36話 金曜日の王子様
郊外の橋下にて。
「めちゃくちゃ高かったんだぜ、これ」
すっかり素に戻ったジルが指差したのは、アンデット商会製の貼り付け式魔法陣。
ペンデロークとグロッシュラーを繋ぐものだ。
「1日2回までしか使えないけどな」
これで通学しているのだと話し、本日2回目の使用。
ジルは特に敵意がある風でもなく、スピネルとフェンネルをグロッシュラーに連れ帰った。
そこはいかにも王子らしい豪華な部屋だった。
「末っ子だから、これでも結構可愛がられてる」
魔法陣はジルの部屋に直結していたので、スピネルとフェンネルは人知れず招待を受けることとなった。
意識を失ったままのフェンネルをベッドに寝かせ、スピネルと向き合うジル。
ここでしばし、回想。
スピネルがモルダバイトの王族であると知った日のことを思い出す。
今年5月。それは、ジルがスピネルの家に遊びに行った日曜日のこと。
「素敵なお家ね」
沢山の小窓がある可愛らしい外観。
スピネルのイメージに合った家だと、ジルは思った。
「おじゃましま〜す」
軽やかな足取りでスピネル宅に上がり込む。
そこでの出会いが、ジルの運命を大きく揺さぶるものとなるのだった。
「客か?」
元気の良い挨拶が聞こえ、オニキスが顔を出した。
スピネルの保護者としては当然の対応・・・だが。
婿養子のジンカイトに王座を譲ってからだいぶ月日が流れ、もはや顔を知る者はいないだろうと油断していたのだ。
その客がグロッシュラー王家の者とは知る由もない。
驚いたのは、かつてのモルダバイト王を知るジルだけだった。
(モルダバイトの前王がなんでここに!?)
必死に平静を装うが、思わぬ巡り合いに心臓が高鳴る。
「はじめまして」
悟られないよう、ジルは努めて挨拶をした。
モルダバイト前王は神隠しに遭った王妃を探して、世界を旅している。
各国の王家ではこれが通説だった。
スピネルに関係を尋ねてみると、期待していた通りの答えが返ってきた。
「うん、ボクの・・・お父さん」
濃度も質感も全く同じ黒髪。物静かな雰囲気も似ている。
スピネルは前王の隠し子なのだと、ジルは早々に結論を出し。
この縁を利用しない手はないと考えた。
そしてもうひとつ気になるのは、母親が誰かということ。
「お母さん・・・は?」
と、ジルが疑問を口にした時だった。
「オニキス、この本・・・あ」
オニキスの後を追って現れたのは・・・ヒスイだった。
客人ジルの存在に気付くなり、極度の人見知り体質から、サッと物影=オニキスの後ろに隠れた。
「大丈夫だよ、ママ。ボクの友達だから。紹介するね・・・」
ジルにとっては更なる驚きだった。
(銀の髪・・・モルダバイトの王妃だ。神隠しに遭ってたんじゃないのかよ!?)
不老不死の噂が流れるだけあり、王も王妃も目を疑うくらい若く見える。
(前王妃が“絶世の美女”なのは認める・・・でもこれはありえね〜・・・中学生か??)
見れば見るほどヒスイは幼く。
(モルダバイト前王って・・・幼女趣味だったんだな)
それにしても、スピネルとヒスイは顔立ちがそっくりで。
(間違いない)
スピネルは王と王妃の間に産まれた子。
女とはいえ、王位継承権がある。それもかなり上位だ。
一方自分は末っ子で、王位継承権は最下位。
自分を含め、兄弟達は皆王座を狙っている。
その中で、モルダバイトの姫を妻にするメリットは莫大だ。
政略結婚が当たり前のグロッシュラーの人間ならば、当然思う。
(スピネルを手に入れる!!)
