在にヒスイの足が止まった。

扉は完全に閉まってはおらず、軽く指で押すと、丁度いい隙間が出来た。

 

 

室内では、トパーズとカーネリアンが机を挟んで向き合っていた。

「朝からそれかい」と、カーネリアン。

煙草を吸っているトパーズに対してだ。

「アタシにも一本おくれよ」

子供に接することの多いカーネリアンは、大酒飲みだが煙草は吸わない。

「どんなものかもわからないのに、やめろって言う訳にはいかないからね」

「・・・・・・」

カーネリアンは心身共に大人の女だ。

吸わせても問題ないと判断したトパーズは煙草の箱ごと投げ渡した。

続けてライター・・・カーネリアンは煙草に火を点けた。

「うまいもんかねぇ、これが」

ふ〜っ・・・煙を吐いて、苦笑い。

「なかなかサマになってるぞ」

「そうかい?そりゃ嬉しいね」

「吸うのは勝手だが、授業には遅れるな」

トパーズは煙草の火を消し、扉に向かった。

言葉通り、そろそろ授業が始まる時間なのだ。

「・・・・・・」

扉は開けるまでもなく、開いていた。

視線を落とすと、そこにはヒスイが。

「あっ!トパーズっ!ちょっとまっ・・・」

トパーズはヒスイの言葉に耳も貸さず、脇を抜けていった。

カーネリアンは煙草を咥えたまま、ヒスイの隣に立ち。

「アンタ達、喧嘩でもしたのかい?」

「喧嘩なんてしてないけど・・・」

“おはよう”を言いそびれたヒスイは、しかめっ面でトパーズを見送った。

 

 

 

鬼畜数学教師、トパーズ。

「“押してもダメなら引いてみろ”か」

(悪くない)と、ニヤリ。

 

休み時間の度にヒスイが現れ、周囲をうろちょろ。

「トパーズっ!」

「トパーズってば!!」

「トパ・・・」

追いかけると逃げるのに、突き放すと寄ってくる。

メノウのアドバイスは思った以上に的を得たものだった。

愛すればこそ構いたくなるものだが、引く時は引く。

それはたぶんコハクにもオニキスにもできないことで。

飴と鞭を使い分けながら、自分流にヒスイを躾けてみるのも面白いと思う。

 

 

ヒスイは、世界に一匹の雌。

 

 

(今はまだ、アイツの方が“調教”の腕は上だが)

「・・・そのうち追い越してやる」

 

 

 

そして、放課後。

 

ヒスイはトパーズより先に理事長室入りした。

「あ、これ・・・」

トパーズの机の上、煙草の箱が目に付くと、今朝カーネリアンが吸っていたのを思い出して。

どんなものなのか・・・そういえば知らない。

丁度そこにライターもあったので、試しに吸ってみようという気になり、ヒスイは煙草を一本口に咥えた。

初めての喫煙。年齢制限はクリアしているが、緊張する。

ごくっ・・・唾を飲み、着火寸前。

 

 

「何やってる、チビ」

 

 

トパーズに見つかり、ぽろっ・・・手に持っていたライターを落とす。

「・・・さっさとソレを口から出せ」

ヒスイの口元にトパーズの鋭い視線が向けられた。

「お前は飴でもしゃぶってろ。百年早い」

「・・・・・・」

ヒスイは煙草を口から出し。

「別にっ!カーネリアンと張り合ってる訳じゃないからっ!!」

・・・つまり、張り合っているのだ。

動機を訊かれた訳でもないのに、自ら口を滑らせるヒスイ。

愛しさの波が押し寄せる。

「・・・無駄だ、馬鹿」

そう言った後、トパーズはほんの少し優しい気持ちになって。

「何の用だ」

ヒスイの話を聞いてやろうとした、が。

「何の用?あれ?」

ヒスイが首を傾げる。

何を話そうとしていたのか・・・そもそも考えていない。

散々後を付いて回った割に、用という程のものはなく。

「あ、そうだ、これが言いたかったの」

 

 

“おはよう”

 

 

「・・・・・・」

外はもう陽が傾いている。

「・・・言いたい事はそれだけか」

ヒスイがどんな言い訳をするのか、内心楽しみにしていたのだが、拍子抜けもいいところだ。

それがヒスイらしいといえば、ヒスイらしいのだが。

呆れるやら。愛しいやら。

「やっぱりお前は馬鹿だ」

トパーズがそう言い放つと、ヒスイはバツが悪そうに頷いた。

「うん、私もそう思う」

「・・・こっちへこい」

自分からは動かず、ヒスイを呼ぶトパーズ。

「うん」

返事をしたヒスイは、トパーズの元へ。

するといきなり顎を掴まれ。

 

