19話 鴉と白鳥
※性描写カット
「おはよう、ヒスイ」
ちょうどその時、コハクがミルクティーを運んできた。
ベッドでの、ティータイム。
優雅な時を過ごしているように見えるが・・・問題は山積みだったりする。
(あ・・・)
ミルクティーがいつもよりほんの少し甘い。
(お兄ちゃん、やっぱり疲れてるんだ)
たまに、こういう日があるのだ。
疲労を隠している時、味付けが甘くなる。
ごく僅かな違いである・・・長年コハクの淹れたミルクティーを飲み続けてきたヒスイだからこそ気付くことができる程度の。
「ヒスイ、卵はどうだった?」と、コハク。
「あっ!そっちの方は心配しないで!いい考えがあるからっ!!」
ヒスイは、コハクの負担を減らしたい一心で。
任せて!と、思いっきり胸を叩き、咽せた。
「げほっ・・・お兄ちゃんの方こそ大変なんじゃ・・・」
「僕の方は全然・・・」
笑顔で誤魔化しかけた、その時。コハクの携帯が鳴った。
着信表示はセレ。しかし、電話口から聞こえてきた声は、もっと若い男のものだった。
「・・・うん、わかった。まーくんは、すぐにそこから離れて」
「え?まーくん?」(何かあったの!?まさか・・・ホモセレに無理矢理・・・)
面会謝絶の筈が・・・不測の呼び出し。何かが起こっていることは間違いない。
「ごめんね、ちょっと行ってくる」
「ん!!」(まーくんを守って!!お兄ちゃん!!)
同じ頃、3階建ての家では。
師としては悪くない―確かにセレはそう言ったが。
「どこが師だよ!!」アイボリーが叫ぶ。
到着して早々、トパーズにランスを没収され。
修行といえば・・・床磨き、窓拭き、ワイシャツのアイロンがけ、お皿洗い、エトセトラ。
トパーズは仕事で忙しいらしく、放置されることも多々・・・
そして、この朝ついにアイボリーは、出勤前のトパーズに不満をぶち撒けた。
「一週間しかねーのに、こんなんで合格できんかよ!?」
「どうにでもなる」と、クールにあしらうトパーズ。
「それより、庭の草むしりをやれ、家政夫」
「家政夫じゃねーよ!!弟だろ!!お・と・う・と!!」
(竜騎士どころじゃねー・・・このままじゃ俺・・・)
立派な家政夫になってしまう。
望まぬ将来の姿・・・焦るに決まっている。
「まーとも気まずいままだしよ・・・」
眉を寄せ、口を尖らせるアイボリー。
話を聞いて貰いたいらしく、トパーズのネクタイを掴んで離さない。
「・・・言いたいことがあるなら、はっきり言え」
するとアイボリーは、地下倉庫での出来事を話し出した。
それは、2日前のこと・・・
「サルファーもオレもここから武器持ち出して、エクソシストの試験受けたんだ」
双子の案内役を買って出たジスト。
「あーもまーも、自分に合った武器が見つかるといいな!」
右手でアイボリーの金髪を。左手でマーキュリーの銀髪を。
同時にくしゃくしゃ・・・その表情は、弟達への愛情に溢れている。
「じゃ、オレ、入口んとこで待ってるから」
陳列されているのは、世界にふたつとない武器ばかり。
その中から何を選び出すかは、直感が大切だ。
邪魔をしないよう、ジストは双子と距離を取った。
それから30分・・・
「あーくん、まだ決まらないの?」
マーキュリーは僅か5分で運命の武器を手にした。
しかし、アイボリーはピンとくるものがなく。
「俺もジストみたいな神器欲しー・・・」
そんなことを言い出す始末だ。
「神器はいくらなんでも無理だよ」と、笑うマーキュリー。
「神しか使えないんだから・・・」
・・・という自身の発言に、ふっと笑顔が消える。
「ジスト兄さんは、どうしてグングニルが使えるのかな?」
神器で、リヴァイアサンを退治した勇姿が脳裏に浮かぶ。
