World Joker/Side-B

24話 嫌いじゃないけど



試験会場は『ミノタウロスの迷宮』。

 

その名の通り、怪物ミノタウロスが棲む迷宮である。

首から上が牛、下が人間・・・それがミノタウロスの姿だという。

 

試験官であるジストとサルファーは、すでにスタンバイしていた。

「今回の試験内容、異例だよな」と、サルファー。

未成年の受験者に対しては、主に危機回避能力を問うものだが、今回は“ミノタウロス退治”に絞られている。明らかに、戦闘能力を測定するものだ。

「総帥、なんか企んでんじゃ・・・お、来たぜ」

マーキュリー、アイボリー、ヒスイの順に会場入り。

だが、双子の間に会話はない。地下倉庫の一件から、依然として気まずいままなのだ。

「れ?あーとまーって喧嘩でもしてんの?」と、ジスト。

夕べは気付かなかったが、双子の様子が少しおかしい。

心配そうに見ていると、隣のサルファーがこう言った。

「喧嘩するくらいで、丁度いいんだよ」

 

 

「似た者同士じゃ、コンビは組めない」

 

 

「・・・だなっ!」

兄弟コンビの先輩として、ジストも頷き。

「それにしてもさっ!あのドラゴン・・・」と、続けてヒスイを指差す。

「可愛いよな!」←ジスト。

「不細工だよな」←サルファー。

ふたりの間で生じる、不協和音。

相変わらず趣味が合わないが、いつものことで。

(ヒスイ・・・どこで見つけてきたんだろ)

ジストはすっかり心を奪われていた。

サルファーがなんと言おうと、可愛いものは可愛いのだ。

「あとで、あーに紹介してもらおっ!」

 

 

 

試験の説明を受け、迷宮へと足を踏み入れた双子とヒスイ。

一定間隔で灯りがともってはいるものの、通路はかなり暗い。

マーキュリーは胸ポケットから眼鏡ケースを出し、蓋を開けた。

「何だよ、それ」と、アイボリー。

話しかけにくい雰囲気でも、質問せずにはいられない。

「何って・・・眼鏡だよ。少し視力が落ちたから」

「総帥んとこで、勉強しすぎたんじゃねーの?」

からかうような口調でアイボリーが言うと。

「まあね」

マーキュリーは苦笑し。

「あーくんはトパーズ兄さんのところで何してたの?料理の練習?」

さりげなく、皮肉で返した。

「ま、まあ、色々・・・な」

アイボリーは一旦言葉を濁したが、「ここは俺に任せとけ!」と、リーダー役を買って出た。

無論、勝算はある。ただし、不安要素も・・・

(こいつだよ!!)

てくてく、後を付いてくる、チビドラゴン。

「な〜・・・お前さぁ、せめて火とか、ブァー!!!って吹けねーの?」

するとヒスイは、任せて!と、言わんばかりに。

ショルダーバッグから、アルコールの瓶とオイルライター取り出した。

口に含んで、着火=ドラゴンブレス。そんなジェスチャーをする。

「・・・お前、ホントにドラゴンかよ」(ああ・・・俺の全財産・・・)

頭を抱え、脱力するアイボリー。

マーキュリーも、心なしか呆れているように見える。

「・・・・・・」(しょうがないでしょ!魔力温存したいんだからぁっ!!)

犬や猫、馴染みの動物に変身するのとは訳が違うのだ。

ヒスイなりに考えてのことだ。決して冗談では・・・ない。

 

 

 

通路は先がよく見えず、何が待ち受けているかもわからない。

右、左、進路を決めるにも、本来は神経を遣う・・・が。

「こっち行ってみようぜっ!なにせ、俺の勘は当たるかんな!」

アイボリーの独断で、行き止まることなくサクサク進んでいた。

こんな調子で、2人と1匹が角を曲がった、その時。

ドドドドド・・・!!!

