World Joker/Side-B

28話 もう、好き?



迷宮から帰還した、次の日。
双子は学生生活へと戻っていた。

「「ただいま」」

揃って帰宅すると、制服のままリビングへ。

大抵この時間はヒスイがクッションに埋まっているのだ。
同化しているといってもいいくらいだ。

双子は、眠るヒスイを挟んで、床に腰を下ろした。

「ミノタウロス倒せたのはいいけどさー・・・」
と、アイボリー。

「キンドラ、どっか飛んでっちゃったし」
口を尖らせ、ぼやく。

 

 

『ランスを失った騎士を―ドラゴンは、主として認めないんだ』

 

 

・・・という、如何にもファンタジーなマーキュリーの嘘を信じ込み、飛び立つキンドラ=コハクを泣く泣く見送ったのだ。

ちょっとしたファミリー劇場である。

 

そして現在、教会では、試験の合否の審議が行われており、エクソシスト幹部が集まっている。
従って、コハクは不在だ。

 

「あーくん、本当に貯金全部使っちゃったの?」

「そーだよ。財布も空っぽ。バイトするしかねー・・・エクソシストの資格取れたら、一緒にやろうぜ」

 

「僕は別に・・・お金には困ってないし」

「冷てーこと言うなよぉ〜・・・」

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

合格発表を控えているから落ち着かない・・・というのもあるが、こうして時間ができてみると、様々な思いが浮上してくる。

 

「・・・・・・」以下、マーキュリーの心情。

(なんであの時、“ブラッド・ダイナマイト”が効かなかったんだろう)

的を外したようには見えなかった。

(あーくんって、お父さんと同じ金髪だけど・・・もしかしたら、そんなに熾天使の血が濃くないのかもしれない。でも・・・そんなことって、あるのかな?)

髪は血液の影響を大きく受けるものであり。

言い換えれば、血液の状態が、髪に現れる。

髪が“金”なら、熾天使の血は濃い筈なのだ。

(やっぱり・・・何かが、おかしい)

 

「・・・・・・」以下、アイボリーの心情。

(まーって、ヒスイのこと・・・もう、好きなのかな?)

トパーズから銀の血族の話を聞くまでは、気にも留めなかったが。

見ると、ヒスイの銀髪に指を絡めている。

考え事をしながら、寄り添い、無意識に弄っているようだ。

(どーなってんの?)

そんな素振り、今まで一切なかったのに。

(なんか、まー、雰囲気変わった・・・やっぱ“銀”・・・だから?)

 

「「ん?」」

目が合うが、お互い何とも言えない。

微妙な沈黙の中、ヒスイの暢気な寝息だけが聞こえる。

会話もないまま、なんとなく耳を傾けているうちに・・・

「そだっ!」

悪戯心が疼き出すアイボリー。

制服のネクタイを外し、横向きで丸くなっているヒスイの両手首を縛った。

「あーくん、やめなよ」

「へーき、へーき、ヒスイ、こんくらいじゃ起きねーし。まーのも貸せよ」

マーキュリーの襟元からネクタイを抜き取り、今度は両足首を縛った。

動きを封じられたヒスイは、寝返りに苦戦していたが・・・まだ起きない。

「くふふ、面白れぇ」

声を殺してアイボリーが笑う。

「・・・生温いよ」

その傍らで、マーキュリーがボソリと呟いた。

「縛るんなら、もっとこう・・・」

アイボリーの縛りに異議を唱え、本能のまま、縛り直した、結果。

 

 

「・・・まー、やりすぎじゃね?」

 

 

「・・・・・・」(何をやっているんだろう、僕は・・・)

我に返り、己の所業に眩暈を覚える。

「う・・・ぅぅ・・・」

両手両足をギチギチに縛り上げられたヒスイは・・・うなされている。

目を覚まさないのが不思議なくらいだ。

「どーすんだよ、コレ。簡単にほどけねー・・・跡残ったら、コハクにぶっとばされるぜ、マジで」

「・・・・・・」

確かにそれは同感だ。ヒスイに傷を負わせるのは、絶対NGなのだ。過去の経験から、嫌というほどわかっている。

「待って、今ほどくから・・・」

「急がねーと・・・俺、ハサミ取ってくるわ」

アイボリーが廊下に出た、その時。

「おわっ!ジスト!?」

「あー?そんなに慌ててどうし・・・」

ジストがリビングを覗き込むと、そこには。

学生ネクタイで拘束されているヒスイの姿があった。

「うわっ・・・ヒスイっ!?」

 