長男のトパーズが“神”であることは、コハクから聞かされていたが・・・情報不足だ。
解せないという顔をしているマーキュリーの隣で、アイボリーはあっけらかんとこう言った。
「だってジストって、トパーズの息子じゃんか」
「・・・何それ、聞いてないよ。母親は誰なの?」
「ヒスイ」
「どこの?」
「うちの」
「嘘・・・だよね?」
「?わざわざ嘘つく必要ねーじゃん」と、瞬きするアイボリー。
「トパーズはヒスイが好き。ヒスイもトパーズが好き。だからえっちして、ジストが産まれた。それって別に、悪いことじゃなくね?」
「あり得ないよ・・・だってふたりは親子じゃないか!!」
そう大きく声を張り上げた後、マーキュリーは沈黙し。
そのまま、一言も口をきかずに別れてしまったのだという。
「あいつすげえ怒ってんだもん・・・俺なんかヤバイこと言った???」
「・・・ジストの話は誰から聞いた?」
トパーズはゆっくりと眼鏡を外し、アイボリーを見た。
「サルファーだけど?まーのこと見張っとけ〜とかなんとか、よくわかんないこと言ってた」
「・・・・・・」
“金”のアイボリーならば、心配はないと考えたのだろう。
ジストが母親に夢中になっているのを、サルファーはいまだに快く思っていない。
当然といえば当然の対応だ。
ジストの生い立ちを明かしたのは、弟の行く末を気にかけているからであり。
隠すことでもなければ、責めることでもない。
(・・・なら、いっそ)
トパーズは再び眼鏡を掛け、レンズ越しにアイボリーを見据えた。
「・・・お前に一族の言い伝えを教えてやろう」
「言い伝え?」
「そうだ―“銀”は、古の時代から同族結婚を余儀無くされてきた。そのため、今も尚、同族の異性に強く惹かれる習性がある」
「トパーズも・・・ジストもそうだっての?」
「・・・・・・」
トパーズ自身は認めていない仮説だが。
「“銀”て、ことは、まーも?まーも、ヒスイのこと好きになるっていうのかよ」
「言い伝えを信じるなら、そういうことになる」
「だから・・・疑われてんの?まーが・・・」
サルファーの言葉の意味を理解し、黙るアイボリーに。
「“金”のお前には関係ないことだ」と、トパーズが釘を刺す。
「“銀”のオレ達とは違う。いいか、お前は―」
こちら側に、来るな。
かくして・・・1週間が過ぎ。
双子の顔合わせの日がやってきた。
約束の場所は教会の食堂。
そこには、ヒスイをはじめとする関係者他、結構な人数が集まっていた。
「トパーズ・・・あいつマジ鬼畜だぜ・・・」
足元がふらついているアイボリー。
「教師のくせに、一夜漬けって何だよ!!」
夕べは一睡もしていない。目の下にはクマ。疲労困憊。心身共にボロボロだ。すっかりガラが悪くなっていた。
エクソシストの黒装束を身に纏い、荒々しくランスを床に突き立てる。
(どうしてくれんだよ・・・歩くのがやっとじゃんか・・・)
もう一方で、食堂が騒然となった。
総帥セレナイトと連れ立って現れたマーキュリーは、白装束を纏っていたのだ。
それは・・・総帥の証。教会の誰もがそう思っていた。
後継者ではないかと、皆が騒ぎ始める中・・・
「ちょっと!セレっ!!どういうつもりよ!!」
突進するヒスイ。両手でセレの腕にぶら下がり、低く屈ませると、耳元で・・・
「いきなりペアルックって・・・大胆すぎない!?」
ひとり、違った視点から物申す。
「そういうことは事前に相談してくれないと・・・」
「それはすまなかったね」
堪えきれずに、セレが笑う。
立っているのがやっとのアイボリーと、凛とした姿勢で佇むマーキュリー。
そんなふたりが並ぶのを見て。
誰が言ったか、鴉と白鳥。