113話 kiss+1
そして・・・4日目の朝のこと。
「来たな」
メノウがニヤリと口元を歪ませる。
「よっしゃ!やるぜ!」
アイボリーとチャロの連合軍が、裏庭で配置につく。
「ま、ヤバそうだったら加勢してやるよ」
そう言い残し、メノウは戦線から一旦離れた。
そこに・・・コハクが舞い降りる。
階段を使わず、二階の窓から。
手には竹刀を持って。
一見、弱った様子はない。
「ヒスイの脱ぎたてパンツは誰のものかな?」
と、笑顔で最終確認だ。
「ヒスイの脱ぎたてパンツはみんなのものだぁぁぁ!!!」
(不眠不休で4日もヤリまくってりゃ、ぜってー隙ができる!!)
アイボリーはそう信じて疑わず、攻撃を仕掛けた。
コハクと同じ竹刀※親子喧嘩用※を振り上げる一方で、懐から取り出したのは、チェスの駒。
無論、ただの駒ではない。
『ナイト!!』
呪文代わりにそう口にして、騎兵の駒を高く掲げる。
それが光を放ち――スピードUP。
いつもの何倍もの速さで一気に距離を詰め、遠慮なく面を狙う。
が、コハクの竹刀が先にアイボリーの脇腹へと入り、軽く吹き飛ばされた。
「主は下がっておれ!」
代わりに、淫魔チャロアイトが前に出た。
ちなみに・・・チャロは一般の淫魔とは格が違う。
強い魔力と腕力、戦闘に長け、教会で1級指定を受けている悪魔でもあった。
「ああ、やっぱり君か」
にっこり、コハクが笑う。
「媚薬、ご馳走様。おかげでたっぷり愛し合えたよ」
・・・ドS気質がだだ漏れしている。
対するチャロは怯むことなく。
「ヒスイの脱ぎたてパンツを寄越せぇぇぇ!!」
「そういう訳にはいかないなぁ」
チャロの武器は棘付きの鉄球。
モーニングスターと呼ばれるものだ。
それを振り回し、本気でコハクに殴り掛かる、も。
コハクはそれに拳を一発入れ、粉々に砕いた。
(マジかよ!全然元気じゃんか!!)
アイボリー、心の声。
(しかも、超コエーんだけど!!ヒスイの脱ぎたてって地雷なのかよ!?)
「ヒスイにちょっかいかけられると面倒だから、還ってもらうよ」
と、コハク。
自身の唇に指を乗せ、唱えるは退魔の呪文。
光文字となって空間に浮き上がったそれが長い羅列となり、チャロに巻き付く。
「!!くそぉ!!熾天使!!」
チャロの肉体が光の塊と変えられ、天上へと打ち上がった。
強制送還――だ。
「一目・・・ヒスイに・・・会いたかったのう・・・」
腕輪の装飾に使われていた宝石が色をなくす。
色が戻るまで、再召喚はできない。
「チャロー!!!」
アイボリーが戦友の離脱を嘆き、叫ぶ。
(あとでパンツ送るからな!!待ってろよ!!)
と、そこで。
コハクが振り向いた。
「そろそろサシでやろうか、あーくん」
「望むところだ!!」
その頃、建物の影では。
もうひとりのコハクが壁に寄り掛かっていた。
貧血でフラフラだ。
顔色も優れない。
「分身の精度、ずいぶん上げたじゃん」
と、笑いを含んだメノウの声。
「ええ、まあ」
気怠そうに本体であるコハクが答える。
「何体作ったの?」
「3体ですけど・・・」
「2体はヒスイに喰われた?」
「食欲旺盛なヒスイも可愛いかったですよ」
「でもさ、いくらお前でも、その様子じゃしばらく動けないだろ?脱ぎたて認めてやれば?」
そうしたら回復してやるよ、と、メノウ。
「結構です」
強気に微笑むコハク。
するとメノウは肩を竦め。
「そう言うと思った」
「お前、昔からこうやって息子と遊ぶの好きだもんな」
(・・・だめだな。あーくんは今日も負ける)
分身コハクVSアイボリーの戦いを黙って見ていたマーキュリーが渋々動く。
目指すは屋敷二階、夫婦の部屋だ。
どう転ぶかは別として。
ヒスイが介入すれば、この馬鹿げた戦いに終止符が打たれるだろうと考えてのことだった。
そして、夫婦の部屋。
「・・・・・・」
外の騒音など何のその。
ヒスイはぐっすり眠っていた。
上掛け一枚・・・その下は裸だった。
清楚な石鹸の香りがする一方で。
ベッド脇、山積みになっているシーツとタオルからは、男と女の匂いがした。
「ん・・・」
ヒスイが寝返りを打つ。
「・・・・・・」
胸元に2つ、背中に3つ・・・
ヒスイの素肌に残されたキスの跡を数えながら、乱れる姿を思い浮かべ・・・溜息。
(どうしても・・・)
優しい気持ちには、なれない。
「・・・お母さん、起きてください」
前髪の隙間からのぞく額にキスをして。
「起きないなら、このまま――」
「犯しますよ?」
普段は寝起きの悪いヒスイが、その一言で目を覚ます。
深層心理で拒んでいるのだ。
「おはようございます、お母さん」
「あれ?まーくん???今なんか言った?」
「いいえ、何も」
「あ・・・そう」
目は覚ましたものの、ヒスイはまだ少しぼんやりしている。
「・・・・・・」
(私、何してたんだけっけ・・・お兄ちゃんとずっとえっちしてたような気がするんだけど・・・)
あまりよく覚えていない。
チャイを飲んでからの記憶がとても曖昧だ。
「4日です」
「え?」
「4日間、籠りきりでした。お父さんと、ここに」
「4日間!?なんでそんなに・・・」
「説明するので、先に服を着てください」
「服?あ、お兄ちゃんのシャツ取って」
お気に入りのそれに、ヒスイが袖を通したところで。
「ヒスイぃ〜」
ジストが遠慮がちに夫婦の部屋を覗き込んでいた。
裏庭の騒動には気付いていないようだ。
「ジスト?どうしたの?」
手招きでジストを呼び寄せるヒスイ。
「兄ちゃんが最近帰ってこないんだ。オレ、寂しい」
学校に泊まり込んでいるらしいのだが・・・
「オレには来るなって言うし・・・なんかあったのかな・・・って、ヒスイ!?」
「私っ!!トパーズのとこ行ってくるっ!!」
ヒスイが駆け出す。
「あ!ヒスイ・・・っ!!」
真っ赤な顔でジストが呼び止めるも、スルー。
移動魔法で、あっと言う間に姿を消した。
「どうしたんですか?ジスト兄さん」
「ヒスイ・・・パンツ忘れてる・・・」
枕元に置きっ放しだ。
「・・・・・・」
(ホントにダメだ、あのひと・・・)