スピネルに執拗に付き纏う理由はつまりそういうことで。
今宵・・・プロポーズに至る。
「いきなりだけど、結婚しない?俺と」
「友情が愛情に変わるって、ありだろ?」
と、畳み掛けるジル。
スピネルはゆっくりと瞬きをして。
「ひとつ・・・聞かせてくれる?」
「何でも」
ジルは強気だ。
「なんで女子校に?」
グロッシュラーは王位継承争いが過酷で、時には殺し合いさえする。
他国の女子校は刺客を巻くのに丁度良いのだという。
「身の安全の為ってのもあるけど、一番の理由は・・・」
『嫁さがし、だな』
ペンデロークの女子校には、各国から良家の子女が集まる。
「深窓の令嬢ってやつは案外口説く機会がない」
グロッシュラー出身というだけで敬遠される傾向にあり、従って、素性を隠し、自ら女の園に出向いたのだ、と。
「学校で一番いい女を釣ってやるつもりだった」
それを聞いたスピネルは一笑。
「くすくす・・・ボク達、本当にいい友達になれそうだ」
「だから、友達じゃなくて」
反論するジルの傍に寄るスピネル。
至近距離で、スカートの裾を自ら捲り。
太股がチラリ覗く・・・男を誘惑する仕草だ。
「ジル、ボクのスカートに手入れてみて」
「積極的な女・・・か、益々いい」
結構な経験があるのだろう。
ジルは慣れた手つきでスピネルのスカートに右手を滑り込ませた・・・が。
「・・・・・・」
ソコは明らかに、女の股間とは違う手触りだった。
もこっとしたモノに触れ、ジル、呆然。
「女の子にコレはないでしょ?」
「フェンネルにも同じモノがついてるよ。仲良くしてあげてね」
「なんてこった・・・」
男の夢、破れる。
「何で女子校に・・・」
ジルは先程のスピネルと同じ質問をした。するとスピネルは。
『お嫁さん探し』
「同じか、俺達」
くはは!!ジルはグロッシュラーの血を引く者らしく豪快に笑い飛ばし。
「こうも女装してる奴が揃うと、他のクラスメイトまで男に見えてくる」
と、言った。
スピネルは控えめに笑って。
「そうかもね」
金曜日の夜。
第5王子ジルの部屋は、城の中枢から離れた場所らしく、静かだった。
「ジルは・・・権力が欲しいの?」
「欲しい」
スピネルの質問に、野心家の片鱗を覗かせるジル。
「俺は王座を獲る」
「グロッシュラーの王様になって、どうしたいの?」
「酒池肉林」
と、冗談を言ってから、ジルは真顔で。
「・・・戦争とか、かったりーし」
「・・・・・・」
「そーゆうの、やめにしたいわけ」
「・・・・・・」
「アンデット商会って知ってるか?」
夏休み中の話・・・と、ジルはスピネルの返事を待たずに続けた。
「前から商売人の女がちょくちょく出入りしてたんだけど、本格的にウチと提携する事になった」
時の権力者が不老不死を欲するのはよくあることだ。
そのニーズに応えるというところから、死んだ人間を兵力にする方法など、軍事産業での協力をアンデット商会が申し出たのだという。
黙って聞いていたスピネルは一言。
「戦争が起こるの?」
「たぶん、近いうちに」
戦争・・・それは少年二人が騒いだどころでどうにもならない話だ。
しばらく沈黙の後。
「今夜は泊ってけよ」
ジルが言った。
「うん」
スピネルは頷き、それから。
「明日、ボクの姉貴に会ってみる?」
「ボクの姉貴って・・・まさか」
「うん、シトリン王妃」
コハク&オニキス。こちらはくされ縁の二人組。
「見事にハメられましたね」
と、コハク。
サラリーマン体験2日目にして事件は起こった。
オニキスがコハクに。
コハクがオニキスに。
荒野のど真ん中で、入れ替わり魔法の罠にかかったのだ。
入れ替わり・・・難易度は高いが、使用頻度も高い魔法だ。
そしてコハクも使える・・・これまで度々、邪な場面で駆使してきた。(番外編参照)
随分昔の話になるが、コハクとオニキスが入れ替わるのも初めてではなく、互いにさほど動揺はしていない。が。
なぜこうなったかと言えば・・・
ペンデローク支部にて。
どの部署に配属になるかが決まる適正検査の一環として、二人に一本の巻物が渡された。
指定されたこの場所で、巻物を結ぶ紐を二人同時に引っ張り、開くようにと言われていたのだ。
中にはやり遂げるべき課題が記されているとの事だったのだが。
「アンデット商会にこれほどの術者がいるとは思いませんでした・・・っていうかコレ、メノウ様じゃないですか?」
「・・・・・・」
物に何かしらの魔法がかけられていれば、普通は見破れる。
これほど完璧な魔法の罠を仕掛けられるのはメノウぐらいしか思い当たらない。
「・・・メノウ殿がアンデット商会側についたと?」
「何の目的があってかわかりませんけどね」
コハクとオニキス。二人を入れ替えたところで、何の利益があるのか。
その謎はすぐ解明されることになった。
ウォォォォ!!
