World Joker

―外伝―

バーチャル王子の花嫁候補



[ 後編 ]

(何が起こっているんだ!?)
弟達の参戦に、目を丸くせずにはいられないシトリン。
それぞれカツラを被り、ドレスアップをして。見事な女装男子ぶりだ。
兄弟揃って顔立ちが良いので、甲乙つけ難い美女と化していた。



こちら、観客席。

「あれ、メノウ様が仕掛けたんでしょ」と、息子達を指すコハク。
「後継ぎ問題でモメてただろ。だから、この機に決着つければ?って、ちょっと煽っただけだって」
どうやら3つ子の間で、バーチャル王子の花嫁に選ばれた者は、王位を継がなくてもいいと、勝手な取り決めをしたらしかった。
「遊ぶ気満々、ですね」
「そりゃ、遊ばなきゃ損だろ。そういうお前だってさ」と、今度はメノウがステージのヒスイを指す。
「なんでアレ、止めなかったの?あーあ、折角の美人が台無し」
「ヒスイはいつだって最高に可愛いですよ。ただ・・・今回に関して言えば、優勝の必要はないですから」
「邪魔する気満々、じゃん」
メノウとコハク。互いに、不敵に、笑い合う。
「さて、どうなるかな。この勝負の行方は」



こちら、ステージのヒスイ。

シトリンの心の声はおろか、司会者の声すら耳に入っていない。
10分・・・20分と過ぎ。目をつぶっているのにも飽きてくる。
「・・・・・・」(お兄ちゃんの顔、見たい・・・)
前列で見守ってくれている筈なのだ。
ヒスイがそっと薄目を開ける・・・と。
(あれ・・・あのひと・・・もしかして・・・)
後列にいる、ひとりの女性が視界に入った。
派手な衣装に身を包んでいるが、くすんだ灰色の髪。
額や目尻に深い皺のある、高齢の婦人だ。

それは――ヒスイがモルダバイトの王妃に即位する前。

人間年齢でいうところの、10代の頃に知り合った人物で、恋のライバルだった。
好きか嫌いかと言われれば、当然嫌いな相手ではあったが、それ故に忘れられなかったのかもしれない。
ヒスイは後先考えず、舞台から飛び降りた。
小さな体で人混みを掻き分け、婦人の前までいくが、そこで我に返り。
「・・・・・・」(どうしよう・・・)
人見知りの性分が出てしまう。ヒスイが何も言えずにいると。


「何か御用?どちら様かしら?」


何気ない言葉が、冷たく響く。
「あ・・・」(そっか、私のこと、わからないんだ・・・)
「すみません。人違いだったみたいです」
俯くヒスイをコハクが回収。笑顔で挨拶をして、会場を出る。
「・・・あら?」と、婦人。
「あの方、どこかで・・・」




会場の外で。
「何?今の知り合い?」
同行していたメノウが言った。
「ええ、まあ、昔ちょっと・・・」
ヒスイに代わり、コハクが答える。それから、両腕の中、保護したヒスイに「大丈夫?」と、尋ねた。
「うん」と、ヒスイ。忘れられてしまったことには触れずに。
「歳とってて、びっくりしちゃった」とだけ口にした。
「そりゃ、普通、人間は歳とるだろ」
「メノウ様」
そこでコハクが、たしなめるような声を出す。
「わかってるって」


ヒスイのまわりには“老い”がない。
そういうものと直面させることを、コハクが極力避けてきたのだ。

こんな日が、来ないように。


「人間なんてのは、忘却の生き物だから、昔のことを全部覚えてるワケじゃない。歳もとるし、100年もしないうちに死ぬ」
コハクが快く思わないのは承知の上で、メノウは話を続けた。
「でもな、ヒスイ。俺もその“人間”。お前等とは違う。わかるだろ?」
するとヒスイは。
「でも、お父さんは、私のお父さんでしょ?」と、言い返した。
「いくら違うって言ったって、私のお父さんであることに変わりないんだから ――」



「お父さんは、お父さんらしく生きてね!」



「じゃあ私、会場戻る!」
コハクの腕から抜け出し、ヒスイは笑顔で手を振った。
「・・・さらっと難しいこと言い残していったなぁ、ヒスイのやつ」
「娘は手強いですよ、メノウ様」感慨深げにコハクも笑う。
「半吸血鬼の父親って、どう生きればいいワケ?」
「とりあえず、ヒスイを悲しませないでくださいね」
コハクの言葉に、メノウは肩を竦め。
「痛みや悲しみは、必ずしも悪いものとは限らない。知らなきゃ、他人を思いやることもできないだろ?けどさ、俺はどうしようもない親バカだから・・・やっぱりヒスイには、できるだけそういうものとは無縁であって欲しいと思うワケ」
「・・・同じですよ、僕も」
それから、しばらく沈黙が続き。
「俺が死んだら・・・ヒスイは泣くかな」



「笑いはしないだろうな」



メノウの呟きに答えたのは。
「トパーズ・・・」
「ジジイひとり死んだところで、面白くも何ともない」
トパーズらしい、皮肉に満ちた言い回しだ。
コハクはいつの間にか姿を消していた。
「お前は、面白いことが好きだろう?だから、オレと一緒に来た。違うか?」と、トパーズ。
面喰った様子のメノウを尻目に。
「お前の命はオレが預かる。四の五の言わずについて来い」
そう、言い放った。
あはは!一拍おいて、メノウが笑い出す。
「ま、それも悪くないかな」




関係者入口から会場に戻り、舞台袖からヒスイがこっそり顔を出すと。
他の花嫁候補の姿はなく。ステージにはメテオ王子がひとり佇んでいるだけ。
しかしなぜか、会場はキャーキャーと、色めき立っていた。
審査員席のシトリンが何やら喚いているようだが、ヒスイには聞こえない。
(どうしたんだろ???)
ヒスイこそ、この大混乱を招いた張本人なのだが、そんなことは露程も思わず。


話は少し、遡る ――


ヒスイが舞台を離れた直後。
「ヒスイ!?待っ・・・わ・・・」
追いかけようとしたジストが転倒。カツラが飛んで、男だと、バレる。
メテオ王子に負けず劣らず・・・しかも生身の美青年に、女性群が黄色い悲鳴を上げ。
コンテストどころではなくなってしまったのだ。
「またあの女か」
馬鹿馬鹿しい、と。サルファーもカツラを投げ捨て。またもや大歓声。
「くすっ、勝負はまた今度だね」
スピネルがカツラを取って微笑むと、卒倒する女性まで出る始末。
イケメンアイドルグループのコンサート状態だ。
それぞれが、男であることをカミングアウトして舞台を下り。
こうして、メテオ王子だけが取り残されたのだ。



「うぉぉ!!縁起が悪いぞ!!何とかしろ!!ジン!!」
「そんなこと言われても・・・」



花嫁候補にことごとく逃げられてしまった、可哀想なメテオ王子だったが。
そのシングルぶりが、若い女性に夢と妄想を与え。
後に、ジンのアイデアで作られたキャラクターグッズがバカ売れしたという。




モルダバイトは今日も、景気良好である。


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