World Joker/Side-B

20話 満たされないカラダ




7日前の話である。

 

マーキュリーは、エクソシスト教会の最上階から、移動用魔法陣を使い、セレナイトの“故郷”に来ていた。

どこの国かは秘密だとセレは言う。

「私は田舎者なのでね」

目につくのは草原と空。
それだけである。

不思議と色褪せた風景は、どこかノスタルジックで。

広大な土地にどっしり構えた家は、建築様式こそ古いが、素材は貴重なものばかり。
文化財といってもいいくらいの、立派な建物だった。

セレが裕福な育ちだということは容易に推測できる。

「この家には滅多に帰らないものでね。管理は彼に任せてある」

そこには、セレと似た体格の、寡黙そうな執事がひとり。

マーキュリーに気付くと、会釈をしてきた。
同じように、マーキュリーも会釈を返す。

「私は子を持ったことがないからね。至らない点もあるかと思うが・・・」

「いえ、お気遣いなく」

「お互い堅苦しいのは抜きにしよう。これから長い付き合いになるのだし」
と、笑うセレ。

「長い?」

一週間は“長い”と言えるのだろうか・・・疑問を抱きながらも、マーキュリーは丁寧に頭を下げた。

「よろしくお願いします」

 

 

 

それから2日・・・例の呼出し事件が起きた。

 

「食事・・・しないんですか?」

 

食卓を共にする機会は何度かあったが、セレが食べ物を口にしているのを一度も見ていない。

マーキュリーが食事をしている時も、お茶を飲んでいるだけなのだ。

「どれだけ食べても満たされないのだよ」

「満たされない?何故・・・」

「知りたいかい?それでは、これを君に渡しておこう」

テーブルの上を滑り、マーキュリーの手元に届いたのは、セレの携帯電話。

「?」

不審に思いながらも、マーキュリーは顔を上げ、セレを見た。

「私の体質については・・・」

「聞いています」

「それなら話は早い。数年前に悪魔を替えたのだがね、どうも相性が悪いらしくてね。たまに暴走してしまうのだよ」

悪魔を宿した、副作用。

セレは、常人ならば発狂するほどの空腹感に苛まれていたのだ。

「!?」

その時、突然。まだ昼だというのに、室内が真っ暗になった。

「抑えが利かなくなると、何でも“食べて”しまうから困りものだ」

光さえも―そう語るセレ。まるで・・・怪談だ。

「そろそろ、コハクに連絡をして貰えないかね」

何も見えない暗闇の中に、浮かび出した二つの目。

声はセレのものでも、それは・・・人間のものではなかった。

「・・・・・・」

血が凍る・・・この感覚は、リヴァイアサンを召喚した時と似ている。

冷たくなった指先が、思うように動かない。

それでもマーキュリーは、なんとか父親に電話をかけて。

「もしもし、お父さん?総帥の様子が・・・・・・はい、わかりました」

 

 

コハクには、この場からすぐに離れるよう言われた。

 

 

・・・が、マーキュリーは立ち止ったまま。

今、此処にいるものの正体を見極めるつもりだった。

「・・・・・・」

息を潜め・・・いくばくかの時間が流れた。

やっと暗闇に目が慣れ、奥を見据えた時だった。

「!!!!!」

象の鼻のようなものに、横から薙ぎ払われ。

「っ・・・!!!」

脇腹に激痛を感じ、表情を歪めた次の瞬間。

勢い良くマーキュリーの体が吹っ飛んだ。

(だめだ・・・ぶつかる)