 

 

ジストが加わり、3人がかりで、ヒスイの解放に挑む・・・が、結局。

マーキュリーが責任を取る形で、殆どひとりで頑張っていた。

そんな中、ふとアイボリーが。

「なー、ジスト。前から思ってたんだけどさ、その指輪、何?」

「んっ?これ?」

右手の中指にしている指輪。もうすっかり馴染んでいる。

「んーと・・・」

説明に迷ったのか、ジストはしばらく考えてから。

「これは、ヒスイとオレを正しく繋ぐ“親子のお守り”で・・・」

「“親子のお守り”?」アイボリーが聞き返す。

「うん!これで去勢してるんだっ!ヒスイを困らせたくないから」

ジストは、指輪の効能を包み隠さず話した。

本人は至って明るいが。

「・・・・・・」(ジスト、悲惨じゃね?)

「・・・・・・」(ジスト兄さんも、苦労してるんだ)

ある程度事情を知っている双子の胸には重く響いた。

 

 

 

(何とか・・・ほどけた・・・)

マーキュリーが額の汗を拭う。

回復役のジストがいるため、ネクタイは切らずに済んだ。

ヒスイの寝顔に安らぎが戻る・・・それを見たジストは。

「眠り姫みたいだよな〜・・・」と、デレデレだ。

「眠り姫、ってことは・・・チューすりゃ起きる?」

試してみようぜ、と、アイボリーがヒスイに顔を寄せる。

「わー!!だめだめ!!!」

即決即行のアイボリーに手を焼くジスト。そこで。

「眠り姫にキスをしていいのは、王子だけだよ」

マーキュリーが襟首を掴み、ヒスイから引き剥がした。

「いいじゃんか、俺が王子でも。それとも何、まーがしたい訳?」

「僕は、王子になりたいなんて思ってないから」

「へんっ!!嘘だね!!」

「嘘じゃないよ」

眠り姫ヒスイを巡って、睨み合う、双子。

「ほらほら、喧嘩すんなって!」

ジストが仲裁に入るも、つい笑ってしまう。

(オレもよくサルファーと喧嘩したっけ)

喧嘩の原因は主にヒスイ。それは今も変わらない。

「・・・なぁ、あー、まー」

「んー?」「はい?」

「悪戯も喧嘩もいいけどさ、ひとつだけオレからお願い」

ジストは、長い銀の睫毛を伏せて。いつになく真面目な調子で言った。

「ヒスイが―」

 

 

「“もう子供産みたくない”って思っちゃうようなことだけは、しないで欲しいんだ」

 

 

「・・・て、何言ってんだろ、オレっ!意味わかんないよな!」

ごめん!ごめん!と、慌てて話を切り上げるジスト。

「あ!そうだっ!お土産にシュークリーム買ってきたんだっ!あっちで食べよう、なっ!もうすぐ兄ちゃんが、結果通知書、持ってくると思うしっ!」

キッチンへと双子を誘う。

「・・・いただきます」

マーキュリーが立ち上がり。

「コーヒーで良けりゃ、俺淹れるぜ」

アイボリーも笑顔で続く。

「トパーズ仕込みの、苦いやつだけどな!」

 

 

 

30分後・・・

 

それは、ヒスイのいるリビングに訪れた。

閉じた瞼に落とされた、不意のキスで目を覚ますヒスイ。

「・・・トパーズ?」

どこにも姿はない、けれど。

ヒスイの髪に結ばれた、社会人ネクタイ。

まるで恋文のように、トパーズの想いを残していた。

そして、もうひとつ。

ひらりと落ちた紙を手に、ヒスイが声を張り上げる。

「あーくん!まーくん!いる!?」

 

 

「エクソシスト試験、合格だって!!」

 
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