World Joker

75話 愛を知れ。


 

 

 

「あとは・・・本番にとっておく」

 

 

そう言って、トパーズがヒスイから手を離した途端。

「“親子”って言ったのに!トパーズの嘘つき・・・っ!!」と、ひと吠えして逃げるヒスイ。

裸のまま、バスルームから飛び出した。

「バカ」トパーズは一言吐き捨て。

 

 

「・・・お前にとっては済んだことでも、オレにとっては違う」

 

 

一方、ヒスイは。不意の来客と対面していた。

「あれ?スピネル?」

「ごめんね、何回かノックしたんだけど」

バスルームで取り込み中だったため、聞こえなかったのだ。

「鍵が掛かってなかったから、勝手にあがらせてもらったんだ」

ちょうどそこに裸のヒスイが現れて。驚いたのはむしろスピネルの方だ。

(ママ・・・なんで裸なんだろう・・・)

とりあえず座って〜などと勧めてくるが、自分が裸なのは忘れている様子・・・

「ママ・・・」

「ん?」

「服、来たら?」と、スピネルは苦笑した。

「あ、そっか。ちょっと待ってて」

 

そして・・・数分後。

 

「ママならすぐ覚えられると思って」

スピネルは呪文を書き記した紙をヒスイに見せた。

先日、王立図書博物館で仕上げたものだ。

「あ・・・これ、お父さんに渡された呪文と似てる」

紙に目を通すなり、ヒスイが言った。

「おじいちゃんの?」

「うん、これ」と、今度はヒスイが一枚のレポート用紙をスピネルに見せた。

「すごいや・・・やっぱりおじいちゃんて、天才」

絶賛するスピネル。アンデットに対する同系統の呪文でも、ランクが違う。

(ちょっと変わった配列だけど、この呪文が成功すれば・・・)

アンデットの軍隊など敵ではない。

「うん、でもちょっと・・・」と、ヒスイ。

頭にはしっかり入っているのだが、口達者な方ではないので、時々かんでしまうのだ。

やたらと長い呪文。一言でも詰まれば、失敗となる。

それで毎晩、特訓させられているのだという。

「そういえば、兄貴は?」

「あ、今お風呂に・・・」ヒスイはチラッとバスルームの方を見て。

「ねぇ、スピネル。親子でお風呂入るのって、変かな?」

「変じゃないけど・・・もしかしてママ、兄貴と入ったの?」

「ううん、入ろうとしたけど、なんか変かなって思って・・・」

「うん。その方がいいよ」

(ママはまだ、兄貴との距離が掴めないんだ)

 

 

ママが兄貴とお風呂に入るのは、パパが姉貴とお風呂に入るのと同じことでしょ?兄貴との関係に迷ったら、そうやって置き換えてみるといいよ。

 

 

(そう、教えてあげれば・・・)

ヒスイは少し賢くなるかもしれない。

(だけど・・・兄貴には不利になる)

「・・・・・・」どうしようか迷うが。

(・・・言うのやめとこ。ごめんね、ママ)

スピネルの思惑知らず。

「今夜泊っていかない?雨降ってるし。お父さんもまだ帰って来ないし」

久しぶりに一緒に寝ようと、ヒスイが言った。

10年もお腹に抱えていた子だ。気心は知れている。

「いいよ」(兄貴と二人きりじゃ気まずいだろうから)

 

こうして、トパーズとは顔を合わせないまま、夜は更け・・・

 

 

 

決戦の朝は、普通にやってきた。

昨晩の雨が嘘のように、本日は晴天だ。

 

 

「おはよう。ヒスイ、いる?」

 

 

社宅に次なる来客。コハクだ。

「おはよう。パパ」と、スピネルが出迎える。

「ママは出掛けたよ」

「出掛けたって・・・どこに・・・」

「会社」

朝、シャワーを浴びて、慌てて出ていったという。

ちなみにトパーズも、職員会議があると言って、早くに出勤した。

仕事は仕事。戦は戦。トパーズは朝から晩まで本当によく働くのだ。

「・・・・・・」(何もこんな日に・・・)

「二人とも真面目だよね」と、スピネルも笑った。

「そういえば、今日はフェンネルと一緒じゃないんだね」と、コハク。

喧嘩でもしたの?と、さすがに鋭い。

「うん・・・ちょっと怒らせちゃったみたいで・・・」

肩を竦めるスピネル。理由がいまいちわからないまま、現在に至っていた。

「怒らせた・・・ね」コハクは苦笑し、言った。

 

 

「君は、ヒスイの周りをよく見ているけど・・・自分の周りはどうかな?」

 

 

ヒスイの周り、とは、暗にトパーズやオニキス、カーネリアンのことを指している。

「僕が言うのも何だけど・・・身近にある大切なものを見落とさないようにね?」

そう言われ、スピネルは何かに気付いたようで。

「・・・うん。ありがとう。パパ」素直に礼を述べた。

「じゃあ、僕はヒスイを迎えに行ってくるね。なにせ今日は・・・」

 

 

会社、お休みだから。

 

 

 

 

アンデット商会。グロッシュラー支店前。

 

