World Joker

79話 甘味な調教



 

 

 
こちら、戦の中心地。

 

 

グロッシュラーのアンデット兵が続々と送り込まれてきた。

何百という数が一度に転送されてくる・・・天才魔道士メノウ作の魔法陣であることは明らかだ。

未開発地区という限られた広さで、どちらも少数精鋭には違いないが・・・

グロッシュラー軍の戦力は、兵4000、四神、そして巨大ドラゴン。すべてアンデットだ。
加えて、人間の兵が2000ほどだが、皆、メノウが売り付けた魔兵器を手にしている。
総指揮官はグロッシュラー王だ。

迎え撃つモルダバイト軍の戦力は、1000の騎士、500の魔法兵、他カーネリアン率いる義賊のメンバーが50、セレナイト率いるエクソシストが50。
ドラゴンを扱う召喚士が1。一族と、関係者有志合わせて20ほどだ。中には、グロッシュラー第5王子ジルコンも含まれる。

城の守備をジンに任せ、戦の総指揮を執るのは前王オニキスである。

そのオニキスが打ち出した戦法は・・・

 

“魔法の使用を極力避ける”

 

というものだった。

「ヒスイから話は聞いた」と、オニキス。

今回の戦争の発端ともいえる、アンデット商会の・・・カルセドニーの意向についてだ。

魔力を持たない者が、魔力を持つ者に劣らないことを証明する戦いだとすれば。

「魔法を用い勝利したところで、溝を深めるだけだ」

魔力を持たない者からすれば、これ以上ない屈辱。

深まった溝は、次の戦いを呼ぶ。

「難題であることは承知の上だが」

“命を大事に”を、最優先事項とし。

「無血とはいかないまでも、それに近い戦いをしたいと考えている。皆、協力を頼む」

「もちろんですわ!!」

本来、シトリンが続く場面だが、今回は不在・・・代わりに娘のタンジェが声を張り上げた。

この戦いで、騎士団を任されているタンジェ。

その騎士団には、シトリンが鍛え上げた猛者が揃っているが、魔力を持つ者はひとりもいない。タンジェも含めて。

「お前って、魔法使えない奴だったの?」と、言ったのは婚約者のサルファーだ。

「ええ、使えませんことよ?それが何か?」と、タンジェ。

「わたくし、魔力なんてこれっぽっちもありませんもの」

外見こそ猫娘だが、それに見合う魔力は持ち合わせていないのだ。

けれども、タンジェにはマーキーズの軍隊で培った剣術がある。

「特に不便はしておりませんわ」

そう言って、堂々としているタンジェの姿を見ながら、オニキスは言った。

「ないならないなりに、それを補うものが育つ」

モルダバイトの文化は、国王オニキスの、その信念に基づき発展してきた。

 

 

「持っているか、持っていないか、それだけで優劣が決する訳ではない」

 

 

 

 

同じく、未開発地区内。ヒスイ&ジスト組。

 

「ここね」

暗い木立を抜け、戦地を一望できる高台へと出た二人。

メノウに指定された場所なのだ。時間的には丁度良い。

ストロベリー味のドロップはもう舐めきってしまった。

口の中に甘さが少し残ってはいるものの、ヒスイは口寂しくなり。

作業に取り掛かる前に、ドロップ缶を持っているジストの服を掴んだ。

「んっ?何っ?ヒスイ」

 

 

「お兄ちゃんの飴、もう一粒ちょうだい」

 

 

「あっ・・・うんっ!」

上向きで「あ〜ん」するヒスイの顔に、またもやドキッとしてしまうジスト。

(うっ・・・ヒスイ、すげぇ可愛いっ!!!)

あまりの愛くるしさに、涙が出そうだ。体も固まる寸前だった。

内心、萌え悶えながら、ジストはドロップ缶を振った。

マスカット味のドロップを一粒取り出し、ヒスイの口元に持っていく。

 

 

ヒスイの、餌付け体験。

 

 

胸にキュンとくるものがあり、正直癖になりそうだ。

(そうだっ!今度、ヒスイの好きそうなお菓子買ってきて、あげてみよっ!)

血は争えないのか・・・

のほほんとしながらも、“ヒスイ調教”に目覚めつつあるジストだった。

「んむっ!おいし・・・」

口いっぱいに広がる甘さに、ヒスイは舌鼓を打って。それから言った。

「ジストも食べてみれば?」

「えっ!?いいのっ!?」

ジストは素直に喜び。

「じゃあさっ!食べさせてくれる?」

勢いで、そんなことまで言ってしまう。

「あっ・・・えっと・・・やっぱ自分で食べるよ」

ハッとして、引き下がるが・・・

「いいよ?あ〜んして」

ヒスイはあっさりOKした。

あ〜ん・・・ポイッ。ジストの口内に放り込まれたドロップ。

「・・・あっ!オレもマスカット味だっ!」

「おいしいでしょ?お兄ちゃんの飴」

「うんっ!うまいっ!」

二人は仲良くマスカット味のドロップを頬張り。時は満ちた。

 

瞳を閉じ、呪文詠唱に集中するヒスイ。

その声に紡ぎ出される文言は、まるで歌のようで。ジストはうっとりと聞き入った。

 

すぐそこに、敵が迫っていることを知らずに。

 

 

 

 

モルダバイト未開発地区、入口にて。

 