地を蹴る蹄の音が響き、雄牛の大群が突進してきた。

その距離、推定100mというところまで迫っていた。

「ダーク・カウ。闇牛だよ」

眼鏡越しに目を細め、分析するマーキュリー。

“DarkCow”ミノタウロスに隷属する、闇の獣だ。

通常の牛より一回り大きく、角は鋭利で、双眸から炎が出ている。

それが、何百頭と列を成しているのだ。

「とりあえず逃げろ!!」

自称リーダーが、メンバーに指示を出す、が。

「足遅ぇぇぇ!!!」

チビドラゴンが驚きの低スピード・・・

結果、こうなる。

 

 

「チビドラ!!俺の背中に乗れ!!」

 

 

「な〜・・・竜騎士ってこんなだっけ?」

竜の背に乗るのではなく、竜を背に乗せている・・・悲しい現状。

「うん、たぶん」と、マーキュリーが答える。

ヒスイの手前、余計なことは言わない方がいいと判断したのだ。

「で、どうするの?このままじゃすぐに追いつかれるよ」

「俺が囮になるから、まーは先に行けよ」

「囮は僕がやるよ」

「俺がやるって」

「僕が!」「俺が!」

(私が!!)

心の声で割り込むヒスイ。

(ここは私がやるかないわね!!)

双子のやりとりを聞き、決起する。

後ろを振り返ると、すぅ・・・静かに息を吸い。呪文の詠唱を始めた。

「!!」(お母さん!?)

背負っているアイボリーは気付いていないが、マーキュリーは括目した。

複雑な術式を見事に簡略化した、高位呪文・・・ヒスイの口から出た文言が具現化し、円環を生成する。

その中心から、ドウッッ・・・!!!!強力なレーザー砲が発射された。

「チビドラ!?やればできんじゃ・・・て、なんも見えねぇんだけど」

ヒスイの魔法は、闇牛をすべて塵と化したが、それとほぼ同時に通路の灯りが消え、一帯が真っ暗になったのだ。

「俺、ちょっとその辺の様子見てくっから。チビドラ頼む、まー」

「うん、わかった」

まだ目も慣れない暗闇の中、ヒスイの受け渡しが行われた。

そのまま、より闇の深い方へと移動するマーキュリー。

 

周辺の灯りを消したのは・・・そのマーキュリーだった。

 

なぜそんなことをしたかといえば。

呪文の詠唱を終えた瞬間、ヒスイが、元の姿に戻っていたからだ。しかも、全裸。

「・・・・・・」

厄介なものを引き受けてしまった、と、思う。

闇に覆われているはずなのに、ヒスイの素肌が映り込み、視界が真っ白になる。

目を逸らしても、咽返るような甘い匂いが鼻についた。

(この匂い・・・嫌いじゃないけど・・・少し、苦手だ)

匂いの記憶、とでもいうのだろうか。

精通をした時、この匂いを嗅いでいた気がする。

 

 

そう―夢精の相手は、ヒスイだった。

それでも。“母親だから、あるわけない。夢は夢だ”と、割り切れた。

ところが。地下倉庫であの話を聞いて・・・可能性がゼロではないことを知ってしまったのだ。

(僕は、トパーズ兄さんのように・・・間違ったりしない)

 

 

けれど今は、そんなことを考えている暇はなかった。

アイボリーが戻ってくる前に、態勢を立て直しておきたい。

そのために、この暗闇を作ったのだから。

「・・・お母さん、変身解けてますよ」

様々な思いを振り切り、小声でヒスイに耳打ちするマーキュリー。

「えっ!?ホント?」

「本当です」

「思ったより早く時間切れしちゃったみたい」

図鑑!図鑑!と、ショルダーバッグを漁るヒスイに。

「お母さん、服を着ないと風邪をひきますよ」

マーキュリーが、にこやかに忠告するが。

 

 

「服?ないよ」

 

 

「・・・・・・」(信じられない・・・)

万が一の、この事態を想定して、当然、持参していると思った。

「大丈夫、10分くらい休めば、また変身できるからっ!」

「・・・・・・」(それは大丈夫とは言わない!!)

マーキュリーの作り笑顔も限界だ。ついに特大の溜息が出る。

「もう、隠しきれないと思いますよ」

「うん、でも・・・バレたら、失格になっちゃうし」

真っ暗で助かったよ、と、暢気に語るヒスイ。

現役のエクソシストが試験の手助けをするのは、規約違反なのだ。

「・・・・・・」
(バレたら失格?じゃあ、どうしろっていうんだよ)

服はない。変身もできない。

そのうえ、見つかってはならない。なんて。

(もうやだ・・・このひと・・・)

 

 

放り出したい・・・。

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