World Joker

99話 恋愛の可能性


 

 

 

「・・・言いたいことは、それだけか?」

 

 

ヒスイの肌の上でトパーズの唇が動いた。

「え?あの・・・そうだけど」

「それでオレを説得してるつもりか?笑わせるな」

一旦ヒスイから離れ、上から見下ろす。

「っ・・・」

男の色気を帯びた視線を注がれ、目を逸らすヒスイ。

トパーズはヒスイの片脚を持ち上げ、太ももの内側に舌先を這わせた。

「や・・・っ!!!」

「・・・・・・」

ヒスイの女性器を間近で見る。

青臭い感じのする陰唇だが、数えきれないほどコハクのペニスを咥えてきたのを知っている。

「・・・・・・」

今は固く閉じている肉の合わせ目を、無理矢理開いてしまいたくなる。

めいいっぱい拡げ。その穴にペニスを深く突き刺して、射精して、孕ませて。

 

 

 

そこまでしても・・・ヒスイは手に入らない。

 

 

 

心のどこかでわかっていても、認めたくなかった。

『生きるために必要なものはぜんぶお兄ちゃんがくれた』

ヒスイはそう言ったが。

(―違う。全部じゃない。あいつが与えられないもの・・・)

それは・・・“痛み”と“苦しみ”。

「だったらそれを、オレが与えてやる」

「ト・・・パ?」

手首を拘束されたまま、ヒスイが見上げる。

顎を掴まれ、次の瞬間・・・

「っあ・・・っ!!!」

ヒスイの首筋に痛みが走った。血管に牙が食い込んでいる。

血を吸われているのだ。痛みを伴うのは、トパーズがわざとそうしているから。

「な・・・んで・・・血を・・・?」

「・・・生きていくのに、血が必要なくなっただけだ。噛みつく牙がなくなった訳じゃない。お前の血は旨いぞ。昔と変わらずな」

唇についた血液を舐め、意地悪に笑うトパーズ。

それから再び牙をヒスイの血管に潜らせた。

「い・・・いた・・・やめ・・・」

「・・・・・・」

(他にどうしろっていうんだ?)

長い間教師を続けてきたが、こんなに難しい問題はない。

(どうすれば、オレのものにできる?)

ヒスイを手に入れる術が・・・どうしても見つからない。

考えても。考えても。わからない。

それでも。考えて。考えて。考え抜いた末、トパーズは言った。

 

 

「・・・よし、ジャンケンだ」

 

 

「オレが勝ったら、お前はオレのもの。お前が勝ったら、家に帰してやる」

とんでもないトパーズの提案に。

「望むところよっ!!じゃあこのネクタイほどいて!!」

ヒスイは迷わず応じた。

略奪愛が・・・少々おかしなことになってきた。

(勝てばいいんでしょ!勝てば!!負けた時のことなんて考えない!!)

ヒスイはどこまでもポジティブ思考だ。

(ジャンケンは、負けると思ったら負けるのよっ!!だから、絶対勝つ!!勝って、お兄ちゃんのところに帰る!!)

と、その時。

 

 

「オレはグーを出すぞ」

 

 

不敵な笑みで、トパーズが宣告した。

「・・・・・・」(これは・・・フェイント!?)

ジャンケンを制するための心理作戦として、よく巷で用いられている。

本当にグーを出すのか。出さないのか。

グーを出すと言っておきながら、チョキを出すのか。

宣告された相手は・・・誰しも少なからず動揺する。

「ホントに・・・グー?」と、ヒスイが確認するも。

「クク・・・どうだかな?オレは嘘つきだぞ?」

「う・・・」

ますます混乱してきた。

(でも・・・)

ヒスイは今一度トパーズの表情を窺い。

「何出すか決めたよ!」と、威勢良くトパーズに勝負を挑んだ。

 

 

「ジャンケン・・・ポン!!」

 

 