すぐそこに壁が迫っていた。

歯を食いしばり、ダメージに備えるマーキュリー・・・だったが。

「!!お・・・とうさ・・・」

間一髪で、コハクに抱き止められた。

「大丈夫?」

「はい」

脇腹に鈍い痛みが残っているが、安堵で、体の力が抜ける。

そんなマーキュリーを連れ、隣の部屋に場所を移すと、コハクは鞘から剣を抜き。

「そこで15分待っててね」と。

“何か”のいる部屋に引き返していった。

「・・・・・・」

閉じられた扉に耳を近付けるマーキュリー・・・呪文を唱えるコハクの声が聞こえ、それから一切の物音が遮断された。

被害が部屋の外に及ばないよう、結界を張ったのだ。

その中で、コハクが“何か”と戦っている。わかるのは、それだけだ。

 

15分が経ち・・・

 

「お父さん!血が・・・」

「ああ、これ?返り血だから」

コハクはにこやかにそう言って、剣を鞘に納めた。

「総帥は・・・」

「意識は失ってるけど、命に別状はないよ。だいたいいつもこんな感じだから・・・怖い?」

「あれは・・・総帥なんですか?」

「そう、彼の一部だ」

それを聞いたマーキュリーは、まっすぐな瞳でコハクを見上げ、一言。

「だったら、問題ありません」

 

 

 

「お父さん」

「ん?」

「色々とご迷惑をおかけしました」

親兄弟を巻き込んでの大騒動となってしまったことに、マーキュリーが謝罪の意を示す。
するとコハクは。

「そんなに気に病む必要はないよ。勿論、君達に非がないわけじゃないけど、僕は・・・」

 

 

「すべてが君達の所為というわけでもないと思ってる」

 

 

「どういう・・・意味ですか?」

マーキュリーの質問をコハクは笑顔ではぐらかし。

「まあ、理由はどうあれ、お仕置きはするけどね」

と、くすぐりの刑を言い渡した。

 

 

「!!お父さ・・・やめてくださ・・・あはは・・・っ!!」

 

 

手先が器用なコハクのくすぐりは一級品。
涙が出るほど、笑わせられてしまう。

笑って、笑って、笑い転げて数分間。

息も絶え絶えになったところで、やっと解放される。

「少しはすっきりした?」

「え?」

「しばらく笑ってなかったでしょ」

「!!」

確かに、コハクの言う通りだった。

地下倉庫で“あの話”を聞いてから、どうも気持ちが晴れず。
笑顔を忘れていた気がする。
ここへきてからも、ずっと。

「・・・・・・」

(知らなかった)

 

声をあげて笑うことが、こんなにも心を軽くするものだなんて。

 

(お父さんって、やっぱり凄い)

瞳を閉じて。マーキュリーはしみじみとそう思った。

 

 

 

こちら、コハクとセレ。

 

「気が付きました?今回は、手加減なしでやらせてもらいましたよ。これでしばらくは大人しくしているでしょう」

「さすがに調教が上手い。いつもながら感服する腕前だ」

「それはどうも」

「まーくんに怪我はなかったね?」

「ええ、まあ。今は隣の部屋で休ませてます」

「嫌われてしまったかな」
と、そこで苦笑するセレ。

「ご心配なく」
と、コハクも苦笑する。

「あなたは世界を守り続けてきた英雄でしょう。その体を、もっと誇るべきだ」

力強いコハクの言葉に。
セレは瞳を伏せ、静かにこう語った。

「初めから世界を視野に入れていた訳ではないんだ。私は、人間として当然のことをしたまでだよ」

「家族や友人、愛する人を守りたい―真の英雄というのは、そういうところから誕生するものなんですよ。あなたのように、ね」

「君の足元にも及ばないがね」

「はは、心にもないことを」

「バレたかね」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

腹黒同士で話をしても、実際、埒が明かない。
コハクは早々に切り上げると。

「まーくんのこと、よろしくお願いします」

柔らかな物腰で挨拶を済ませ、“故郷”を後にした。

その足取りは、軽い。

(スモーキーの件は、何故かジンくんが引き受けてくれたって話だし)

この調子なら、思ったより早く問題が片付きそうだ。

「さて・・・っと」

 

 

(帰ってヒスイとイチャイチャするぞ〜!!!!!)

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