戦地にやってきた一匹の猫、シトリン。

「む・・・始まってしまったか」

標的に近付くのに、猫の姿は好都合だ。

戦いの混乱に乗じ、グロッシュラー王の首根っこを噛みちぎってやる・・・そんな心持ちで、敵陣の中心部を目指す、が。

 

 

「止まれ。そこの雌猫」

 

 

「兄上!?」

双子の兄、トパーズに声を掛けられ、猫シトリンの足が止まった。

「なぜ兄上がここに・・・」

「仕事をしに来た」

特有の意地悪な笑みを浮かべ、立ち塞がるトパーズ。

シトリンの頭に一気に血が昇る。

「仕事だと!?あくまでグロッシュラー側か!!」

ボンッ!シトリンは人型へと変化し、大鎌を構え、敵意を剥き出しにした。

「そこをどけ!兄上!私の邪魔をするというなら、兄上とて許さんぞ!!」

「仕事、と言ったろう」

公務員のプライドに懸けて、ヒスイと過ごしたあの夜の取引分はきっちり働く。

トパーズは、いつもの高校教師スタイルで。眼鏡と、咥え煙草と・・・武器は持っていない。
猛将シトリンの足止めをするという割には、かなり軽装だ。

「・・・仕方があるまい」

シトリンが大鎌を振り回す。大雑把なように見えて、無駄のない攻撃だ。

ヒュンヒュンと鋭く空を裂く。熟練度は日を追うごとに増していた。

大概の魔物はこれで仕留めることができる、が。

トパーズは煙草を吸いながら、すべての攻撃をかわし。

「お前と一緒で、短絡的だ」と、一笑。

ネクタイを緩め、ポケットから、授業で使う細い棒状の教鞭※折り畳み式を取り出した。

 

大鎌vs教鞭

 

「おのれ兄上・・・」

どこまでも馬鹿にされている気がする。

身内ということもあり、シトリンも手加減をしていたのだ。

「ならば、本気でいくぞ」

宣言と同時に鎌を振る。ほぼ無音・・・そして、目視不可能とも思われるスピードで、トパーズのネクタイを分断した。

「クク・・・面白い」

一方、トパーズも教鞭をひと振り。するとそれが、シトリンの大鎌と全く同じものに変化した。

「力の差を見せてやろう」と、悠々、大鎌を構えるトパーズ。

その挑発に、益々カッとするシトリン。

「この大鎌・・・簡単に扱えると思うなよ」

 

本格的な兄妹喧嘩勃発だ。

 

大きくカーブした刃が何度も交差し、火花を散らす。

タイミングを見計らい、シトリンは羽根を広げた。

上空からの攻撃に切り替えたのだ。

「兄上!覚悟・・・!!」

一撃必殺の大技。シトリンが大鎌を振り下ろす。しかし。

ガキィン!!

シトリンの大鎌の切っ先は、トパーズの大鎌に止められ。

「く・・・!!」(バカな・・・びくともせん・・・)

そのまま、弾き飛ばされる。

「・・・・・・」(なぜだ・・・)

高校教師のトパーズに、騎士団長である自分が負ける筈がないと思うのだ。

「うぬぅ・・・力比べだ!兄上!!」

「いいだろう」

シトリンが武器を捨てると、トパーズも武器を捨て。

ガッチリ、両手を組み合った。純粋な力比べだ。

「うぬ・・・っ」(なんだ・・・この力は・・・)

押しても押しても、トパーズの体は後退せず。むしろシトリンが後退させられる。

踏み留まることに必死で、だんだんと腕に力が入らなくなってきた。

 

 

「お前が愛しているのは、国か?それとも、父上か」

 

 

と、おちょくるトパーズは余裕たっぷりで。

「く・・・どちらも同じこと・・・っ!!」

シトリンが渾身の力を込めたところで、吸収されてしまう。

「この私が力負けするなど・・・」

(これがあの兄上なのか?)

共に過ごした幼き頃を思い出す・・・

年中青白い顔で。熱を出しては寝込んで。

(満足に外へも出られなかった・・・あの兄上なのか?)

「いつの間に・・・こんなに強くなったのだ・・・?」

モルダバイトの王妃として。騎士団の長として。シトリンが訓練を怠る事はなかった。
それなのに。

「なぜ・・・私が負ける」

愕然と呟くシトリン。トパーズは鼻で笑い、顔を近付けて言った。

「こんなに簡単な事がわからないとは、やはりお前はバカだな」

 

 

「これが、男と女の違いだ」

 

 

「男と・・・女・・・だと?」悔しそうに、シトリンが睨む。

「そうだ。お前はもう、オレに勝てない。双子だからといって、いつまでも同じと思うな」

トパーズがそう言い放った直後。空間が歪んだ。

「な・・・なんだ?」両目をぱちくりさせるシトリン。

トパーズの体の表面から、目に見えるオーラが出始めたのだ。

それは薄青く・・・冷たそうにも、熱そうにも見える。

「始まったか」

トパーズは、シトリンと組んだ指をほどき、空を仰いだ。

魔力の搾取、だ。契約書にサインをした男達・・・トパーズをはじめ、コハク、オニキスにも同じ現象が起こっていた。

内なる魔力が具現化し、一ヶ所に集まっているのだ。

未開発地区、高台。ヒスイのいる場所だ。ところが。

いくらも経たないうちに、トパーズの全身から立ち昇るオーラが消えた。

何らかの理由で収集が中断されたのだ。

 

 

「あのバカ・・・ヘマしやがった」

 

 

 
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