World Joker

―外伝―

TEAM ROSE



[ 14 ]

「サルファー」

宿舎に戻ろうとするサルファーを呼び止めたのは。
教団代表補佐役のイオスフォライト。
濃紺の髪に上品なパープルアイ。眼鏡は“仕事”の時しか掛けないらしく、今は外している。
口元にホクロがあるせいか、妙な色気のある男だ。※年齢は不詳※
体格は華奢で、一言で言えば幸薄系。
とても戦闘職とは思えないが、教団メンバーには随分慕われているようだった。
サルファーは入団試験の時から、なぜかこのイオスフォライト※以下略称イオス※に目を掛けられていた。
無論実力あってのことだが、異例の速さで昇進したのも、イオスの強い後押しによるものだった。

天使をシンボルに掲げる教団では、外見が天使的であればあるほど優遇される。
天使であることは隠していたが、コハク譲りの美貌と金髪を持つサルファーもその対象となった。
何かと都合良く事が運んだのは、そのためだ。

他の団員達の羨望の眼差しを受けながら、イオスの部屋へと招かれるサルファー。
そこで驚くべきものを目にする。
「!!」(何だよ、これ・・・)
部屋の壁には、天使画。置物もすべて天使。本棚に並ぶ本もまた、天使に関するものばかり。
極めつけは・・・
!!」(父さんの・・・羽根!?)
美術館で宝石を展示するが如くの扱いをされている。
そのガラスケースを撫でる一方で。
「サルファー、君は天使のようだね」
一目見た時からそう思っていた――と、イオスが妖しく微笑みかける。
「触れてもいい?」
「・・・・・・」
嫌に決まっている。が、プロ意識の高いサルファーは応じた。
イオスはサルファーの金髪に指を絡め。
「本当に、綺麗だ」と、褒めた。
「ところで君は、天使の存在を信じる?」
「・・・・・・」
信じるも何も、自分が最上級天使の血統だ。
(こいつ・・・天使マニアか)
しかもかなり狂信的だ。
特有の熱っぽい視線を送っている・・・熾天使の羽根に。
サルファーは質問の返事をしなかったが、イオスはショーケースにうっとりと頬を寄せ、話を続けた。
「昔、ここに現れたそうなんだ。黄金色に輝く羽根を持つ、それは美しき天使が」
天使に憧れを抱いていたイオスは、この噂を聞き、ヴァンパイアハンター業界に入ったという。
「吸血鬼を狩って、狩って、狩り尽くし、忠誠を示せば――」
天使は再び降臨する――と、イオス。
吸血鬼を“生贄”と捉えているようだ。
「天使が地上に舞い降りる。その日まで、共に吸血鬼を狩り続けよう」
「・・・・・・」
明らかに、思想が歪んでいる。
(面倒臭いタイプだな。早く父さんに連絡しないと・・・)




船上102号室、ロイヤルスイートルーム。

「う・・・ん」
朝、ヒスイが目覚める頃には、状況がだいぶ変化していた。
まず・・・
「お兄ちゃん?いないの?」
呼んでも返事がない。そして枕元には置き手紙。
「・・・・・・」(最近、このパターン多くない?)
ベッドの中、コハクの手紙を開く。
夕方には戻る旨と、それまでは船内でゆっくり休んで欲しい――と。
袖机には、ポプリと詩集、ご機嫌取りの血液キャンディが三つ。
ヒスイは、そのひとつを口に入れ。
「・・・どこ行ったんだろ」ぼそり、呟く。
その時、ベルガモットが鼻先でヒスイを突き、それから時計を指した。
「あ!」(いけない!朝ごはんの時間っ!)
一応、AM8:00に食堂で、と、決まっていた。
現在、AM7:40。
ヒスイは慌てて顔を洗い、用意されていた黒ロリワンピースに着替え。
「行こ!ベル!」
同じく用意されていた、謎のネコミミカチューシャで髪をまとめると、走って食堂に向かった。
(もしかしたら、誰かがお兄ちゃんの行き先、知ってるかもしれないもんね!)


・・・その期待は、あっさり裏切られた。


朝食の席で、メンバーに尋ねるも、誰ひとりとして詳細を知らなかった。
深夜の打ち合わせの後、一睡もしないまま、どこかへ飛んでいった・・・わかったのはそれくらいで。
ヒスイの機嫌は急降下した。
ぶすっとした顔で、乳の出も悪くなり、双子兄弟まで不機嫌になる。
「ヒスイ、もうちょいなんとかなんない?」と、ジスト。
「無理。お兄ちゃんがいないと、おっぱいの調子出ない」
などと言い、トパーズに怒られている。
そんなヒスイの様子を、オニキスは黙って見ていた。
「・・・・・・」(変わらん・・・か)
コハクが、日常的に知っている場所へ行く分にはまだ良い。
追いかけてゆけるという意識が働くからだろう。
コハクに、知らない場所へ行かれること、置いて行かれることを、ヒスイは昔から極端に嫌っていた。
これはもう、成長するしないの話ではなく、ヒスイの性質としか言いようがない。
「行き先ぐらいちゃんと書いてよ・・・お兄ちゃんのばかぁ・・・」
愚痴っているヒスイに。
「・・・夜、忙しくなるそうだ。それまで休んでいろ」と、オニキス。
「ん〜・・・」返事はしたが、ヒスイはいまいち納得していない模様だ。
「・・・・・・」
コハクがいないと、ヒスイはロクなことをしない。
それならば、いっそ。
「ヒスイ」
「ん〜?」
「外の景色でも見るか」
オニキスが、席を立つ。
「お前と一緒に見たい」
単刀直入にそう言って、ヒスイに手を差し伸べる、と。
「うん、いいよ」
ヒスイはその手を取った。
そのまま・・・自然と結び合う。


手だけは、まるで両想いのように。


オニキスはともかく、ヒスイが意識している様子は全くない。
(不思議なもんさね)←ベルガモット兼カーネリアン、心の声。
狼の姿では、苦笑いも何もないが、そんな気分で二人の後に続いた。
いい雰囲気の邪魔にならないよう、少し距離を開けて――




「わ・・・」
オニキスと共に甲板へ出たヒスイ。
目前に広がる風景が昨日とは違っていた。
船の能力が発動したのだ。
昨日は辺り一面海だったが、今日はすぐそこに広大な陸地が見える。
船の往来が他にもあり。
「貿易都市なの?」と、ヒスイ。
「ああ、そうだ」オニキスが答える。


その都市の名は――シンナバー。


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