108話 追憶〜prologue〜
それは夢であり。
過去の記憶でもある。
場所は・・・天界。
「セラフィム、外出されるのですか?」
剣を担ぎ歩くコハクに声をかけたのは、智天使ラリマーだ。
「うん、“裁き”にね」
コハクは足を止めることなく、あっさりそう答え。
ラリマーはそんなコハクに追い縋るように身を寄せた。
「また・・・ですか。最近多いですね」
「気に食わないみたいだよ。人間のつくる歴史が」
近年、あちこちの国で武力紛争が起こるようになった。
「大地が荒れてる、って“上”がご立腹でね」
紛争に参加する人間を裁くよう、神から言い付かったのだ。
コハクは苦々しく笑った。
「そうですか。お勤め大変でしょうけど、また勲章が増えますね」と、ラリマー。
「別に嬉しくもないけどね」コハクが突き放す。
「そんなことをおっしゃらないでください。神も天使達もみな貴方を大切に思って・・・」
「そうだろうね」
“殺し”のできる天使は、コハクしかいない。
唯一無二の天使だからこそ、重宝されるのだということを、コハクは誰より知っていた。
ラリマーは理解不能という顔で。
「世界の英雄なのですよ?貴方は」
すると。コハクは嘲笑し。
「僕が、英雄?君達は何か勘違いしているようだから、言っておくけど」
僕は正義じゃない。
むしろ悪と思ってくれていい。
「悪?なぜそんなことを・・・」
「僕には何の信念もないからね」
信念がなければ、“裁き”は単なる殺人。
その自覚があるだけ、幾分マシだと思う。
屍の山を築いて、英雄気取りでいるよりも。
「セラフィム、それはどういう・・・」
コハクは笑顔で質問を拒み。
「じゃあ、行ってくる」
下界、すなわち人間界に降り立つと、紛争の真っ只中だった。
時代が進むにつれ、技術が進歩し、それに伴い戦いの被害も拡大していた。
ところかしこで爆煙が上がる。
「・・・わざわざ裁くまでもない。放っておけば、いずれ全滅だ」
そこは小さな島国で、物資の調達経路を互いに断たれている状態だった。
勝ちも負けもない。
両軍とも戦力の大半を失っていた。
「さて、と。しばらく昼寝でもしてようかな」
寝床を探し歩くコハク。
最終的に何人くらい斬ることになるか、計算しながら。
「・・・ここが神の箱庭なら、僕はただの庭師だ」
と、呟く。
楽しいか楽しくないか、と、問われれば・・・楽しくはない、が。
裁きは、枝の剪定と同じ。
質の良いものを育てるために行うのだと、神は言う。
(切り落とす枝を憐れんでもね・・・)
神には神の言い分があり。
人間には人間の言い分がある。
神が正しいのか、人間が正しいのか、考えるのも面倒だ。
「馬鹿馬鹿しいなぁ・・・ホント・・・」
コハクがそう吐き捨てた時だった。
茂みの間から、1人の兵士が転がるように飛び出してきた。
まだ若い。10代後半〜20代前半と思われる。
短く刈った髪はミントグリーン。
同じ色をした瞳は切れ長で、凛々しい顔立ちだ。
戦いの最中、迷ったのか逃げ出したのかわからないが、軍服は擦り切れ、泥と血で汚れている。
「裁きの・・・天使・・・」
兵士はコハクを見上げ、驚愕の表情を浮かべた。
腰までの長い髪と6枚の羽根が黄金に輝く、熾天使セラフィム。
美麗すぎる容姿は、人間に死の恐怖を与える。
「自分を・・・殺しに・・・?」地べたに這ったまま、兵士が言った。
「うん、まあ。そのつもり」と、コハク。
「人間なんて、僕が殺さなくたって勝手に殺し合っているのにね」
兵士の喉元に剣先を突き付け、苦笑い。
と、そこで。
「・・・じゃない」
死の恐怖に震える声で、兵士が怒鳴った。
「好きで殺し合ってるんじゃない!!」
「・・・ふぅん?じゃあなんで?」
「“上”の“命令”だ!!」
身分の低い者同士を戦わせ、自分達は安全なところから指示するだけ。
