55話 我慢、できない。
「・・・遅い!!」
腕組みする王妃シトリン。
その口調には苛立ちが如実に表れていた。
こちら、モルダバイト城。離宮。
グロッシュラーの工場を叩き潰すべく、メンバーが集結したのはいいが、肝心の地図がまだ届かない。
「あいつは何をやっているんだ!!」
シトリン達より先に闘技場を去ったコハク。
公園のトイレでエッチ→地図紛失。
まさかそんなことになっているとは夢にも思わないが。
「母上の顔見たさに、屋敷へ直帰したか・・・」
地図の件を忘れているのでは・・・と、当たらずとも遠からずだ。
「ボクが見てくるよ」
スピネルが言った。
「ジストのこともあるし」と、小声でシトリンに耳打ちする。
家を出る決心をしたジスト。
今はスピネルと行動を共にしていた・・・が。
バルコニーでボンヤリ。
早くもホームシックの気配だ。
いつも元気なジストのこんな姿は珍しい。
「ママに言わないで来ちゃったから」
「む・・・そうか」
取り返しのつかないことになる前にヒスイと離れる・・・シトリン的には賛成だった。
「兄貴は寂しがると思うけどね」
「そうだな・・・」
「うん」
とにかく少し様子を見るつもり、と、話してからスピネルは屋敷へと向かった。
一方こちら、モルダバイト郊外の公園では。
「・・・・・・」コハクの無言。
放置は放置でも、建物裏に隠すようにして置いた・・・
(・・・つもりだったんだけど)
昇天エッチに夢中になっている間に、見事、盗まれた。
剣は残っている。
“工場への地図”だけが持ち去られたとなると、真っ先に疑うべきはアンデット商会の人間だ。
(まさか犬や猫が咥えていくなんてことはないだろうし・・・)
犯人が何者であろうと、早急に取り戻さなくてはならない。
なにせ、重要アイテムなのだ。
「お兄ちゃ・・・んっ!?」
ちゅっ!見上げたヒスイに不意打ちキス。
「先にひとりで帰れる?」
「?うん」
「ごめんね、せっかく迎えに来てくれたのに」
ヒスイの頬を撫で、もう一度、今度はスローモーションで唇を重ね。
不本意ながらも、急な用事を思い出したからと言って、コハクはヒスイと別れた。
トテトテトテ・・・ヒスイの足音。
短い歩幅ながらも、快調な足取りだ。
「男子トイレっていうのがちょっとアレだけど・・・」
最高に気持ちが良かった。数えきれないほど絶頂を味わって。心も体も大満足だ。
(まだお腹の中にお兄ちゃんの・・・が残ってるみたい)
ぽっ。と、赤くなるヒスイ。
「お兄ちゃんからいっぱい元気貰ったし!」
何の根拠もないが、大丈夫な気がする。
ヒスイの悩みなど・・・こんなものである。
息子に襲われかけた恐怖はどこへやら。
ヒスイはケロッとした顔で家路に就いた。
「ただいまっ!」
いつもと変わらない調子でヒスイが玄関の扉を開ける、と。
「おかえり、ママ」
スピネルの迎え。そしてすぐこう言った。
「パパと地図を探してるんだけど、ママ知らない?」
「お兄ちゃんと・・・地図?」
ヒスイはきょとんとした顔で答えた。
「さっきまで一緒だったけど、急ぎの用事があるからって・・・」
コハクが地図について一切話さなかったのは、ヒスイを加害者にしない為で。
「そう。わかった」
急ぎの用事というのが地図に関係していると、スピネルにはすぐ理解できた。
「ママ」
「ん?」
「パパと、えっちした?」
「うん」
「・・・・・・」
寄り道エッチ。恐らくその間に何かがあったのだろう。
スピネルがそこまで推理したところで。
今度はヒスイがジストの行方を聞いてきた。
「ジストは?まだ帰ってないの?」
「うん。そのことなんだけど・・・」
それから約数分後。※移動用魔方陣使用。
モルダバイト城。離宮、バルコニーにて。
「ジストっ!」
逃げられてなるものかと必死になって。
ジストの姿を見つけるなり、思わず抱き付くヒスイ。
「わっ・・・ヒスイ!?」
ヒスイに触れないよう両手をパッと上にあげるジスト。
まさに降参のポーズだ。
胴体に両腕を巻きつけられ・・・
(嬉しいけど!!だめだっ!!)