 

「・・・お前は母親じゃない」

 

 

「そんなの・・・わかってるよ」

ヒスイが視線を逸らした。

「・・・・・・」

ヒスイの指先が止めるのを、いつもは待っている。

けれども今日は待ちきれず、唇を求めて。

「だめっ!」

ヒスイの声がキスを阻んだ。

「・・・・・・」

「だめだよ」

遅れて指先がトパーズの唇に触れ。

「キスは・・・お兄ちゃんとしかしない」

「・・・・・・」

 

 

 

お互いに、なりたいものには、なれない。

 

 

 

恋愛は数学のように簡単ではなく、答えの出ない関係をこれからも続けていくしかないのだ。

「!?ちょっ・・・なにす・・・」

トパーズはキスを封じる指先を振り切り。

「腹いせ」と、言って。

ヒスイの首筋に口付け、そのまま肌を吸った。

後が残るまで、強く。

「ちょっ・・・こらっ!トパーズっ!!」

抵抗するヒスイとじゃれ合い、笑う。

親子でお揃いの牙が見えた。

 

 

 

「ったく、コッチが恥ずかしくなるよ」

 

朝とは一転、今度はカーネリアンが扉の前で立ち止まっていた。

報告書を持って来たのだが、邪魔をするほど野暮ではない。

「ヒスイの前では男の顔するんだねぇ・・・」

懐かしく、昔を思い出す。

(ガキの頃からヒスイを欲しがってたからね。今も、欲しくて、欲しくて、しょうがないんだろうよ)

 

「だったら・・・いくらだって協力してやるさ」

 

昨日同様、入室せずに去る。

託せる相手がいないので、報告書は壁に立て掛け。

「そういや、今日はスピネルの顔見てないね」

 

 

 

 

もうひとつの、放課後。

 

 

 

「わたしの後をつけて、どうするつもり?」

 

 

茜空の下、女装少年ジルが言った。

学校からは随分と離れた、交易で賑わう市場の雑踏の中。

「・・・・・・」

フェンネルはジルに腕を掴まれていた。

優秀な杖だが、自身に術者としての力は備わっていない。

主人に使われてこそ初めて真価を発揮するのだ。

従って、現在の力量は16歳の一般男児と同等だ。

対するジルは、それなりに体を鍛えているようで、思った以上に力が強い。

「仲良くしたい、って事なら歓迎しちゃうけど」

フェンネルを引き寄せ、尻肉を掴むジル。

「・・・女遊びは大概にした方が宜しいかと」

いつもの淡々とした口調で、フェンネルが言った。

昨日も同じようにジルを追跡したのだ。

国境を超え、隣国の遊郭に消えるところまで見届け、当初の疑惑は確固たるものになった。

「なんだ、知ってたの」

それなら尚更このまま帰す訳にはいかない、と。

ジルは制服のポケットから小さなスプレー缶を取り出した。

「!?」

プシュッ!警戒する間もなく顔面噴射され、意識を失ったフェンネルの体はジルの腕に崩れ落ちた。

スプレー缶には“アンデット商会”の表示。

人魚候補としてヒスイが捕獲されたとき使われた物の試供品だ。

ちなみにこのスプレーは人外の者に対して、より効果的である。

 

「フェンネル!!」

 

そこに飛び出した、スピネル。

晴れて学生になったというのに、転入初日からフェンネルはジルのことばかり気にかけていた。

昨日も帰りが遅かったので、心配になり、後を追ってきたのだ。

「ジル・・・どうして・・・」

友達を疑いたくはない。

ジルとは今年4月からの付き合いだが、休日にはよく遊んだりして、とても仲良くしていたのだ。

「一緒に来てもらおうか」ジルが言った。

「・・・・・・」

フェンネルを人質にされては、従うしかなく。

スピネルは同行を承諾した。

「わたし・・・いや、俺は」と、ジルは本来の口調で。

 

 

「グロッシュラーの第5王子、ジルコンだ。よろしくな。モルダバイトの姫君」

 

 

 

 

そして・・・災いはここにも。

 

「・・・・・・」「・・・・・・」

オニキスとコハク。互いの顔を見遣って、愕然。

 

「・・・おい、これは一体どういうことだ」

「・・・そんなの僕が聞きたいくらいですよ」

 

 

 
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