World Joker/Side-B

11話 コドモの悪戯。オトナの取引。

 

木造の旧校舎が全壊し、炎に呑まれたところまで、話は遡る・・・

 

出火元は『オカルト研究会』だ。

メンバーが余興で召喚してしまったのは“リヴァイアサン”。

超大物の悪魔である。

その姿は竜にも蛇にも似ており、悪魔の中で最高クラスの巨体を誇る。

旧校舎の跡地に現れたのは頭部のみだが、口から火炎、鼻から黒煙を吐き。ひと呼吸で何十という天使を吸い込んでいった。

 

エクソシスト教会の戦闘員が緊急招集され、数十名が現場へ急行したものの、特(魔)と識別されるリヴァイアサンに為す術もなく、学園の安全確保に奔走していた。

「聖水を撒け!」

「天使の血統は近付くな!」

切羽詰まった声が、あちこちで飛び交っている。

得体の知れない引力・・・天使とその混血達が、次から次へとリヴァイアサンの口の中へ消えていく。

 

そこに、立ちはだかる者がいた。

 

シトリンとサルファーの姉弟だ。

シトリンはたまたま文化祭に居合わせ、サルファーは重要任務として出動していた。

「くっ・・・何だ!?こいつは」

大鎌を回転させ、果敢に戦いを挑むシトリンだったが、その魂は熾天使のものであるため、リヴァイアサンの引力が作用し、見えない網に囚われる・・・振り切ることは可能だが、体勢が整わず、思うように力が出せない。

シトリンの技量をもってしても、リヴァイアサンの鱗を一枚剥し取るのがやっとだった。

「ジストはどうした!?」と、シトリン。

サルファーとコンビを組むエクソシストならば、この場にいて当然・・・しかし、どこにも姿が見えない。

「・・・・・・」

サルファーは眉を顰めた。

(まさかリヴァイアサンだったなんて・・・)

特(魔)であるリヴァイアサンには、物理攻撃も魔法攻撃もほとんど通用しない。

最も有効とされるのが、神の力なのだ。

事前に知っていたら、引き摺ってでもジストを連れてきていた。が・・・

「途中で、知らないばーさんに道聞かれて・・・あいつ、案内してやるって言って」

老婆を背負い、いずこへと走っていったという。

「あー・・・悪いことではないが・・・」

シトリンもコメントに困ってしまう。

ジストは「すぐに追い付くからっ!」と、言っていたが、結局この様だ。

サルファーは呆れた顔で、溜息と共に吐き捨てた。

「物事には優先順位ってものがあるだろ。あいつホント馬鹿」

 

「サルファー、ひとつ尋ねる」

「何、姉さん」

吸引の風で、2人の金髪がなびく。

「奴の口の中はどうなっているのだ?」

「・・・リヴァイアサンの口は地獄へ繋がってるって言われてる」

実物を目にしたのは初めてだが、昇格試験の勉強中、リヴァイアサンが天使を口いっぱいに詰め込んでいる絵画を見たことがある。まさに今、それが現実となっているのだ。

「そうか。このまま見過ごす訳にはいかんな。コスモクロアの民を救わねば」

リヴァイアサンを見据え、シトリンは声高らかに宣言した。

「行くぞ!我々も!!地獄巡りだ!!!」

「地獄巡り?」

(て、どこまで行く気だよ)と、思いながら。

サルファーは、乱れた髪を掻き上げた。

「ま、仕事だからやるけどな」

 

 

 

こちら、コハクとセレナイト。

 

仮コンビを結成してすぐの出来事だった。故に、迅速な対応ができたのだ。

召喚に使った魔法陣をリヴァイアサンに突き破られ、その衝撃で吹き飛ばされたが、双子に大きな怪我はなかった。オカルト研究会のメンバーも無事のようだ。

今は特殊結界で保護されている。

「すいませんねぇ・・・うちの子達が派手にやっちゃったみたいで」

「過失召喚はよくあることだがね」

普通に考えれば、10代やそこらの少年が余興で召喚できる悪魔ではないのだ。

当人達は気を失っているが、意図した結果ではなかった筈だ。

「しかし、これだけの被害を出せば、お咎めなしとはいかないだろう」

「でも」と、そこでコハクが切り返す。

「死者はまだ出てませんよね。地獄に連れて行かれた、と、いうだけで」

「今のところは、そのようだよ」

「行方不明者のリストを作っておいてください。全員連れて帰ります」

ブレザーを脱ぎ、腕まくりするコハク。

「そうすれば、子供達の罪は軽くなりますよね?」

念を押すような口調で、セレに取引を持ちかけた。

「できるかね?」

どこか挑戦的なセレの問いに。

「できます」

余裕の笑顔で答える。

「だが、君にあの頃のような力はないだろう」

あの頃・・・というのは、コハクがまだヒスイと出会う前のことを指している。

背中の羽根が2枚ではなく、6枚だった頃、神をも凌ぐ力を有していた。

羽根の枚数に応じ、単純に今の3倍、強かったのだ。

言い換えると、今は昔の1/3の力しかないということになる。

すると、コハクは笑ってこう言った。

 

 

「ご心配なく。それを補うものが、僕にはちゃんとあるんです」

 

 

立てた親指を後ろに向ける・・・ちょうどそのタイミングで、シトリンとサルファーがリヴァイアサンの口へと飛び込んでいった。

それぞれ、熾天使の羽根を広げて。

「・・・ね?問題ないでしょ?」

シトリンとサルファーと・・・家族の羽根の数を合わせれば6枚になる。

「僕は、力を失った訳じゃないんですよ?」

コハクもまた大剣を手に、自身の羽根を解き放つ。

舞い散る羽根は、暗闇に降る金色の雪。目に焼き付く美しさだ。

「血を分けた親子・・・か。実に羨ましい。私も子供が欲しくなってしまったよ」と、セレ。続けて・・・

「ヒスイを貸しては貰えないかね」

冗談を含んだ送辞を口にした、その瞬間、喉元に剣先が突き付けられる。

ははは・・・渇いた笑いの後、一言。

「お見合いでもしたらどうですか?」

「・・・考えておこう」

コハクは剣を鞘に戻し、シトリン・サルファーの後を追った。

 

 

「それでは、またお会いしましょう」

 

 

 

 

 

「―という訳なのだよ」

 

以下・・・現在の、トパーズとセレの会話である。

「・・・本気出せ、タヌキオヤジ」

電話越し、トパーズはあくまでクールだ。

「リヴァイアサン退治は神と相場が決まっているだろう?」

「知るか。リヴァイアサンは、前神の遺産だ。お前が飼ってる悪魔で・・・」

 

と、その時。

 

「もしもしっ!セレっ!?」

電話口でヒスイが騒ぎ出した。

「お兄ちゃんと一緒なんでしょ!?あーくんとまーくんは・・・」

割り込みジャンプで、声が遠くなったり近くなったりしている。

「今、そっち・・・ちょっ!?トパ・・・あ・・・」

電話の向こうで何が起きたか、定かではないが。

 

・・・プツッ。通話終了。
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