下半身がやっと落ち着いてきたところだというのに・・・再発してしまった。
「なんで・・・きちゃったの?」
両手を上にあげたまま、ジストは赤い顔で困った様に俯いた。
「なんでって・・・迎えに来たに決まってるでしょ」
ヒスイはあくまで親子一緒に暮らしたいらしく、ジストにとってそれは美味しそうな匂いを漂わせながら迫った。
「ね、家帰ろ?」
(う・・・ヒスイぃ〜・・・)
ヒスイに悪気がないのはわかっているが、今にもはちきれそうで、我慢が辛い。
「だめだよ・・・ヒスイ。子供ん時とは違う・・・」
理性が水際まで追い込まれ、頭がクラクラする。
「簡単にできちゃうんだ。ヒスイのこと捕まえて、脱がして・・・わかるだろ?」
「わかんない」
一度経験しているにも関わらず、認めようとしないヒスイ。
どうあってもジストを信じたいのだ。
ぎゅっ!抱きつく腕に力を込める・・・が。
次の瞬間。
ジストはヒスイの両肩を掴んで引き離し、唇にいきなりキスをした。
「!!」驚きでヒスイは全く動けない。
「もう・・・我慢できないんだ。こんなんで一緒にいられるわけないよっ!!」
「・・・っ!わかったわよっ!!ジストのバカぁぁぁっ!!」
ジストを思いっきり突き飛ばし、ヒスイはいずこかへ走り去った。
「ごめん・・・ヒスイ」
ジストはしゃがみ込んで頭を抱え。
唇を奪われたヒスイは、“なんでこんなことするの?”という目で見上げていた。
(そんなの・・・好きだからに決まってる・・・けど)
「息子に好きだって言われても困るよな」
しかもただの息子ではなく。
息子の息子、訳アリの出生・・・許される筈もない恋心だ。
「ヒスイにキス・・・しちゃった・・・」
息子としてあるまじき行為を犯し。
(どうしよう、これから)と思った時。
まず頭に浮かんだのは、コハクの顔だった。
「そうだ・・・父ちゃんに・・・」
(もしかしたら殺されるかもしんないけど)
行くしかない。
・・・裁きを受けに。
その頃、当のコハクは・・・犯人と対決していた。
「おいおい、ちょっとは手加減しろよ。これでもお前の義父だぜ?」
「・・・メノウ様相手に手加減なんかしてられますか」
“工場への地図”を巡る、身内の諍い。
天才魔道士メノウは何十もの分身を生み出し、火水風土あらゆる属性の魔法攻撃を一斉にコハクへ仕掛けた。
対するコハクは大剣一本。だが、極めた剣技で魔法さえ斬ることができた。
更には、片っ端からメノウの分身を斬り殺す容赦のなさだ。
「あはは!必死でやんの」
本体のメノウは楽しそうに笑い。
盗み取った巻物状の地図を見せつけ、コハクをおちょくった。
「そりゃそうだよな。公衆トイレでヒスイとヤリまくってる間に盗まれました、なんて言えないもんな」
「ごもっともです」
刀身をメノウに向けたまま、ニッコリ。負けじとコハクも笑顔で返す。
「な、お前さ、ヒスイとヤってる時、結構隙だらけなの知ってる?」
「それが何か?」コハクは開き直った態度で言った。
「へ〜・・・自覚はあんだ」
「ええ、まあ」
軽く相槌を打ってから、それよりも・・・と。
コハクが話を本題に戻そうとした、その時だった。
「父ちゃん・・・っ!!」
「・・・え?ジスト?」