World Joker/Side-B

31話 キスがダメなら



エクソシスト試験を終えた直後、マーキュリーの申し出により、双子の部屋は別々になっていた。

 

アイボリー、個室にて。

 

「うーん・・・」

首を傾げつつ、手にしているのは、ヒスイのパンツ。

「またやっちまったぜ」

渋く笑ってみるが・・・ひとりだと、虚しい。

盗もうとして盗んだ訳ではなかった。
気が付くと、なぜか手元にあるのだ。

「ま、盗っちまったもんはしょうがねぇ。有効活用すっか」

変態行為にも関わらず、アイボリーは前向きで。

「ジストとトパーズに一枚ずつだろ・・・あと、まーにも!」

絶対喜ぶと、信じて疑わない。そして、隣の部屋―

「・・・何これ」と、マーキュリー。

「ヒスイのパンツ」と、アイボリー。

「なんか、自分でもよくわかんねーんだけど、収集しちゃってんだよな」

紐パン、Tバック、レース、アニマル柄・・・更には毛糸のパンツまで。
よりどりみどりだ。

「まーにも一枚やるよ。どれがいい?ほらさ、要り様だろ?」

銀の男の習性を知ってから、つい、わかったような口をきいてしまう。

ところが、マーキュリーは。

 

 

「どうして?僕には必要ないよ」

 

 

そう言って、むしろ気の毒そうにアイボリーを見た。

「えっ・・・マジで!?」

予想外の反応に、アイボリーが驚いていると。

 

 

「あーくん、まーくん、何やってるの?」

 

 

締め損ねた扉の隙間から、ヒスイが覗いていた。

「あれっ???私の???」

パンツがなぜか床に並べられている。

アイボリーは、ヒスイを部屋へと招き入れ。

「あー・・・」と、声を出しながら、頭の側面を掻いて。

取り繕うことなく、こう言った。

「ズリネタに使わせてもらおうと思って」

「!!」

今度はマーキュリーが驚く。

「え?ズリ???」

言葉の意味がわからず、瞬きしているヒスイに。

「=ひとりえっちのオカズ」と、アイボリーが説明した。

「ひとりえっち・・・」

(あーくんも、そういう歳になったのね)

息子の成長を目の当たりにして、感動するヒスイ。

(私のパンツなら、盗んでも犯罪にならないもんね!!あれ、でも・・・)

「・・・えっちな本とか、持ってないの?」

「うん」

「そっか・・・」
(やっぱり・・・それで仕方なく私のパンツを・・・)

アイボリーがとても不憫に思えてくる。

「気付いてあげられなくてごめんね、あーくん!!そんなに切羽詰ってたなんて・・・っ!!」

「・・・俺、切羽詰ってる?」

ヒスイに言われて、改めて。
マーキュリーに話を振るアイボリー。

「見境なく、お母さんの下着に手を出すくらいだから、よっぽどなんじゃない」

「やべぇ・・・なんかそんな気がしてきた・・・」

するとヒスイが。

「昨日たくさん買って貰ったし、私ので良ければいくらでもあげるけど・・・毛糸のパンツだけは返してくれる?お兄ちゃんの手作りで、私の宝物なの」

「ああ、これな」

アイボリーは、素直に毛糸のパンツを返却した。

「わりぃ、次から気ぃ付けるわ」

「うんっ!残りは好きにしていいから!」

「おう!サンキュ!!」

話し合いで、円満解決。両者、がっちり握手だ。

「・・・・・・」
(和解するところじゃないよ・・・そこは・・・)

アイボリーとヒスイの間抜けなやりとりに、呆れて声も出ないマーキュリーだった。

 

「あ、そうだ!えっちな本、買いにいこ!」と、ヒスイ。

普通なら、あり得ない。だがここは、赤い屋根の屋敷だ。

「行く!行く!」アイボリーが挙手で参加表明。

「まーくんも一緒に・・・」という、ヒスイの困ったお誘いを。

マーキュリーは、笑顔で当たり障りなく断った。

「いえ、間に合ってます」

 

