3話 DOUBLE BEAST
双子7歳―日曜日の昼下がり。
金と銀の頭を並べて、砂利道を歩いている。
金=アイボリー。
銀=マーキュリー。
同じ日に生まれた二人だが、体格は随分違っていて。
アイボリーは標準以下。
マーキュリーは標準以上。
身長差が目立つようになっていた。
加えて・・・親譲りの美形ではあるが、顔つきも大分異なる。
双子には見えない双子なのだ。
アイボリーとマーキュリー。
それぞれ、両手にバケツを持って。
かなり重そうだが、へこたれる気配はない。
「本当にやるの?」と、マーキュリー。
「やる!!!」と、アイボリー。
悪戯の相談。
提案するのは主にアイボリーの方だ。
両親を呼び捨てにする、やんちゃ少年に成長していた。
片割れのマーキュリーは・・・あまり乗り気でないようで。
「またお父さんにお仕置きされるよ」
はぁ。子供のくせに眉間に皺を寄せ、一丁前の溜息。
「僕は知らないからね」
「へへ〜んだ。コハクなんか怖くないぜぃ!」
そう言って、鼻の下を指で擦るアイボリー。なかなか強気だ。
「ビビっていつも泣いてるくせに・・・あーくんてバカだよね。泣き顔汚いし」
マーキュリーはとても優しげな顔立ちだが、内面に少々毒がある。
しかも、アイボリーの前でだけ、その内面を覗かせるのだ。
「まーだって、鼻水垂らして泣くだろ」
アイボリーが言い返すと。
「垂らしてないよ」
マーキュリーは否定。アイボリーは更に強調して言った。
「ぜって〜垂らしてる!」
「垂らす訳ないだろ。大昔の人間の子供じゃあるまいし」
“はな垂れ小僧”の押し付け合い。
この二人は些細な事でよく喧嘩をする。が。
血の繋がりの成せる業で、すぐに仲直りだ。
「早く帰って、ヒスイ驚かそうぜ!!」
アイボリーが走り出す。
「・・・・・・」
マーキュリーはまだ少し拗ねた様子だったが、アイボリーの後に続いた。
大人ぶっていても、子供はやっぱり子供。面白いことに目が無い。
アイボリーが楽しそうにしていると、結局マーキュリーもつられてしまうのだ。
「じゃ、あとでな!」
帰宅早々、アイボリーとマーキュリーは二手に分かれた。
赤い屋根の屋敷、リビング。
「コハクは・・・うっしゃぁ!いない!」
アイボリーは両手でガッツポーズを決めた。
家族が増えれば、家事に費やす時間も増える。
コハクは忙しなく、夕食に使う野菜を収穫に行っていた。
残るは・・・空色のクッションに埋まっているヒスイ。
本日のターゲットだ。
見慣れた白シャツ姿で、ぐっすり眠っている。
アイボリーは24色入りマーカーセットを手に、ヒスイの傍らにしゃがみ込んだ。
選び抜いた1本のマーカーで、ヒスイの体を何箇所かつつき、目覚めないことを確認してから、キャップを外し構える。
そして・・・
ヒスイの純白の柔肌に、落書きをしはじめた。
線路を描いて汽車を走らせてみたり。
山や川、ヒスイの体に地図を作る。
それに飽きたら、茶色のマーカーでソフトクリーム的な何かを描いたり。
フラワー柄のネイルアートを全部真っ黒に塗り潰したりして。
「ダークヒスイ、完成だぜ!」
指先を見て、ぷくく、笑いを堪える。
本当にやりたい放題だ。そこで。
「あーくん、準備できたよ」
極々小さな声でマーキュリーが告げた。
絨毯の上に転がっているカラーマーカーを1本拾い、アイボリーと並んで。仕上げの落書き・・・
―○―○―
を、ヒスイの目元に描き込んだ。
それから、顔を見合わせ、達成感を分け合って。
ヒスイの上にマーカーを放り投げ、ダッシュで逃げる。
あははははは!!どたどたどた!!
