World Joker

89話 好きと言えたら。

 

「・・・・・・」

ヒスイが高校1年生として編入してから半日が過ぎた。
もちろんジストと同じクラスだが・・・驚くことばかりだった。

(セレが言ってたのって、このことだったのね・・・)

3カ月で、ジストはすっかりクラスの人気者に。休み時間の賑やかなこと。
ジストの周りには男女問わずクラスメイトが集まり、一方ヒスイの周りには誰もいない。

人間離れした美しさが仇になっている。
実際にはありもしない気品を漂わせ、とても声をかけにくい雰囲気を醸し出していた。
勇気ある男女数名がヒスイに話かけるも・・・愛想良く受け答えする訳もなく。

そもそも、クラスメイトのほとんどはジストに夢中で。
ヒスイはあっという間にクラスで浮いた存在となった。
それを気にかけたジスト・・・表向きは、従妹同士ということになっている。

「ヒスイっ!こっちこっち!」

なんとかヒスイを馴染ませようと、友達の輪に誘うが・・・
プイッ。ヒスイはそっぽを向いて。ますます感じが悪い。

(それどころじゃないんだってば)

さっさと任務を終わらせていつもの生活に戻ること。
ヒスイにとってはそれが最優先事項だ。
一心不乱に、悪魔リスト作りに励んでいた。

学校に潜り込んでいる悪魔を見つけ出しリストアップしたものをセレナイトに提出すること。
それがヒスイの仕事。教会への申請を勧めるのはジストの仕事だ。

(悪魔を見つけるにはコレ!!)

眼鏡ケースから眼鏡を取り出し、装着。
この眼鏡をかければ、人間のふりをしている悪魔を一目で見抜くことができる・・・が。

眼鏡をかけて、下を向いて、ガリガリとペンを走らせていれば、周囲にはガリ勉と思われる。
ますます印象を悪くしていた。

その上・・・

1学年上となる娘のアクアが、ヒスイの編入を聞きつけ、クラスに様子を見にきたのだ。

「ママぁ、ひっさしぶり〜」
「わぷっ!!」
(おっぱいがくるし・・・)

胸で抱擁され、苦しがるヒスイ。
アクアは、制服を着崩し、いかにも遊んでいる感じの女子高生となっていた。
化粧をし、ブラウスのボタンを大きく開け。長い爪で。

「いじめられたりしたら〜、アクアに言いなね〜?そいつ半殺しにしてあげる〜」

と、バキバキ拳を鳴らす。
その姿がコハクとダブって見えた。

(お兄ちゃんも時々こんな風に指鳴らすのよね・・・)

「いいよ、そこまでしなくても」と、ヒスイ。

(なんかアクアって・・・お兄ちゃんそっくり・・・)

怖い上級生として有名なアクアが睨みを利かせ・・・ついに誰もヒスイに近付かなくなった。
が、無論、ジストは別だ。

「・・・ついてこなくていいのに」
「ダメだよっ!ヒスイは方向音痴なんだから」と。

トイレにまでついてくる始末・・・ヒスイにべったりだ。

「・・・・・・」

すれ違う男子にはからかわれ、女子にはヒソヒソ噂される。

「・・・学校では私に話しかけないで」

ヒスイはムスッとした顔でジストに言った。

「なんで?」
「なんでって・・・私と一緒にいたら、ジストまで友達いなくなっちゃうよ」

ぷはっ!ジストが吹き出す。

「友達はそんなんでいなくなったりしないよっ!」
「そうなの??」「うん!」

「だからヒスイも・・・」

折角学校に来たのだから、友達を作るよう勧めるジストだったが・・・

「私は仕事をしに来てるの。友達を作りにきた訳じゃないわ」

するとまた・・・ぷはっ!ジストが笑った。

「なんか今のサルファーみてぇっ」
「え?サルファー?」
「うん、サルファーもいつもそんな感じ」

誰にも媚びない。けれど、実力で人を惹きつけるのだと、ジストが語る。

「そうなの??」「うん」

ニコニコニコ・・・今日は朝から顔が綻びっぱなしのジスト。
ヒスイがここにいることが嬉しくて堪らない。
密かに片想いを続けた甲斐があるというものだ。

(やっぱヒスイは可愛いっ!!)