ヒスイはパー。トパーズは・・・グーだ。勝負は決まった。

「・・・・・・」

もし、ヒスイが裏読みしてチョキを出したら・・・本気で監禁するつもりだった。

けれども。ヒスイはパーを出した。

トパーズの最初の言葉を信じた・・・“勝たせてくれる”と、信じたのだ。

「・・・・・・」

信頼を裏切れば・・・あの時と同じだ。

ヒスイを犯したあの時と、何ら変わらない。

(それじゃ・・・意味がない)

「あ・・・ありがと。あの・・・ごめんね?」

ヒスイが言った。するとトパーズは・・・

「最後に、ひとつだけ質問する。いいか、正直に答えろ」

 

 

「オレがいなくなったら・・・寂しいか?」

 

 

「え・・・」

恋愛の可能性を探っているのだと、ヒスイでもわかった。

(いなくなったら・・・寂しいに決まってる。決まってるけど・・・)

自分のもとに引き止めるようなことを、言ってはいけない気がして。

「さびしく・・・ないよ」ひとこと言って、黙る。が。

心に嘘をつくと、自然に涙が出る。堪える間もなく、潤んでこぼれ。

ヒスイはそれを手の甲で拭いながら。もう一度言った。

「さびしくなんかないんだってばぁっ!!」

「・・・・・・」

その涙の意味がわからないほど、トパーズも子供ではなく。

「・・・泣きたいのはこっちだ、バカ」と、顔を背ける。

欲しかった言葉は貰えなくても、ヒスイが見せた涙でほんの少し救われた。

トパーズはヒスイに背を向け。

 

 

「・・・帰れ」

 

 

 

 

屋敷を取り巻く森の中。

 

コハクvsオニキス&カーネリアンの内輪揉めにより、木々はなぎ倒され、地表もところどころ削れていた。

そして、諍いはまだ続いていた。

コハクの動きを止めるには、常に先手を打つしかない。

連続で仕掛けるオニキス&カーネリアン。

息つく間もなく攻めるが、それでもコハクは一瞬の隙をついて抜け・・・

しかしその先には、オニキスが張った罠。

落とし穴と言うには、あまりに大きいブラックホールが広がっていた。

「そうくると思ってました・・・よっ」

コハクが足元を掬われる事はなかった。熾天使の羽根を広げ・・・

「こっちもね」

カーネリアンの体当たりを避ける。

齢100を超える吸血鬼であるカーネリアンも空を飛べるのだ。

空中戦もそれなりにこなせるが、コハクが相手では分が悪い。

それを見越して、素早くオニキスがサポートに回り。

ブラックホールの中から巨大な影の手が伸びた。コハクを掴もうとする。

無論、コハクは捕まらない。
月光を武器に換え、鮮やかにナナメ斬りを決めた。

互いに、二手三手先の展開を読んでいる。まるでショーを見ているようだ。

「・・・・・・」

こちら、オニキス。

トパーズのためにも、何とか一晩コハクの動きを封じたい。

(それには幻術が有効だが・・・)

