109話 淫魔の媚薬
それから数日・・・赤い屋根の屋敷にて。
新たな戦いの鍵を握る――かもしれない人物。
「ヒスイー、パンツくれ」
夫婦の部屋に顔を出したのは、双子兄弟の弟、アイボリー。
先日16歳の誕生日を迎えたばかりだが、肉体的な成長はめざましく、身長はマーキュリーと並んだ。
親譲りの美形にも磨きがかかるが、悪戯好きの雰囲気はそのまま。
性格に至っては、そうそう変わるものではない。
従って、本日も堂々とヒスイにオカズを要求した。
「うん、ちょっと待ってね」
ヒスイも慣れたもので。
クローゼット内のランジェリー入れから、適当に見繕い・・・
「はい、これ」
しかしこの日、アイボリーは受け取らず。
「今、穿いてるやつ、欲しいんだけど」
「・・・・・・」
ヒスイは一瞬怯んだが。
(同じようなパンツばっかりじゃ、飽きちゃうよね・・・うん・・・今度、お兄ちゃんにバリエーション増やしてもらお)
そんなことを考えながら、アイボリーの目の前でパンツを脱ぎ。
「・・・はい。これでいい?」
体温の残ったそれを、アイボリーに手渡した。
「おう!サンキュー!」
またな!と、夫婦の部屋を後にするアイボリー・・・
間もなく、ガシッ!廊下で首根っこを掴まれる。
・・・コハクにだ。そして。
「何すんだよっ!」
ヒスイのパンツ、没収。
「ヒスイの脱ぎたては贅沢すぎるでしょ?あーくん」
「パンツの中身独占してる奴に言われたくねー!!」
「ん?反抗期かな?」
「・・・・・・」
こういう時のコハクは容赦がないのを知っている。
その戦力差も。
(くそ・・・トパーズぐらい強けりゃ、闘り合えんのに・・・)
「けど、これは譲れねー」
一旦この場は退く、が。
「勝負だ!コハク!ヒスイのパンツを賭けて!!俺が勝ったら、脱ぎたて認めろ!!」
するとコハクは余裕の笑みで。
「いいよ。いつでもかかっておいで」
屋敷、地下室。
「なんかコハクに対抗できる武器ねーかな」
エクソシストの試験を受ける際、武器を探しに来た時は、これといって収穫がなかったのだが。
ここには、かなりのお宝が眠っていると聞いている。
「コハクの弱点になるようなモン・・・」
ぐるっと見回す・・・と、不意にあるモノが目に入った。
置かれているのは、血生臭い武器の類が圧倒的に多かったが、それはアクセサリー・・・腕輪だ。
「この腕輪、見覚えあるような気ぃすんだけど・・・そうだ!“ヒスイアルバム”!!」
若かりし日のヒスイが、腕にしていた写真を見たのだ。
それだけで、興味を引くには充分だった。
(ヒスイの専用武器かなんかか?)
アイボリーはその腕輪を自身の手首に嵌めた。
同時に一枚の便箋が落ちた。
「?」
(ヒスイの字だったよな、今の)
それを拾い、読み上げる。
『ありがとう。“チャロ”』
次の瞬間――
「なんじゃぁぁぁ!!ヒスイぃぃぃ!!」
喜びの雄叫びを上げ、現れたのは。
チャロアイトという名の淫魔だった。
やたらとシャギーの入ったパープルヘアに、ゴールドアイ。
厚い唇と、豊満な胸。いかにも悪魔な羽根と尻尾がある。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人、ひとまず黙って向き合う。
先に口を開いたのは、チャロアイトの方だった。
「・・・なんじゃ、ヒスイの息子か」
露骨にガッカリした口調だ。
「そういうお前はヒスイの何なんだよ」
「我はヒスイの友よ!」
チャロアイトは得意気にそう言ったあと。
「熾天使の奴にヒスイとの仲を引き裂かれたのじゃ!!」
と、コハクへの怒りを爆発させた。
「独占欲の塊のような男じゃ」
「そうだよ!それそれ!!」
アイボリーも賛同する。
これは・・・意気投合の流れだ。
「この腕輪は、名を呼ぶだけで、我を召喚できる」
と、チャロアイト。
略してチャロ、と、ヒスイは呼んでいたという。
「召喚1回に付き、ほっぺにちゅーで、ヒスイを守護しておったのに・・・熾天使め・・・」
「・・・チャロってもしかして、女好きとかじゃね?」
「よくわかったの、我はレズビアンじゃ」
「やっぱそういうことかー・・・」
この淫魔が、ヒスイに執着している理由はわかった。
対して、コハクが取った行動もあらかた予測できる。
「して、何用じゃ?ヒスイの息子故、特別に話を聞いてやろう」
アイボリーは、ここに至る経緯をチャロに話して聞かせた。
「ヒスイのパンツじゃと!?」
チャロの食い付きぶりは半端ではなく。
「我が力になってやろう」
自らそう申し出た。
「・・・代償は?」
これでも悪魔学を齧った身だ。
ただで悪魔の協力が得られるとは思っていない。ところが。
「代償はヒスイのパンツに決まっておろう。我らの利害は一致する」
「そういうことなら、任せろ!俺はアイボリー、よろしく!」
契約ではなく、同志としての握手を交わす、アイボリーとチャロアイト。
「早速だけど、俺に考えがある」
と、アイボリー。
悪戯少年の本領発揮だ。
「確か淫魔って、すげぇ媚薬作れるよな?」
「勿論じゃ、主が望むなら、とびきりのを用意してやろう」
「よっしゃ!」
アイボリーは拳を握りしめ。チャロと共に不敵な笑みを浮かべた。
(見てろよ!コハク!俺の作戦勝ちだ!!)