男としては、好きな女の子を放っておけるはずもなく。

「じゃあさっ、ヒスイに友達ができるまで、オレが傍にいるよっ!」
「あ・・・うん」
「任務、一緒にがんばろっ!」

よろしくっ!ジストが握手を求める。

「・・・・・・」
(親子で握手なんて・・・変なの)

差し出された手をじっと見るヒスイ。
昔よく繋いだ手。ヒスイよりずっと大きくなっていた。
改めて握手となると妙に照れ臭いが、ヒスイはジストの手を取った。

「・・・よろしく」

 

そして、放課後。

(ジストの帰りが遅い理由はこれだったのね・・・)

感心半分。呆れ半分。
運動神経抜群のジストは、部活動でも人気者・・・引っ張りだこだった。
あらゆる運動部に助っ人として参加しているのだ。

友達が多いのもうなづける。
ちなみに今日はサッカー部だ。

「部活なんて、私には絶対無理」

ヒスイはグラウンドの端で、ボールを蹴るジストの姿を眺めていた。
見学に来ている女子は他にもずいぶんいる。

(どうせ汗かくなら、お兄ちゃんとエッチしてる方がいい)

「お兄ちゃん・・・」

兄離れどころではない。
コハクを想って、ぼんやりしているうちに日は暮れて。

 

「ヒスイっ!!待っててくれたのっ!!」

練習を終えたジストが人懐こい笑顔で駆け寄ってくる。

「どうせ帰るとこ一緒だし。いこ」
「うんっ!!あ!鞄持つよっ!!」と、ジスト。

ヒスイといるとナイト魂が疼いて仕方がないのだ。

「え?いいよ」
「いいから!いいから!」

二人が仲良く歩き始めてすぐ。

「ジスト君」

ひとりの女子がジストを呼び止めた。
サッカー部のマネージャーだ。
話があるんだけど・・・と、ヒスイの方をチラチラ見ながら言って。

「ちょっと待ってて!ヒスイ」
「うん」

ヒスイはその場で立ち止まり、ジストとマネージャーを見送った。
二人の姿は見えるけれど、声は聞こえないという距離で。
何を話しているかはわからないが、ペコペコ、ジストが頭を下げている。

「ヒスイっ!お待たせっ!」

ジストはすぐに戻ってきた。

「今の・・・告白?」
「うん。でも断った」
「・・・・・・」
(ジストって、ホントにモテるんだ。でも今まで彼女とかいた試しがないような・・・)

“愛するヒトは一生にひとり”が家訓だが、男女交際を禁止した覚えはない。
ヒスイが不思議に思っていると。
ジストは少し照れ臭そうに頭を掻いて。

「オレ、嘘つくの下手だから・・・」

「ホントに好きなコとじゃなきゃ付き合えない」
「ホントに好きなコ・・・うん!それでいいと思うよ!」

ジストの本心露知らず。納得したヒスイは無邪気に笑って。

「帰ろ!お兄ちゃんが待ってる!」
「うんっ!」



ジスト&ヒスイの親子コンビ。
1日目は無事に過ぎたが・・・早くも2日目にトラブルが発生した。

プール開きが近いため、1限目は屋外プールの掃除だった。
不運なことに、今年はジスト&ヒスイのクラスが当番なのだ。
体育ジャージに着替え、男女に別れ清掃作業開始・・・

女子はプールサイドの草むしりだ。
プールにはまだ昨年の水が残っていて、苔混じりの泥水と化していた。

「・・・・・・」

炎天下で草むしり・・・敬遠したい状況だが、クラスの一員としてヒスイも例外ではなく。
ジストが用務員室から借りてきた園芸用の麦わら帽を被り、軍手をして。
お喋りをする相手もいないので、ひとり黙々と草をむしるヒスイ。

「んっ!」
(何この草・・・なかなか抜けないわね)

プールのすぐ脇に生えていた強敵を相手に孤軍奮闘。両手で草を掴み、思いっきり引っ張る。

「んんんっ!!ふんっ!!」

・・・スポンッ!!