幼い笑い声と、裸足で廊下を走る音。
「んぅ???」ヒスイがついに目を覚ます。
ふぁぁっ・・・まずは両腕を伸ばして欠伸。そのあと。
「・・・あれ?」
窓に映った顔を見て、首を傾げる。
「・・・私、眼鏡かけてたっけ?」
外そうとしても、当然外れない。やっとそこで。
「え・・・えぇぇぇっ!!?」
体中、落書きだらけ。爪まで真っ黒だ。
菜園から戻ったコハクも驚いた。
「ヒスイ!?」(なぜ眼鏡っ娘に・・・!?)
なぜも何も・・・ヒスイにこんな悪戯をするのは、双子しかいない。
「お兄ちゃん・・・なんか私・・・カラフルになってるよね・・・」と、ヒスイ。
「そうだね・・・うん、眼鏡も似合うよ」と、コハク。
その内心は↓
(ヒスイに落書きするなんて・・・あいつら同刑に処す!!!)
壁に落書きするより、遥かにコハクの怒りを煽る悪戯である。
しかしまずは、ヒスイに付けられた汚れを全部落とすのが先だ。
「とにかくお風呂に入ろうね」
「うん〜・・・」
コハクのお姫様だっこでバスルームに移動。
「先、入ってて。すぐ行くから」
「ん!」
ちゅっ。キスを交わしたところまでは良かった。
シャツを脱ぎ、タイルを歩き、ヒスイがバスタブに足を浸けた・・・次の瞬間。
「ぎやぁぁぁぁぁ!!!!」
近年稀なる大悲鳴。聞き付けたコハクがヒスイの元へ駆け戻る。
「ヒスイ!!!」
即座にヒスイを引き上げ、バスタブの中を見て、言葉を失った。
「・・・・・・」(これはキツイなぁ・・・)
なんとそこには、おたまじゃくしがビッシリで。
ウヨウヨと泳ぐ様は、かなり気持ちが悪い。
落書きだらけの体で震えるヒスイをタオルで包み、抱きしめて。
「大丈夫?」
「う、うん」
と、その時。
「ひゃっほう!!やったぜ!!ひっかかった!!」
アイボリーが躍り出る。
マーキュリーは離れた場所から様子を窺っていた。
落書き〜入浴という流れを計算に入れた、二段構えの悪戯。
(なかなかやるじゃないか。でも・・・)
「いけないなぁ・・・ヒスイを苛めちゃ」
コハクの眩いスマイル。それは、お仕置きを意味する。
「!!」「!!」
危険を察して、逃走する、アイボリー&マーキュリー。
だが。
「は〜い、残念でした」
コハクが逃がす筈がない。
それぞれの襟首を後ろから掴んで引っ張る。
「うわぁ!!コハクがキレたー!!」
じたばた、抵抗するアイボリー。
「あ〜あ、やっぱりこうなった・・・」
大人しく連行されるマーキュリー。
「ちょっと待っててね、ヒスイ」
コハクは笑顔で手を振って。ヒスイは呆然、だ。
「え?ちょっ・・・おにいちゃ・・・」
双子を連れ、コハクがバスルームを出た直後。
ぎゃーぎゃーと、騒ぎ声。それから・・・
「「うっうっ・・・」」敗北の涙声。
アイボリーとマーキュリーは、ヒスイとお揃いの眼鏡をもれなくコハクにプレゼントされ。悔し泣き。
毎日がこの調子で。
明日になれば、また悪戯をする懲りない双子だ。
その夜遅く・・・
ザクッ、ザクッ、裏庭に穴を掘るコハク。
池を作っているのだ。
双子に懇願され、飼うことになった、バケツ4杯分のおたまじゃくしの棲み家だ。
「これ全部蛙になるんだよなぁ・・・」
このままいけば、裏庭は蛙だらけ。
ゲコゲコ、騒がしい夏の予感がする。
「う〜ん、どうするかなぁ・・・」
(蛙って・・・食べられたっけ?)