World Joker

―外伝―

TEAM ROSE



[ 10 ]

風の弾ける音が船内まで響き、メンバー全員・・・と、言っても、動けるのはオニキスとジストぐらいだが。
それぞれ甲板に走り出た。
ヒスイとセレが落下したと思われる水面には、大きな波紋が広がっていて。
「ヒスイ!!」
オニキスが飛び込もうとした、その時。


「待ちな!」


女の声が呼び止めた。
少し遅れて事故現場に到着したジストが驚く。
「カーネリおばちゃん?なんで???」
甲板には、カーネリアンが立っていた。
ヒスイとジストは全く気付かなかったが、狼のベルガモットは、カーネリアンが変化したものだったのだ。
そのカーネリアンが、オニキスに詰め寄る。
「アンタまでどっか行っちまったら、ヒスイの安否がわからなくなる。違うかい?」
「確かにそうだが――」
「アンタもヒスイの事になると、てんで駄目だね」
――と、その時。天空から光が差し。
ドサドサドサ!甲板に、ブランドショップの紙袋が大量に降ってきた。
それから、ザパンッ!!海面に飛沫が上がる。
買い物から帰ったコハクが、一直線に飛び込んだのだ。


「・・・・・・」
オニキスが神妙な顔で海面を見つめること、一時間・・・
「!!コハク!!」
全身水浸しのコハクが船へ戻ってきた。
「・・・見つけられませんでした」
濡れた髪を掻き上げ、コハクが息を洩らす。
「ヒスイから、連絡は?」
「いや、まだない」
答えたオニキスの眉間に益々皺が寄る。
「セレのヤツも一緒なんだ。心配するこたないよ」
男達を宥めるために、あえてそう言ったが、実のところカーネリアンもヒスイが心配で仕方がなかった。
「そうかもしれませんが・・・」と、コハク。
「わざとですよ、ヒスイと落ちたのは」
続けてこう吐き捨てる。
「彼が、ヒスイを止められない筈がない」
メノウに釘を刺されたばかりだというのに。
ヒスイとセレを二人きりにしてしまった。
「・・・・・・」(まずいな、これは・・・)




――こちら、ヒスイとセレ。

「・・・ん・・・」
「気付いたかね、ヒスイ」
ヒスイはセレの膝の上に頭を乗せていた。ちなみにまだ大人の体だ。
「・・・あれ?」と、ヒスイ。
海に落ちた筈なのに、ジャージが濡れていない。サンダルも脱げていなかった。
セレもまた然りで、チームロゼのスーツを着ている。どこにも乱れはない。
セレの膝から頭を上げ、周囲を見渡すヒスイ。
「わ・・・」
天を仰いだ先に広がるのは、空ではなく海で、星の代わりに魚影が見える。
つまりここは海底であり、視線を戻すと、そこは石造りの都市だった。
都市の外れには山があり、巨大な塔が立っている。
しかし、それらのすべてが廃墟と化しており、ヒスイとセレ以外の気配はない。
「ねぇ、セレ・・・ここってもしかして・・・ルルイエ?」
「よくわかったね」
古代遺跡として、モルダバイトでも数多の論文が発表されている。
とにかく不可思議な都市なのだ。
入口がどこにあるかわからない建物、逆さまになっている階段、道があり得ない繋がり方をしているなど・・・
まるでトリックアートの世界だ。
「とにかく、早く船に戻らなきゃ。お兄ちゃんが心配する」
幸い、魔法のステッキは手元にあった。
「それで、どうする気かね?」
「え?ん〜と・・・あ!!」
ヒスイが考えを述べようとした時だった。
ゴゴゴゴゴ・・・地鳴りがした。
「そういえば、ルルイエって、ハイクラスの特(魔)がいるんじゃなかったっけ?」
「今のところ“彼”は眠っているがね、起こしてしまうと、非常に厄介だよ」
セレはそう言ったあと。
「どうやら、我々には、帰還する前にやるべきことがあるようだ」
「やるべきこと?」
ヒスイが聞き返す。
「先程の地鳴りだがね、ルルイエの浮上を知らせるものなのだよ」
ルルイエが海上に出ることはないが、陸に近付くだけで、人間に被害をもたらすのだ。
感性が豊かな者の精神を蝕み、死へと向かわせる・・・過去に集団自殺が起きた例もある。
ルルイエは、それ程強烈な狂気を孕んだ都市なのだ。
常人はすぐに発狂してしまうため、ルルイエへの上陸は基本不可能とされている。
セレとヒスイは今、その中心地にいるのだ。
「大丈夫かね?」
セレは狂気の気配を感じていたが。
「何が?」
ヒスイはけろっとしている。
そんなヒスイの様子に、思わず笑ってしまうセレ。
「?何笑ってるのよ」
「君の頭には“生きること”しかないのかね」
「当たり前じゃない、今、生きてるんだから」
呆れた顔でセレを見る。
そんなことより――と、ヒスイ。
「ルルイエが浮上しないように、システムを書き換えればいいのよね?」
ヒスイはこれを“任務”と解釈したようだ。
「さっさと終わらせるわよ」と、歩き出す。
「石版さえ見つかれば、すぐだわ」
「ヒスイ、君は古代文字がわかるのかね?」
「うん、お兄ちゃんに習ったの」
「コハクに?それは賢明だ」
「でしょ?お兄ちゃん、どんな文字でも読み書きできるから」
「何千年と生きているだけあるね」
ぷぷっ、と、そこでヒスイが笑う。
「お兄ちゃん、いまだに“23才”って言い張ってるけど、セレも自称“30才”なのよね」
「その通り」




石版は都市中枢にある。
二人は他愛のない話をしながら、都市中枢へと向かった。
しかしそこには、ルルイエに棲む魔物が待ち受けているのであった――


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