「やった!ぬけ・・・わ・・・」

戦いに勝利したのはいいが、勢い余って、背中からプールにドッボーン!!
ちょうど男子がプールの水を抜こうとしているところだった。

「ヒスイっ!!!」

ヒスイを救うべく、ジストが飛び込む・・・
と、ここまでは、ヒスイと一緒ならよくあることだ。

「寮のフロ借りられるからっ!」

ジストの手引きで最寄りの男子寮に向かう。
二人とも、頭から爪先までズブ濡れ・・・髪や体に苔が付着して、かなり気持ちが悪かった。
授業時間中なので、男子寮の共同浴場には誰もいない。

「オレここで見張ってるから!ヒスイは早くフロはいっ・・・」
「ジストも一緒にはいろうよ。ドロドロだよ?」
「えっ!?いいよっ!!」
(ダメダメ!!フロなんて一緒にはいったら・・・)

指輪の効果で、ガチガチに体が固まってしまうに決まっている。

「・・・オレ、これでも27歳だし、男だし」
「うん、それが何?」
「だからさ・・・」
(ダメだ・・・全然っ伝わんない・・・)

少しは性を意識して貰えたらと思うのだが、そうはいかないようで。

「?こんな時ぐらいいいじゃない。親子なんだから」

ヒスイは“親子”に固執していた。

「親子でも・・・ずっと同じじゃいられないんだよ?」

思わずそう言ってしまい、慌てて口を押さえるジスト。

「・・・それ、どういう意味?」

みるみるヒスイの表情が曇る。

「ヒスイ・・・」
(ああっ!!そんな悲しい顔しないでっ!!)

「わかったっ!!一緒にはいるよっ!うんっ!親子だもんなっ!!変なこと言ってごめん!!」

結局、ヒスイの誘いを断れないジスト。
超が付くほど真面目な顔で。その代わり・・・と条件をつける。
 

「オレの股間、絶対見ないで」
「股間?うん、いいよ」
(やっぱり親に見られるのは恥ずかしいのね)

ヒスイはあっさり承諾した。
シャワーで汚れを流し、全身を洗ってから、二人並んで湯船に浸かる。
ヒスイはほのぼの。ジストはどきどき。
股間を見ないように目をつぶると言って、ヒスイは瞼を閉じた・・・が、即うとうと。
炎天下の草むしりで相当体力を消耗したらしい。

「ん・・・おにいちゃ・・・」

寝言を言いながら、ジストの方に傾く。

「ヒスイっ!?」

同じ石鹸の香り。濡れた髪と、柔らかくて丸い肩が触れる。

(う・・・マズイ・・・)

だからといって、避ける訳にはいかなかった。
避けたら、大切なヒスイが湯船に沈んでしまう。

「っ・・・」

反対側の肩に手を回し、ヒスイの体を支え・・・ジストにとっては大きな試練だった。

(何やってんだろ、オレ・・・完全に勃っちゃってるし)

「体も・・・もう動かないや」

指輪をしている限り、過ちを犯すことはないが、体が固まったということは下心があった証拠で。

「・・・・・・」

嬉しいのに、苦しい。
苦しいのに、嬉しい。

叶わない恋をしているとき。
人はみんなこんな気持ちになるのだろうか。

(好きって・・・言えたらな)

ずっと胸につかえている言葉。
昔はよく口にしていたはずなのに、その意味が変わってからは、言えなくなって。
それを吐き出してしまえたら、少し楽になるかもしれないと思う。

(でもダメダメ!!ヒスイに悲しい顔させたくないしっ!!)

それにしても・・・

学生寮で、男と女が一緒にお風呂。
見つかれば、大変なことになる・・・が。
そういう時に限って、見つかってしまうのだ。

次の瞬間・・・ガラッ!

何者かによって、共同浴場の扉が開かれた。

「!!」

驚き立ち上がるジスト。固まっている場合ではない。

「んあっ?なに?どうしたの?」

ヒスイも目を覚ます。
それから二人揃って。

「「あれっ?」」

 

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