9話 ○○ごっこ
紅葉の色づく季節。11月の学校行事といえば・・・文化祭だ。
それは、文化祭当日の朝の話である。
「あーくんとまーくんのクラスは何やるの?」
食卓でヒスイが尋ねる。すると。
「喫茶店です」
マーキュリーのシンプルな答えが返ってきた。
隣のアイボリーはなぜかひどく不機嫌そうで。
「面白くも何ともねー喫茶店だからよ。来なくていいし」
ひとり口を尖らせ強調するが。
「?行くに決まってるでしょ」と、ヒスイ。
「ずっと前から楽しみにしてたんだから!ねっ、お兄ちゃん!」
「そうだね」コハクは頷き。
「君達のクラスにも顔を出すよ。“来なくていい”って言われると、逆に行きたくなるものだし、ねぇ」と、ニヤリ。明らかに、何かを知っている風だ。
「カメラでも持っていこうかな」
「残念ですが、校内撮影は禁止です。お父さん」
コハクの言い回しにマーキュリーが苦笑する。
「行くぜ!まー!!」
アイボリーは、コハクとマーキュリーの会話から逃げるように家を出た。
「お兄ちゃん?何か知ってるの?」
「行ってからのお楽しみ、かな」
そう。ヒスイはこの日をとても楽しみにしていたのだ・・・が。
その前に、コハクによるサプライズが待っていた。
「ヒスイ、今日はこれ来て行こうね」
「ええっ!?おにいちゃ・・・これって・・・」
おでかけ着として用意されていたのは、双子が通う学校の制服。
しかも、高等部のものだ。男子用女子用、両方揃っている・・・即ち、コハクもそれを着用するということで。コスプレと言わざるを得ない。
「もしかしてこれ・・・お兄ちゃんが作ったの?」
素材は全く同じ・・・本物と見分けがつかない完璧な贋作だ。
「そうだよ、この日のためにね」と、コハク。続けてこう言った。
「折角学校に行くんだから、僕等も学生気分で、ね?」
コスモクロア―学園エリア。
文化祭は中高合同開催のため、かなりの規模になっている。すでに大盛況だ。
コハクとヒスイは、保護者としてではなく、一般生徒として潜入・・・
両者とも日頃から目を引く美形だが、混雑に乗じて、無事2−Aの教室へと到着した。
2−Aこそが、双子のクラスなのである。ところが。
教室前はただならぬ大行列で。何事かと、ヒスイが模擬店の看板を見上げる。
喫茶店は喫茶店でも・・・
「メイド喫茶!?アキハバラにあるアレのこと???」
「そうだろうね」コハクはクスクス笑っている。
女子がメイドの格好をするだけでも話題性は高いが、もうひとつ、2−Aには秘密兵器があった。それは・・・
「いらっしゃいませー」
店頭で呼び込みをしている、看板娘ならぬ、看板男の娘。
メイド服に身を包んだアイボリーだ。
「わ!!あーくん!?」
「おぁっ!!ヒスイ!?何だよ!その格好!コハクも・・・」
ヒスイよりむしろアイボリーの方が驚いている。
なにせ高等部の制服・・・ヒスイはいつものストレートヘアではなく、ふわふわの巻き髪で。コハクは眼鏡をかけている。
周囲が気付いていないのがせめてもの救いだが、両親が若作りのコスプレをして現れれば、動揺しない子供はいないだろう。そんな中。
「お父さん、お母さん、とにかくこちらへ」
店内から出てきたマーキュリーが、人目を避けるように、控え室へと両親を案内する。アイボリーも慌てて後に続いた。
「お店は2時間待ちなので」と、マーキュリー。
スマートな振る舞いと、ウエイターの衣装が、大人っぽい彼をますます大人っぽく見せていた。そこで。
「まーくん、かっこいいね」
コハク以外の男には滅多に使わない言葉がヒスイの口から出た。
「!!!!!」(まーだけかよ!!!!)←アイボリー、心の絶叫。
歯軋りをしたくなる悔しさだ。
ヒスイには見せたくなかったこの姿。小柄だからという理由で、クラスメイトに強制女装させられたのだ。確かに、男としては雲泥の差がある。
(いつか追い越してやるからな!!まー!!!)←勝手にライバル意識。
アイボリーの恨めしそうな視線を受け流し、にっこり笑ってマーキュリーが答える。
「ありがとうございます。お母さんもよく似合っていますよ」
「えへへ・・・そうかな?」
「良かったね、ヒスイ」
嬉しそうにしているヒスイを、コハクが誇らしげに抱きしめる。が。
「ヒスイは超カワイイけど、コハクはヤベェって・・・高校生に見えねー・・・」と、アイボリー。
「・・・ん?何か言った?」
コハクがあえて聞き返す。アイボリーはそんな圧力に屈せず。
「なあ!まーもそう思うだろ!?」
マーキュリーに話を振った。しかし。
「お父さんも、とても若く見えますよ」
マーキュリーは笑顔を崩さず、さらっとそう言った。
「・・・・・・」(んなことぜってー思ってねーだろ)
アイボリー、絶句。心にもないことを笑って言える兄にどこか腹黒いものを感じる。
「あーくん」
「な、なんだよ」
「そろそろ時間だよ」
腕時計に視線を落とすマーキュリー。同時にアイボリーの表情が明るくなった。
「やっと解放されるぜ!!」と、メイド服を脱ぎ捨て、男の娘から男の子へと戻る。
「これから俺ら、ダチの手伝いに行くんだよ!じゃあな!」
手を振るアイボリーと。
「お父さんとお母さんはゆっくりしていってください」
頭を下げるマーキュリー。
こうして、双子は忙しなくメイド喫茶を後にした。
コハクとヒスイを置いて。結構な親離れ具合だ。
「まーくん、社交辞令が上手くなったなぁ・・・」と、コハク。
「お兄ちゃんに似たんだよ」と、ヒスイが笑う。コハクは肩を竦め。
「うん、そうかもね」
双子が向かった先は、木造の旧校舎。
メイド喫茶とは対照的に、辺りは閑散としていた。
「わりぃ!待たせたな!」
アイボリーの声がやたらと大きく響く。
今は使われていない教室に掲げられた看板は・・・『オカルト研究会』。
一方、コハクとヒスイは、高校生ごっこ続行中だった。
仲良く手を繋いで、堂々校内デートだ。
喫茶店を巡り、手芸部で買い物をして、体育館で演劇鑑賞。実に、楽しい。
けれども・・・仕事の都合で午後2時には学校を出なければならなかった。※コハクのみ。
現在、時刻は午後1時を回ったところだ。
次第に、コハクの高校生離れした外見が目立ち始め、モデルだ何だと騒がれるようになった。
(そろそろ潮時かな)
すれ違う人々に振り返られるようになると、段々落ち付かなくなってくる。特に、ヒスイが。
そこでコハクは、ヒスイの手を引き走り出した。
「わ!?お兄ちゃん・・・っ!?」
青春の香り漂うシチュエーションだ。
「さあ、行こうか」
「行く?どこへ?」
“誰もいない教室”
それは、学校イベントの際に現れる、夢のステージ。
カップルが愛し合うための・・・いわば聖域だ。
コハクはそこにヒスイを連れ込んだ。
※性描写カット