「あれ??今日お休みなの??」

会社入口で立ちつくすヒスイ。

魔導式自動扉には“本日休業”のプレートが掛かっている。

創業記念日ということで、一般社員には特別休暇が与えられたのだ。

「カルセドニー、何も言ってなかったわよね?」※居眠りして聞き逃しました。

自動扉を手動で開け、中を覗くと、人ひとり。

「あ・・・あの人」

眼鏡をかけた栗毛の男=大人メノウだ。

「お!ヒスイじゃん!何?間違って来ちゃったの?」

大人メノウはヒスイを見つけるとすぐ寄ってきて。屈託ない笑顔を見せた。

「・・・・・・」

(相変わらず、馴れ馴れしいヒトね)

とはいえ、初対面ではないので、ヒスイの態度もいくらか柔らかい。

それ以前に・・・この男が自分の父親だということにまだ気付かないのが問題だ。

「夕べ、トパーズに泣かされなかった?ん?」と、ヒスイの頭に手をのせる大人メノウ。

もういい加減気付いていると思ったのだ・・・が。

「なんであなたがそんなこと知ってるの?」

訝しげな顔のヒスイ。と、そこに。

 

 

「メノウ!ここにいたのですか!」

 

 

明朗快活な声が響く。カルセドニーだ。

しかしそれよりも。

「え・・・?メ・・・ノウ??」

ヒスイは大きな両目をぱちくりさせて。

「お・・・とうさん?」

「お、やっと気付いた?」

「えぇぇぇぇー!!!」

あまりの驚きに大声を出して後ずさる・・・が、すぐにそれどころではなくなった。

「休日出勤とは!素晴らしい心がけです!ヒスイさん」

勘違いをしたカルセドニーに褒めちぎられ。拍手を受ける。

「・・・・・・」(そうじゃないんだけど・・・)

間違って出社したとも言えず。

大人メノウと別れ、カルセドニーと共に社長室へ。

渋々仕事に取り掛かる。

「ヒスイさん、今度秘書検定を受けてみませんか?」などと、カルセドニーはご機嫌だ。

「今夜なのに、余裕ね」ヒスイが言うと。

「我々の仕事は終わりました」

グロッシュラーに与えられるものはすべて与えた。

「後は、結果が出るのを待つだけです」

「あ・・・そっか」

カルセドニーと直接戦う訳ではないのだ。

敵はカルセドニーではなく、カルセドニーが造り出した“商品”だ。

「魔力がなくても、これだけのものを築いたんだから、劣ってるなんてことないと思うけど」

6階の窓ガラスから外を眺め、ヒスイは何気なくそう口にした。

「魔力があったって、私、何もできないし」

家事も仕事もダメダメだ。一応、自覚はあるらしい。

「魔力のあるなしで生き物の価値が決まるってわけじゃ・・・あ!!お兄ちゃんだ!!」

ビタッと窓に貼り付くヒスイ。

最愛のコハクが会社に入ってくるのが見えたのだ。

(お兄ちゃん、迎えにきてくれたんだ!)

そう思うと、いてもたってもいられない。

「私っ!帰る!!」

「あ・・・」

ヒスイの勢いに押され、ただ見送るだけとなったカルセドニー。

「いいでしょう・・・本来は休日ですし。面白い話も聞かせて貰いました」

“魔力のあるなしで、生き物の価値は決まらない”

「それは主観の問題なのですよ、ヒスイさん」

 

 

今夜、楽しみにしています。

 

 

 

 

・・・こちら、オニキス。

 

戦の前に愛する女の顔を一目見たいと思う。

不老不死の体でも、心はまだ人間なのだ。

(女々しいものだな)

そう思いつつ、足はヒスイの元へ向いていた。そして。

「あれ?オニキス?」

「ヒスイ・・・」

アンデット商会の社宅前で、愛しいヒスイとばったり出会う。

嬉しい偶然。コハクも一緒だが、この際贅沢は言っていられない。

 

それから、社宅室内にて。

 

「夜、眠くなっちゃうといけないから、ね」

コハクは、愛用の枕を持って、ヒスイを寝かしつけにきたのだ。

昼前だが、ヒスイを寝間着に着替えさせ。

「時間が来たら起こすから、それまでゆっくり眠って」と。

ヒスイの唇に、純度の高いキスをした。

「ん、おやすみ〜・・・」

ヒスイはすぐ寝付き。

「・・・・・・」「・・・・・・」

コハクとオニキスは、ヒスイの眠るベッドの端に並んで腰掛けた。

「社員契約書、あれ何だかご存じですか」

コハクからオニキスに問いかける。

「ああ。どうやらメノウ殿はオレ達の魔力を使って、何かをするつもりらしい」

名目上は社員契約書だが、その紙面には精巧な術式が施されていて、サインをすることにより“魔力を貸す”契約を交わしたのだ。

「守りを重視した陣形で戦況を窺うつもりだが、それにも限界が・・・」

 

 

「ん・・・」

 

 

その時、ヒスイが大きく寝返りを打って。上掛けが捲れた。

それを掛け直そうと、コハク、オニキス、両者同時に手を伸ばす・・・

すると。ヒスイの前で、男同士、手が重なり。

「・・・・・・」「・・・・・・」

「僕が」と、現夫の権限で、オニキスを振り切るコハク。

上掛けを戻した後、続けて言った。

「メノウ様が演出した舞台に、役者として出演するようなものでしょう。実質そう被害は出ない」

「・・・だといいがな」

 

 

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