突如、魔物が二匹現れた。
この荒野はその筋では有名な魔物出現スポットなのだ。
一匹は、猿神と呼ばれる巨大なゴリラ。
もう一匹は、雷を司る太古の獣、雷獣。外見は虎に似ている。
二匹とも気が立っているらしく、即座に襲い掛かってきた。
「来るぞ!」
オニキスが声を上げ、戦闘開始。
まずはオニキスになったコハクが猿神の攻撃を受けた。
猿神の全長は軽く10mを超え、振り下ろされた拳は1mほどもある。
特大の岩石が降ってくるようなものだ。
「っ!!」
自身の体であれば、片手で楽々止められる。しかし。
(なんだコレ・・・嘘みたいに・・・重い)
それはズンッと。体に圧し掛かって。
オニキスの体は、今にも潰されそうだ。
思うように体に力が入らないのだ。
「コハク!!」
「オニキス!!左っ!!」
加勢する間もなく、今度は雷獣がコハクになったオニキスに牙を剥いた。
「!!」
(左目が・・・よく見えん)
コハクの体になってから、ずっとそうだ。
左目の視界がぼんやりしているのだ。
そのため距離感が掴めず、攻撃をかわせない。
また、コハク同様、体に力が入らず、噛み付く雷獣から逃れることができなかった。
「く・・・どうなっている」
パリパリパリ・・・電気の走る音。
このままでは雷獣の魔法攻撃を受ける。
自身の体であれば、反対属性の魔法で相殺するが、コハクの体では思うように呪文が発動できず・・・
「オニキス!!危ない!!」
(っていうか、僕の体が!!)
ドーン!!落雷、命中。
「っ・・・」
コハクの体は魔法耐性が高いので大事には至らないが、新品のスーツは早くもボロボロだ。
二人で一匹を相手にするならまだしも、敵もタッグを組んでいる。
見るとコハクも猿神の攻撃を防ぎきれず、相当くらっている模様。
(ヒトの体だと思って・・・)
わざとやられているのではないかと疑いたくなるほどだ。
「コハク」
雷獣の懐から何とか抜け出したオニキスが言った。
「このままでは勝てん。ここは退く」
「・・・仕方ないですね」
そして・・・赤い屋根の屋敷前。
「入れ替わると、こんなに弱くなるんですね、僕ら」
「恐らく・・・これが狙いだ」
天使のコハクは光属性。
吸血鬼のオニキスは闇属性。
入れ替わったことによって、心と体の属性が相反し、戦闘力は大幅に低下。
今のままでは、まともに戦えない。
二人共それを痛感していた。
「コハク」
「はい?」
「左目はどうした」
「ああ、言うの忘れてました。左目の視力を3ケ月担保に入れたんです」
ヒスイには内緒、を前提に小声で明かすコハク。
「・・・ね?画期的でしょ?」
「確かにそうだが・・・」
「紋様魔法は相応の代償が必要ですから」
「・・・・・・」
ヒスイのためなら自分が傷つくことを厭わない。
(昔からそういう奴だ)
「すいませんねぇ・・・まさかこうなるとは思いもしなかったんで」
オニキスになったコハクは視界良好。
「・・・・・・」
その代償は今、コハクになったオニキスが負っている。
「・・・バレても知らんぞ」
溜息交じりにオニキスが呟く。コハクは慌てて念を押した。
「ヒスイには絶対言わないで下さいね!!」
「ただいま〜」
二人共、自己治癒能力は群を抜いているので、敗戦の傷は癒えていたが、スーツはかなり悲惨な状態だった。
「おかえりっ!お兄ちゃ・・・ん?」
迎えたヒスイはビックリだ。
中身が違うことにもすぐに気付いた。
「まあ、それで・・・こうなっちゃったんだけど」
オニキスになったコハクが事情を説明した。
「・・・・・・」
説明を受けたヒスイは困惑気味に二人を見比べ。
心はお兄ちゃん、でも体はオニキス。
体はお兄ちゃん、でも心はオニキス。
(おかえりのキスは・・・どっちにすればいいの?)