精神力の強いコハクに幻術をかけるのは容易ではなく。

苦戦を強いられる・・・しかし、その割に足止めは成功していた。

「コハク相手によくこれだけ・・・って言いたいトコだけど」と、カーネリアン。

「本気ではない」と、オニキス。

二人ともコハクの強さを知っているだけに、違和感を覚えた。

「どういうつもりだ?」

オニキスがコハクに問いただす。

「別に大したことじゃありませんよ」

コハクは美しくも憎々しく笑い・・・その時だった。

森の中まで射し込んでいた月光が、ぷっつりと途絶えた。

空にはたちまち暗雲が立ちこめ・・・スコールだ。

自然現象・・・ではない。天候を操り、局地的大雨を降らせた者がいる。

「よっ!」傘を差した少年・・・

「メノウ様・・・」

雨の中、濡れた髪を掻き上げ、見据える・・・コハクはあまり歓迎していないようだった。

「こんだけやりゃ、気が済んだだろ」と、コハクの前に立つメノウ。

「・・・まあ、頭は冷えました」

雨はすぐ止んだが、降雨量は半端ではなく。

コハクもオニキスもカーネリアンも滝に打たれたようになっていた。

「どういう事だ?メノウ殿は何か知っているのか」オニキスが尋ねる。

「まね、俺も協力したし」

「教会の・・・か」

そこでカーネリアンが。

「聞かせとくれよ。セレの奴口割らないんだよ」

教会の重要な任務で、トパーズがモルダバイトを離れることになった・・・カーネリアンもそれくらいしか知らなかった。

「そんなに複雑な話じゃないって」と、メノウは話し出した。

ヴァンパイア達は、これからもモルダバイトに集まってくる、と。

「“モルダバイト前王はヴァンパイア”。広まった噂は消せない。これからだって広まってく」

「・・・・・・」

オニキスは反論することなく、黙って耳を傾けていた。

「けどさ、モルダバイトでそのすべてを受け入れるのも不可能に近い。そうだろ?この国には、人間だっている。ヴァンパイアの国にする訳にはいかないよな」

「ああ」

深く頷くオニキス。メノウも相槌を打って話を続けた。

「そこで教会は、モルダバイトに入国してきたヴァンパイア達を移送する場所を確保した」

それが、今、トパーズとヒスイがいるあの島だ。

「セレはさ、この機に人間と悪魔の完全共存が可能なのか試すつもりだ。ヴァンパイアだけじゃなく、平和を望む悪魔を幅広く受け入れて。じき、人間も移り住ませる気だろうな」

そこでの生活が成功すれば、共存意識の強い、人間なり悪魔なりを育成できる。

そうして育てた人材を、いずれ世界に放出するのだ。

モルダバイトでも取り組んではいるが・・・

人間と、そうでない者達の完全共存を実現するには、大きすぎる国だ。

規模としては大きくない方がいい。

そこであの島を選んだ。建国と同時に教会の副本部を置き、責任者としてトパーズが就任することになったのだ。

「しばらくは目を離せない仕事だから、単身赴任だろ。俺はパスした。でもさ、あいつはそれを引き受けた。なんでだと思う?」

そう言って、メノウはオニキスを見た。

「まさか・・・」

 

 

「そ、お前に負担がかかんないように、だよ」

 

 

「な・・・」カーネリアンも、そしてオニキスも、驚くより他ない。

「あいつなりの親孝行なんだろ」と、メノウ。

「まったくあいつは・・・」

オニキスはその先の言葉を失い。

「最初からそう言えってんだよ!」

カーネリアンも口を押さえ、涙ぐむ。

「親孝行ができるほど、成長したってことじゃん?」

メノウはどこか嬉しそうに笑って。

「ヒスイの方はそのついでだからさ。心配すんなって!」と、コハクに話を振る。

「ついでで攫われちゃ、たまったもんじゃないんですけどね」ぼやくコハク。

「コハク・・・お前は知っていたのか」

オニキスの言葉に、コハクは苦笑いで答えた。

「すぐにでもヒスイを取り返すつもりだったんですよ、最初は。
でも、カーネリアンさんがあまりに必死なんで」

足止めされる気になった、と。

「・・・あんた相変わらず性格悪いねぇ」

カーネリアンは少々照れた様子で。

「アタシはさ、あの子のこと、可愛くて可愛くてしょうがないんだよ!」と、言った。

コハクは笑いながら、オニキスを見て。

「親は、見返りを求めて子供を愛する訳じゃないですけど、子供は案外与えられた愛を忘れないものだ」

だからこそ、親孝行をと考える。

「トパーズも多分そうなんでしょう」

「コハク・・・お前・・・」

 

 

「あ、言っておきますけど、今回だけですよ。大目にみるのは」

 

 

 
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