―外伝―
TEAM ROSE
[ 32 ]
―― モルダバイト。
夜の帳が下りた空を煌々と翔けるは、コハクJr.
モルダバイト城に降り立つと、現王ジンカイトが公務の後必ず立ち寄る温室植物園へと向かった。
「やあ、ちょっといいかな?」
「!!コハク・・・さん???」
若すぎる義父の登場に、驚きを隠せないジン。
対してコハクJr.は。
「気にしないで“分身”だから」
笑顔でさらっと告げた。
「分身・・・ですか・・・」
「少年の姿をしているのは、オリジナルがヘマをしたから。それだけだよ。ところで――君にしか頼めない話があるんだ」
「オレに・・・ですか?」
コハクJr.は頷き、話し始めた。
それから一時間ほど経った頃・・・
「コハクさん?大丈夫ですか?顔色があまり良くないみたいですけど・・・」
「うん、まあ、もうすぐ“消える”からね」
「消える!?ちょっと待って下さい・・・!!コハクさん!?」
コハクJr.の体が黄金色の光に包まれる・・・
きらきらと輝く、ダイヤモンドダストにも似たその光に、たちまち輪郭を削られ。
「後はよろしくね」と、コハクJr.
自分という存在が、薄れていくのを感じる。
「・・・・・・」
(どの分身も、この瞬間は同じことを考えるんだろうけど)
「ヒスイ・・・」
(またキミに会えたらいいな)
―― 一方、こちら、シンナバー。湖の古城。
カーネリアンの出発後、半日が過ぎ。コハク一行がやってきた。
カーネリアンから待ち合わせを言付かっていたリヒターが出迎える。
「・・・さすが姫さんっすね」
ドレスアップしたヒスイの美貌に、リヒターは一瞬息を呑んだ。
淡いピンクのフィッシュティール。
華やかな総レース仕立ての七分袖で、ヒスイの白肌を限りなく上品に彩っている。
一度巻いた髪を緻密に編み込み、そこに、花をモチーフにした金細工のバックカチューチャを飾っていた。
誰もが見惚れる、春の女神さながらの姿だ。
「それにしても、凄いっすね。どれも最高級品じゃないっすか。ここら辺では見た事ないっすよ」と、リヒター。
これには、セレが一役買っているのだが、それはまた別の話で。
専属スタイリストのコハクはご満悦の様子だ。
「・・・ねぇ、お兄ちゃん」と、そこでヒスイ。
ついにこの疑問を口にした。
「トパーズは?」
刹那、コハクが固まったように見えたが・・・
「ああ、うん。トパーズは先に行ってるって」
すぐさま笑顔でそう答えた。
「先に?なんで?」
「さあ、なんでだろうね」
コハクがシラを切ったため、矛先はオニキスへ。
「ねぇ、オニキスは何か知らない?」
「・・・・・・いや」
オニキスは斜め下を見て回答。
と、くれば、次は・・・
「セレっ!!」
ヒスイが向き直り、問い詰める――その前に。
セレはそっとヒスイの頭に手を置き、言った。
「残念ながら、私も知らない。すまいね、ヒスイ」
「う〜ん・・・電話してみようかな・・・あっ!!携帯忘れたぁっ!!」
落ち着きなく、うろつくヒスイ・・・
その姿を見たリディは鼻で笑った。
「ハッ!それが貴様の本性かッ!ヴァンパイアプリンセスッ!!所詮はただの小娘――」
「おっと、そこまでっす」
肩を掴み、リディの言葉を遮ったのは、リヒターだ。
コハクの殺気が迫っていることに、いち早く反応したのだ。
「ッ!!」
遅ればせながら、リディも気付いた様だった。
ヒスイに絡むのを止め。
「チームロゼには確かに化け物がいるようだな」
と、小さく吐き捨てた。
「ところで、それは何だ?」
リヒターに対し、オニキスが問う。
エントランスの壁に、立派な棺が立て掛けられていた。
「主人っす。この期に及んで、まだ行きたくないとか抜かすんで」
このまま連れて行くらしい。
「・・・お前の主は昔からこうなのか?」
「あ〜・・・そうかもしれないっすね。吸血鬼には向かないタイプかもしれないっす」
「・・・人間を好んで喰らう残虐な一族と聞いたが?」
「先代の頃はそうだったっす。今は――」
リヒターがそこまで話したところで、今度はリディが続きを遮った。
「余所者に内情を明かす必要などないッ!」
「サーセンね」肩を竦めるリヒター。
「いや、構わん」
こうして――
コハク、ヒスイ、オニキス、セレによるチームロゼと、リヒター、リディ、その主であるリアルガー※棺入り※は、吸血鬼姉妹の城へと向かった。
比較的人里から近い、湖の古城への道は、結界で護られ、全くといっていいほど整備されていなかったが、そこから先は、意外にも馬車での移動が可能だった。
二手に分かれて乗り込み、走ること数十分・・・
到着したのは、崖に囲まれた巨城。霧が立ち込め、荘厳かつ幽玄な雰囲気だ。
パーティーはもう始まっているらしく、微かなざわめきが聞こえた。
「俺達はレーリン姉さんに挨拶してきますんで。あとはお好きなように。幸運を祈るっす」
リヒターが操る馬車は裏口へ。
馬車を降りるヒスイの手を取り、エスコートするコハク。
「さて、じゃあ、僕等は正面から――」
と、そこで。
「トパーズは?」再びヒスイが口にする。
「・・・ん?」
「先にトパーズ探そうよ、お兄ちゃん」
「・・・・・・」(ここまでトパーズに執着するとは・・・)
予想外――のことではないが、もう少し軽く流せるものと思っていた。
オニキスもセレも憐憫の目でコハクを見つつ、一方で静かに笑いを堪えている。
そんな男達の機微など完全無視で、ヒスイはこう続けた。
「ベルガモットもいないし・・・みんなが揃わないとアレできないじゃない」
「アレ?」コハクが聞き返す。
アレ、とは・・・少々恥ずかしい例の口上。
『我等は――TEAM ROSE』
「に決まってるでしょっ!」