World Joker

80話 彼女の失敗


 

 

 

モルダバイト軍。戦の中心地にて。

 

タンジェ率いる騎士団を主体とし、それぞれの戦いが展開されていた。

「一騎当千でいきますわよ!」

タンジェの呼び掛けで士気を高めた騎士団は、魔兵器を手にしているグロッシュラー兵に対し、勇敢に戦いを挑んでいた。

「人間の相手は人間に任せて、アタシ等は腐った奴等を始末するよ!!」

カーネリアンが啖呵を切り、義賊のメンバーとエクソシスト達が続く。

スピネル、フェンネル、ジルコンは魔法兵団に身を置き、後方で回復支援にあたっていた。

巨大ドラゴンの相手は、オニキスと召喚士の青年・・・わずか2名だ。

兵の数でいえば不利なことに変わりはないが、個人能力の高さとチームワークで、モルダバイト軍は善戦していた。ところが。

「!?」

突然、オニキスの動きが止まる。息が・・・できない。

眷属であるオニキスの体に、ヒスイの異変が伝わってきたのだ。

「く・・・」

戦いの最中、オニキスは胸を押さえ地面に膝を付いた。

(ヒスイの身に・・・何が・・・起こった・・・?)

 

「あ〜・・・ヒスイ、失敗したか」と、頭を掻くメノウ。

今回、戦いには直接参加していない。

グロッシュラー軍寄りのとある場所から戦況を窺いつつ、ヒスイに託した呪文の効果が現れるのを待っていたのだ。

「ま、失敗は誰にでもあるけどさ」

その分、戦いが長引くことになる。メノウはモルダバイト軍を仰ぎ見て。

「わりっ!」娘の失敗を詫びた。

「もうちょい頑張ってくれよな」

 

 

 

場面は変わり。

 

ヒスイ&ジストに近付く敵・・・それはアンデット商会営業部長のウィゼライトだ。

足を引っ張る相棒テルルは、創立記念日を満喫し、ここにはいない・・・ジストとの再開の機会を逃すことになるのだった。

アンデット商会の社員はあくまで社員であり、戦いには参加しない方針を、社長カルセドニーが打ち立て、今回は見学のみ。

ウィゼは、同じく観戦に来ているであろうカルセドニーを探し、戦地を移動していた。

「“ヒスイ”の気配がすらぁ・・・社長への土産にとっ捕まえていくとするか」

愛用のナイフ※修理済を舐め、ニタリと笑うウィゼ。

「行くぜぇ“ハニーサックル”」

魔剣の名を呼び、やる気満々で、ヒスイ&ジストチームの前に姿を見せた。が。

「“ヒスイ”ちゃんよぉ〜・・・」ウィゼもビックリだ。

 

 

「なんで死にかけてんだ?」

 

 

「うぐ・・・ぐぐ・・・」(く・・・るし・・・し・・・しにそう・・・)

青い顔で、のたうちまわるヒスイ。

「うぐ・・・ぅぅ・・・」(ヒ・・・ヒスイを助けなきゃ・・・)

ジストも青い顔で、地面に転がっている。

親子で悶絶。マスカットドロップの悲劇。

そう・・・二人は敵の襲撃を受ける前に、飴玉を喉に詰まらせたのだった。

ヒスイは、呪文詠唱の息継ぎ時に誤って飲み込み、詰まらせた。

そんなヒスイに驚いたジストもその時喉に詰まらせて。仲良く共倒れ、だ。

皮肉にも真の敵はウィゼではなく、ドロップだった。

(死なないで守るって・・・約束したのに・・・)

ヒスイを死なせそうな上、自分も死にそうだ。

酸欠で朦朧とする意識の中、必死にヒスイの手を握ろうとするジスト。

 

 

窒息死寸前の、その時。

 

 

救出に現れたのは・・・トパーズだ。

その腕には猫シトリンを抱いている。
いち早くヒスイの失敗を察したトパーズは、シトリンとの戦いを強引に切り上げ=無理矢理、猫に戻し。
共に瞬間移動してきたのだ。

現場に到着するなり、猫シトリンをウィゼに投げつける。

「ニャッ?」「あぁん?何だぁ、この猫」

「そいつは猫又だ。格好の研究材料だろう?」と、ウィゼを焚き付けるトパーズ。

シトリンの足止めをウィゼにさせるつもりなのだ。

トパーズの思惑通り、ヒスイに肩透かしを食らったウィゼはすぐその気になり、シトリンの捕獲に乗り出した。

そうなると、シトリンも対抗せざるをえない。

女同士の潰し合いが始まる中、トパーズは早足でヒスイの傍に寄り、その体を抱き起こした。

ヒスイの口元からは、マスカットの香りがして。ドロップを喉に詰まらせたことはすぐにわかった。

「毎回毎回、手間かけさせやがって」

舌打ちの後、トパーズはヒスイの背中を思いっきり叩いた。

「ホラ、さっさと出せ」

ケホ・・・ッ!!ヒスイの口から飛び出すドロップ。

トパーズは、続けてジストにも同じ処置をした。

 

 

ケホッ!ケホッ!ゴホゴホッ!!

