World Joker

91話 ちょっとHな現代用語

 

その頃、赤い屋根の屋敷では・・・

エクソシストの黒衣を身に纏い、剣を携えたコハクが、忙しなく依頼書の束を仕分けしていた。
ジストとヒスイに弁当を持たせ、学校に送り出したあと、掃除、洗濯、夕飯の準備・・・で、この時間になってしまった。

「何だこれ・・・嫌がらせ?」

悪魔討伐から教会の宣伝業務まで。ありとあらゆる任務がどっさりだ。

「・・・・・・」
(僕の動きを封じようとしているとしか思えない)

どこか陰謀めいたものを感じる。
本来ならヒスイと任務を共にしているところを引き離されたのだ。

「生徒に見えないなら教師としてでも・・・」

購買でパンを売るおばさんになりすましてもいい。
とにかくヒスイと一緒にいたいというのに。

(僕にいられちゃ困る理由でも?)

「それにしても・・・」

と、仕分けの手を止めるコハク。

「ヒスイが2日も続けて学校に行くなんて・・・」
(集団生活の苦手なヒスイが・・・もしかして・・・成長しちゃってる!?)

このまま兄離れされてなるものかと思う。

(早いとこ合流してヒスイを甘やかさないと・・・!!)

「・・・こうなったら奥の手だ」

コハクは、剣と依頼書を手に屋敷を飛び出した。

「待っててね!!ヒスイ!!」
 

そして、コハクが訪れたのは・・・国境の家。
つまり、奥の手とはオニキスのことで。

「お土産です」

と、依頼書の半分をオニキスに押し付けた。

「・・・ヒスイはどうした?」

と、オニキス。

「ヒスイは別の任務に就いてます」

その経緯を説明してから。
コハクは珍しく真面目な顔で

「どうも教会の動きがおかしい」

と、言った。すると・・・

「その件なんだが・・・」

オニキスはいつも以上に神妙な顔つきで両腕を組み、こう話を切り出した。

「トパーズが先日挨拶に来た」
「トパーズが挨拶?何ですか、それ」
「どうやら教会がらみのようだが・・・」

トパーズから詳しい話は聞いていない。ただ・・・
 
モルダバイトを離れる、と。

「・・・初耳ですね。それって屋敷を出るってことですか」

コハクの表情が微かに動いた。

「・・・・・・」

長い付き合いなだけに、オニキスはそれを見逃さなかった。
良くも悪くも、コハクがトパーズに関心を持っている証拠だ。

「人間社会では、子供はいずれ親元を離れるものでしょうが・・・」

と、コハク。

「ヒスイが何て言うか」

と、苦笑い。それから肩を竦め。

「嫌な予感がするなぁ・・・」
「・・・そうだな」

 

再びこちら。校舎裏では。
無くなった眼鏡の代わりに、ケースの中にはメモが残されていた。

放課後、屋上にて待つ。

差出人の名前はコッパー。3年F組と明記されている。

「このヒトっ!生徒会長だっ!」

と、ジスト。
一度見たことがある。結構なイケメンだ。その人物が、もしやヒスイに告白かと、気が気でないジスト。

「ヒスイ、放課後、行くの?」
「うん、行くよ」

大事な仕事道具だ。何としても取り返さなくてはならない。

「オレも一緒にっ・・・」
「いいよ。ジストは部活あるでしょ」
「でも・・・」
「このコッパーっていう子、たぶん女の子だよ」

ジストを安心させるためか・・・スピネルが口を挟んだ。

「えっ?女の子っ!?だって男の制服着て・・・」
「女装があれば、男装もあるよ」

と。スピネルが言うと重みが違う。

「何か訳があって男の格好をしているんだと思うけど・・・」
「へ〜・・・その子が何の用だろ?」

ヒスイは相変わらず暢気だ。

「気をつけて、ママ。彼女、人間じゃないかもしれない」
 

放課後。屋上で、コッパーに迎えられるヒスイ。

「よく来てくれたね」

低めの声。すらっと長い手足。さっぱりと短い髪。
大柄な方ではないが、何も知らなければ男にしか見えない。

(でもスピネルが言うんだから、女の子よね・・・って)

それころではない。男か女か、今は関係ないのだ。

「眼鏡返して」と、ヒスイ。

「ごめんね」と、コッパー。

「話すきっかけが欲しかっただけなんだ」

そう言って、ヒスイに眼鏡を返した。

「なんで?」

するとコッパーは正面からヒスイを見つめ。

「君、目立って可愛いから。友達になりたくて」
「・・・私、別に友達とかいらないんだけど」

もとより長居するつもりはない。ヒスイはコッパーの申し出をスッパリ断った。

「つれないね」と、コッパーは笑って。

「君のこと一目で気に入ったんだ。人間じゃないみたいに綺麗な顔してる」
「!!に・・・人間・・・だけど?」

ヒスイはしどろもどろに言って、目を泳がせた。

(バレちゃまずいのよね)

ヒスイが半吸血鬼であること。そして、エクソシストであること。
知られれば、校内に潜む悪魔が動揺し、事件を起こしかねない・・・
そうスピネルに注意喚起されたのだ。が・・・

「彼氏とかいる?」

コッパーにいきなりそんな質問を受け。

「え?」
(彼氏っていうか・・・私、結婚してるんだけど・・・)

返答に困るヒスイ。対するコッパーは。

「処女?」と、更に大胆な質問をしてきた。

「違うよ」ヒスイは馬鹿正直に返答し。

「違うの!?そんな風に見えない。絶対処女だと思ったのに・・・」

残念。と、肩を落とすコッパー。

(残念?なんで???)

