World Joker

―外伝―

願わくば、世界の終わり。[3]



 

 

 

オニキスの問いかけに返事はなかった。

しかし確かに何者かがそこにいる。そこで息を潜めているのだ。

「?誰かいるの?」毎度のことながら警戒心の薄いヒスイが岩の裏側を覗き込む・・・と。

「え?」

いたいけな少女が震えていた。

白い肌にそばかす。歳の頃は12〜14くらいで、身長はヒスイとどっこいどっこいだ。

そして、少女はヒスイを見るなり・・・

「ヒッ・・・!!殺さないで!!」

「殺す?なんで??」

月光の下、際立つヒスイの美しさがかえって恐怖を煽るらしく、少女は取り乱し。

首から下げていたロザリオをヒスイに向け翳した。更には。

 

 

「化物っ!!」

 

 

ポケットからニンニクを取り出し、ヒスイへと投げつけ。

「痛っ!!」

ニンニク丸ごとヒスイの眉間辺りを直撃した。

「ヒスイ!!」

驚きよろけるヒスイをすかざすオニキスが抱き止める。

「な・・・なんなの??」

逃げる少女の後ろ姿を見送りながら、呆然としているヒスイ。

「・・・・・・」

オニキスも一時言葉に詰まった。

愛する女を“化物”呼ばわりされるのは不快極まりない。
とはいえ、子供が相手ではどうすることもできず・・・何かの間違いであって欲しいと祈るばかりで。

思わず、ヒスイを強く抱きしめる。

「化物って・・・私、そんなに怖い顔してたかな?」と、ヒスイ。

「いや・・・そういう問題ではないと思うが・・・」

「・・・ニンニクなんて、効かないのにね」

オニキスの腕の中で、ヒスイにしては珍しく苦笑いを浮かべた。

「ヒスイ」

「んっ?」

「ここを離れるぞ」

村の子供に見つかってしまったのだ。追手がくるかもしれない。

シロツメクサの丘陵はもはや安息の地ではなかった。

二人は移動を余儀なくされ・・・手を取り合いながら丘陵を走り抜けた。

 

 

 

10分後。

 

「これは好都合だ」と、オニキス。

二人の目前には河川があった。

長さは計り知れないが、川幅は10m弱といったところだ。

 

 

“吸血鬼は、川を渡れない”

 

 

伝承では、そう示されている。

「あ、なんかそれ本で読んだことあるよ」と、ヒスイは他人事のように言った。

村人全員がロザリオとニンニクを常備しているような、吸血鬼伝承の色濃い土地では恐らくそう考えられている。と、すれば。

対岸に渡ってしまえば、追っ手を撒ける。

「じゃ、渡ろ」

「ああ、そうだな」と、言うなり。オニキスはヒスイを抱き上げた。

「!?いいよっ!自分で渡るからっ!」じたばた、ヒスイが暴れる。

「お前・・・沈むぞ」

「う・・・」

水深は1m前後と思われる。


のヒスイ・・・流されるのは必至だ。

「少し濡れるかもしれんが、しっかり掴まっていろ」

 

 

 

それから・・・河原にて。

 

対岸の様子をしばらく窺っていたが、追手の気配はなく。

ひとまず安全と判断したオニキスは、冷えたヒスイの体を温めるため、火をおこした。

パチパチ・・・薪の燃える音を聞きながら、二人並んで星空を見上げ。

沈黙のまま、だいぶ経ってから、ヒスイが口を開いた。

「今、何時ぐらいなんだろ?」

「21時過ぎといったところか」

星の動きから、おおよその時刻をオニキスが告げる。

「へー・・・まだ9時なんだ」

なんか不思議、とヒスイ。

「お兄ちゃんと過ごす時間はすごく楽しくて、いつもあっという間だけど。オニキスが隣にいると、時間の流れがゆっくり感じる」

「・・・・・・」(それは一緒にいてつまらんという意味か?)