「あいつらがいなかったら、こんな戦い、起きなかった!!」
兵士は拳を地面に叩き付け、切々とそう訴えた。
するとコハクは。
「・・・なるほどね。わかった。じゃあそこで10分・・・いや5分待ってて」
そう言って、5分が過ぎ。
コハクは戻ってきた。
兵士の前に2つの生首を並べて置き、こう話す。
「それぞれの“上”を潰してきたよ。君達を残して、この島から逃げようとしているところだった。傑作だね」
「あ・・・・・・」
喜びか、恐怖か、兵士は声を失っている。
「これで戦いが終わるというなら、見せてもらうよ」
と、コハク。
それから、浜辺の方角を指し。
「あそこに船がある。君は生きるといい」
「!!!」
兵士は驚きでまた声を失い。
何も言えないまま、コハクを凝視した。
「戦いの中、ここまで生き延びた芽を摘んでしまうのは惜しいからね」
それはたぶん・・・気まぐれ。
神へのささやかな反抗だったのかもしれない。
「君、名前は?」
コハクが尋ねると。
兵士は声を搾り出し、答えた。
「自分・・・クラスターといいます・・・」
コハクは微笑み、一言。
「覚えておくよ」
「・・・・・・」
静かに目を覚ます、コハク。
「・・・ずいぶん昔の夢をみたな。クラスター・・・か」
(それにしても僕・・・アレと同一人物?ちょっと陰険すぎない!?)
我ながら、認めたくない。
「昔の自分というものは、誰しも恥ずかしいものだよね、ははは・・・」
笑って誤魔化してみる。
「・・・ヒスイがいれば、昔の夢なんてみないのに」
柔らかな金髪を掻き上げ、溜息。
「・・・早く帰ってこないかな」
愛しのヒスイはレンタル中なのだ。
シトリンとアクアの姉妹に。
娘達が独立してから、やたらとヒスイを連れ出されることが多くなった。
寂しいことに、こういう時、父親は仲間に入れてもらえない。
しかも今回は1泊2日の貸し出しだ。
翌日9時までに返却と約束したが、どうにも待ちきれない。
洗濯機の前でそわそわ・・・
「ああ・・・ヒスイぃぃ〜・・・!!」
不在を嘆き、ヒスイのランジェリーを両腕で抱き締めるコハク。
「なんかもう、ヒスイ不足で死にそう・・・」
ヒスイのパンツを頭に被るのも時間の問題だ。そして。
「・・・迎えに行っちゃおうかな」
毎回こうなる。
娘達に非難されるのは目に見えているが・・・本当に我慢の限界で。
「うん、行こう。これはもう行くしかない。僕が変態になる前に!!」
※すでに変態。
天気は良いが、洗濯は後回しだ。
「今行くよ!!ヒスイ!!」
その頃・・・某学院職員室では。
学年主任トパーズの元へ、新任教師2名が挨拶に来ていた。
世話役のスピネルが間に入り、順番に紹介を始めた。
「こちらが音楽のエリス先生」
床まで届きそうな長い髪を束ねた女性がペコリ。
「よろしくおねがいしますぅ」
絶えず笑顔で・・・のほほんとした雰囲気だ。
彼女は“花”を司る精霊なのだが。
教師に種族は問わない。
トパーズが認めれば、それで良いのだ。
そして・・・
「こちら、物理の・・・」
「クラスターと申します」
スピネルの言葉を遮り、一歩前に出た男性が自ら名乗った。
ミントグリーンの髪と瞳。
凛々しい顔立ちをしている。
「お会いしたかったです。トパーズ先生。これからよろしくお願いします」
そう言って、トパーズに握手を求めた。
「・・・・・・」
こういう慣れ合いはあまり好きではない、が。
他国からの留学希望は増える一方、また離島コスモクロアに学校を設立したため、過去最大とも言える教師不足に陥っていた。
従って無下にもできず。
「・・・モルダバイトは理数系の教師が特に不足している」
と、トパーズ。
そのまま作り笑顔で握手に応じた。
「歓迎するぞ、物理」
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