どうも掴みどころのない上級生だ。

(でも人間じゃないっていうんなら・・・)

もう少し話をしてみる価値はあるかもしれない。そうヒスイが思案する一方で。

「可愛い顔して、ヤリマンだったりしてね」と、コッパー。

(ヤリマン?何それ?)

知らない単語だ。ジェネレーションギャップを感じる。

「あ・・・うん」

ヒスイは適当に返事をして。
それから少し話をしたあと、コッパーと別れた。
 

今日のところは、無事に。

「ヒスイっ!大丈夫だった!?」

ジストは早目に部活を抜け、階段の踊り場でヒスイを待っていた。

「うん」

取り戻した眼鏡をかけてみる。ジストの頭上に“Godchild”と表示された。
間違いなく教会から貸し出された眼鏡だ。

(良かった。返してもらえて)

「帰ろ、ジスト」
「うんっ!」

二人は並んで階段を下り・・・その途中。

「あ、そうだ。ねぇ、ジスト」
「んっ?なになに?」

ヒスイの言葉を一言も聞き洩らすまいと、耳を寄せるジスト。すると。

「“ヤリマン”って何?」と、ヒスイ。

「へっ?ヤリマン?」

次の瞬間赤くなる。ジストはその意味を知っているのだ。だが、さすがに説明に困る。

「え・・・っと・・・その・・・いっぱいエッチしてる女の子のこと・・・」
「いっぱいエッチ?じゃあ私、ヤリマ・・・」
「わぁっ!!言わなくていいからっ!!」

人前で言わないようにとジストが釘を刺す。

「ヒスイは父ちゃんとしかしないから、いいのっ!!」
「ふぅん???」

厳密な意味がよくわからないまま。下記、ヒスイ脳内。

(現代用語辞典、買って帰ろ・・・)

「ジスト、ちょっと買い物付き合って」
「うんっ!いいよっ!」
 

こうして二人はモルダバイト城下に立ち寄った。
学問の国と称されるだけあって、書店の数は多い。
行きつけの店で現代用語辞典を購入したヒスイは上機嫌だ。

「これで会話に困らずに済む」

と、笑いながらジストの手を握った。

「ヒスイっ!?」
「昔みたいに、手つなご」
「あ・・・うん」
(わ・・・手小さい・・・)

壊さないように。ジストはそっとヒスイの手を握り返した。
親子で手を繋ぎ、人波を縫って進む。
中央広場では夜市が開催されていて。この時間はとても賑やかだった。

「そうだっ!ヒスイ、なんか欲しいモンない?」
「プレゼントしたいから」

と、ブンブン腕を振り、ヒスイをまくしたてるジスト。

「う〜ん」

順番に露店を覗いていき、ピタッ、ヒスイが足を止める。

「これ、何だろ?」

ヒスイが興味津々なそれは、金属製の小さな玉・・・大小2個セットで売られている。

「え〜っと、何だっけ・・・」
(前にエロ本で見たような・・・そうだっ!“りんの玉”!)

「ヒスイ、それ欲しい?」
「うん」

淫具と知らず、ヒスイが頷く。

「じゃあ、おっちゃん!コレちょうだいっ!」
「ジスト、ありがと!」

口を半月開きにして、笑顔で礼を述べるヒスイ。
用途不明だが、息子の贈り物は嬉しい。宝物だ。

「どういたしましてっ!」
(大人のオモチャだけど・・・いっか!喜んでくれればっ!)

ジストも幸せいっぱいに笑った。

 

ちょっとしたデート気分を味わいながら帰路に就く。
ほどなくして、赤い屋根が見えてきた。
家に近付くにつれ、ヒスイの歩調が早くなる。
ヒスイにとって、家=コハクだ。
一刻も早く再会するため、ぐいぐい、ジストの手を引っ張って歩いた。

「おにいちゃんっ!!」

ジストの手を離し、コハクの待つ家へ、ヒスイが走り出そうとした矢先のことだった。

「え?」
「ジスト?」
「あ・・・」

ジストの右手がヒスイの手首を掴んでいた。
そのまま・・・動けない。

「・・・・・・」

恋心と一緒に育つもの。
それは・・・嫉妬心と独占欲。

(オレ・・・今、何考えた?)

ヒスイの背中を見た瞬間、何を思ったか。確かめるのも怖い。

(ヒスイを父ちゃんに返すの・・・嫌だって・・・思った?)

だから・・・手首を掴んで引き止めた。

行かないで。もっとオレと一緒にいて。

そんな気持ちが働いた結果だった。

「・・・・・・」

夏なのに、背筋が寒くなる。

(オレ・・・こんなの・・・やだ・・・)

それなのに、ヒスイの手を離せない。

「ジスト?手、痛いんだけど」

その一言で、やっと金縛りが解けた。

「あっ!!ごめんっ!!」
「どうしたの?早く帰ろうよ」
「オレ、ちょっと学校に忘れモンっ!!取ってくるから、ヒスイは先帰っててっ!!」


ページのトップへ戻る