「退屈、とかじゃないよ?」ヒスイが笑う。

「こういう時間も悪くないな、って思っただけ」

そう言ってから、再び星空を見上げ。

 

 

「夜って、こんなに長かったんだね。ちょっと得した気分」

 

 

「でもお兄ちゃん、心配してるだろうな」結局、そこに行き着く。

「・・・・・・」

コハクと離れれば離れるほど、ヒスイの口から出る“お兄ちゃん”が増える。

こんな時。もう“お兄ちゃん”と、言えないように。

ヒスイの唇を塞いでしまいたくなる。

星空の下、昂る一方的な恋愛感情・・・

「ヒスイ」

「ん〜?」

「オレが今、何を考えているか、わかるか?」

「ん〜と・・・眠い、とか?お腹へった、とか?」

・・・それはヒスイ自身の頭の中だ。

こんなものだろうと思いながら、オニキスは隣にいるヒスイの顔を覗き込んで言った。

 

 

「お前とキスがしたい」

 

 

「だめ」ヒスイ、即答。

当然の答えに、苦笑するオニキス。

昔は奪うことばかり考えていたヒスイの唇・・・それはもう許されない関係なのだ。

唇が「だめ」、だとしたら。

(今のオレは・・・どこまで触れることが許されるのか)

ヒスイを前にする度、思う。

「オニキス?」

「・・・・・・」

ヒスイに手を伸ばし、肩から髪へ・・・順に触れて・・・探る。

「?」

ヒスイはゆっくりと瞬きをしながらオニキスを見上げていたが・・・その手が頬に触れた時、不意に。

「ねぇ、オニキス」

「・・・何だ」

 

 

「吸血鬼の何が悪いの?」

 

 

ヒスイの口から突如難しい質問が飛び出した。

「・・・あの村の話か」オニキスはヒスイから手を引き、話に耳を傾けた。

「うん。何だかすごく吸血鬼のこと怖がってるみたいじゃない?」

「それも仕方のないことだ。吸血鬼は人間を殺すこともある」

あの村で犠牲者が出たのだろう、と、オニキスが答えた。

「吸血鬼が・・・人間を殺す?」

コハク一人の血を飲み続け、肉や魚を一切食べないヒスイにとっては、本の中の出来事のように思えた。

「そうだ。仮に命を奪うつもりがなかったとしても、渇きで理性を失い、加減を違えることがある」

「渇き・・・」ふと、思い当たる過去。

(私が・・・オニキスにそうしたみたいに・・・)

 

 

死ぬまで、血を吸い尽くして。

 

 

「・・・・・・」

(吸血鬼は、人間を殺す・・・そうかもしれないわね)

ヒスイは何も言えなくなってしまった。迫害される理由も今ならわかる。

「・・・少し眠れ」

「うん・・・」

オニキスの肩を借り。

(これ以上考えててもしょうがないし)

もう眠ってしまおうと、目をつぶる。が。

「・・・・・・」

(どこでも眠れるのが特技なのに・・・なんだか眠れそうにないよ)

「おにい・・・ちゃん・・・」

 

 

 

夜が明けて。

 

「・・・ヒスイ、そろそろ起きろ」

オニキスに軽く額をつつかれ、目覚めるヒスイ。※しっかり寝てました。

「んぁ・・・?」

うっすら、視界にオニキスの姿が入り込み・・・

「あ・・・れ?オニキス・・・雰囲気変わった?」

寝ボケ半分、目を擦る。

「え!?ちょ・・・どうしたの!?それ!!」

「・・・目覚めたらこの有り様だ。お前もだぞ」

「あ・・・!!」

一晩で、30cm。二人揃って髪が伸びていた。

もともとロングのヒスイはともかく、オニキスは変化が目立つ。

精悍な顔立ちに長い黒髪・・・妙に艶っぽく、浮世離れした感じになり。

ヒスイは真面目な顔で言った。

「なんかオニキス、本物の吸血鬼っぽいよ」

「・・・吸血鬼だ」やれやれといった顔のオニキス。

「あ、そっか」と、ヒスイは頷いてから。

 

 

「ねぇ、これってまさか・・・」

「ああ・・・そうかもしれん」

 

 

そして、二人は気付く。

ここが・・・何処であるかを。

 

 

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