 

 

何とか一命を取り止めた、ヒスイとジスト。だが・・・

二人には当然トパーズのお仕置きが待っていた。

「飴を食いながらとは、いい度胸だな」

「「う・・・ごめんなさい」」

ヒスイとジストが揃って項垂れる。トパーズのお仕置きは基本痛い。

「いひゃいぃ〜・・・」「いへへへ・・・」

本日は、ほっぺ引っ張りの刑だ。

覚悟はしていたが、やっぱり涙が出るほど痛かった。

「ヴ〜・・・」

ヒリヒリする頬を押さえながら、再び呪文詠唱に入るヒスイ。

その脇で、シトリンvsウィゼが激戦を繰り広げている。

とばっちりを受けないように、今度はちゃんとジストが護衛についていた。

「ヒスイっ!がんばれっ!!」

 

 

 

その頃・・・コハク&アクア組はというと。

 

グロッシュラーの奇襲部隊を、コハクが包丁二本で全滅させたところだった。

後には、死骸はおろか、草一本、蟻一匹すら残っていない。

「パパぁ〜なんかこわいよ〜?」と、アクア。

「え?そう?」(顔には出てないと思うんだけど・・・)

コハクは笑顔で答えたが、アクアにまで見抜かれるほど、殺気がダダ漏れで。

“攻撃は最大の防御”と、敵に突っ込んだはいいが、子連れの戦いは思った以上に神経を使うものであり、短時間で決着をつけるため本気を出してしまったのだ。

戦いでコハクが本気を出すことは滅多にないだけに、なかなかいつもの状態には戻れない。

凶悪な感情を引き摺ってしまうのだ。

(本気で戦った後って、もの凄くヒスイとエッチがしたくなるんだよね・・・)

そのヒスイは今、呪文詠唱中である。

コハクの体からも漏れなく魔力が絞り取られていた。
一旦それが中断し、心配していたのだが、間もなく再開されたのでひと安心だ。

(とにかくアレが終わるまでは、手を出す訳にもいかないし・・・)

恐らく、この戦いの幕引きとなる大呪文。

対アンデット用のものだと聞いていたが、その効力がどれくらいのものなのか、計り知れない。

 

 

この時点で、戦況は大きく変わっていた。

 

 

一時的ではあるが、オニキスが戦闘不能に陥り、戦力が大幅にダウンしたため、やむなく召喚士の青年が竜を喚んだのだ。

月の代わりに、輝かしく夜空に現れた白竜・・・それこそが、モルダバイト所有のドラゴンである。

ホワイトドラゴンvsアンデットドラゴン。

ブアァァッ!!グアァァッ!!火吹き合戦が始まったのだが・・・

モルダバイト、グロッシュラー問わず、その炎に巻き込まれる者が続出した。

荒れる戦場。その中で。サルファーは縦横無尽に飛び回っていた。

魔法兵団の指揮をスピネルに任せ、自ら最前線に出たのだ。

単独で敵を撹乱している。相当な実力者でなければできない芸当だ。

普段は漫画を描いているサルファーだが、コハクの血を継いでいるだけに、その戦闘力は半端でない。

 

ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

グロッシュラー側から大砲が撃ち込まれ。

それを片っ端からサルファーが叩き斬る、と。

桃から産まれた桃太郎・・・ではないが、中からアンデット兵が飛び出した。

「なんだよ、これ」

大砲の弾はいわば、アンデット兵の卵。斬り落とせば、斬り落としただけ、敵の数を増やすことになる。

「大砲台をぶっ壊せばいいだけだろ」

とは言っても、なかなか近付けない。

大砲台の近くには弓兵が配置されていて、サルファーを撃ち落とすべく矢を放ってくるのだ。

その間も発砲が続き、アンデット兵の数は増える一方・・・単独ですべてを処理するには無理が出てきた。その時。

 

 

「ココはワタシに任せてクダサ〜イ」

 

 

有志のひとり、サファイアだ。トパーズと同じ、高校教師である。

刀を両手に一本ずつ持ち、戦場に立つ。

「ブッた斬りは得意デス」と、増幅したアンデット兵を片付け始めた。

「ヒュ〜ッ。眼鏡美人出てきた」口笛を吹くのは、もちろんジル。

「俺も行かねぇとな」こんな時まで、女好きをアピールする。

「ジル、でも君は・・・」と、ジルの立場を考慮したスピネルが引き留めるも。

「へーきだって」明るく笑うジル。

「こんな時のために用意してたんだぜ?」

そう言って、スピネルに見せたのは、なんと覆面。早速それを頭から被り。

「今から俺は覆面戦士ジル・コーンだ」と、スピネルを笑わせる。

「これでもグロッシュラーの王子だぜ?それなりの戦闘訓練は受けてるつーの」

 

サファイアとジルコンの援護を受け、サルファーは大砲台に近付くことに成功した。

「大砲斬り」と、咄嗟に命名した技で、見事撃破だ。

「フン、ちょろいぜ」

 

 

 

こちら、高台。

 

「ヒスイ・・・なんかすげぇ・・・」呟くジスト。

ただただその姿に見惚れるばかりだ。

呪文はとても複雑な構成になっていて、魔法理論をよっぽど学んだ者でなければ、聞きとることさえ困難で、ましてやその意味など理解できない。

けれども。

30分近い詠唱の末、最後に一言だけ、呪文の結びとなる言葉が、ジスト、そして戦闘中のシトリン、ウィゼ・・・誰の耳でも聞き取れる単語として、ヒスイの口から出た。

 

 

 

『― 魔 葬 ―』

 

 

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