2人を見送った後、部屋の鍵を閉め、息をつく。

ジーンズのポケットを探り・・・掴んだのは、ヒスイのパンツ。

アイボリーが持ち込んだものとは違う。

「・・・・・・」(見境いがないのは、僕も同じだ)

マーキュリーは、優美な顔を歪め、強く唇を噛んだ。

(こんなこと、あってたまるか)

 

 

 

コスモクロア。3階建ての家、玄関。

 

アイボリーと城下の書店で買い物を済ませたヒスイは、その足でトパーズ宅へやってきた。

 

「ネクタイ、返さなきゃと思って」

「よし、来たな」

この展開を見越して、先日、ヒスイの髪にネクタイを結んだのだ。

まさにグッドタイミング。

トパーズは、透けるような肌のクールビューティに戻り。

そろそろ、ヒスイに会いたいと思っていたところだった。

「それじゃ、私は帰・・・」

・・・れる筈もなく。トパーズに、室内へと連れ込まれるヒスイ。

昔、監禁された天井裏部屋まで、神の能力でひとっとびだ。

実はヒスイのお気に入りスペースで、度々訪れてはごろ寝している。

その、慣れたベッドに放り込まれ。

「付き合ってもらうぞ」

「付き合うって・・・何に?」

「筆あそび、だ」

「え!?」

“筆”と聞いて、体が反応する。同時に、ある予感がした。

(それってもしかして・・・あの筆なんじゃ・・・)

それこそ、モルダバイトでは見かけないが、髪を使って筆を作る店は、例の島に数多く点在していたのだ。特産品といってもいい。

無論、ヒスイはそれぞれの経緯など知らない。ただ・・・

トパーズが持ち出した“筆”を目にした瞬間、胸がキュンとしてしまう。

自覚はないが、これはひとつの萌えである。

(ど・・・しよ・・・お兄ちゃんとトパーズ・・・カブりすぎ!!)

「ぷぷぷっ・・・」

笑い過ぎて力が出ないまま、ベッドの上、うつ伏せに組み敷かれるヒスイ。

上着を捲られ、背筋に沿って毛先が動くと、くすぐったくて堪らず。

「あはっ!あはははは!!!」

幼い笑い声がますます大きくなった。

「ちょっ・・・トパぁ・・・あはははっ・・・!!!」

(これ・・・流行ってるの!?)

両脚をじたばたさせ、涙が出るほど、笑って。

 

 

「はぁはぁ・・・ね、知ってる?“笑い”って、うつるんだよ」

 

 

笑い声を聞いていると、つられて笑ってしまうものだと―そう言いたいらしい。

ヒスイは、素肌にしっとりと汗を滲ませ。相当、笑いに酔っている様子だ。

「トパーズも笑ってるでしょ」

「・・・笑うか、馬鹿」

「じゃあ、顔見せてっ!」

トパーズの股の間で方向転換。仰向けになって、じっと顔を見上げる・・・

「ほらっ!やっぱり笑ってる!」

ヒスイが両手で頬を包むと。トパーズもヒスイの頬を包み。

「笑ってない」「笑ってる」

「笑ってない」「笑ってる」

同じ言葉を繰り返しながら、顔を寄せ合い。共に、笑う。

前髪が重なり・・・軽く額が当たったところで。

「あ・・・」近付きすぎていることに気付く。

「ヒスイ」名前を呼ばれれば、キスの気配。

トパーズの熱い息が唇に触れ、ヒスイは慌てて顔を背けた。

「・・・こっち向け」

「やだ」

「・・・もう一度だけ言う。こっちを向け」

「やだっ!」

「・・・だったら、これしかないな」

筆あそび、再開。ヒスイの足首を掴み、足の裏に筆を走らせる。

キスがダメなら。こうして、じゃれ合う他にない。

「無事に帰れると思うなよ?」

「トパーズっ・・・やめ・・・あははははは!!!」

 

 

 

その頃、赤い屋根の屋敷では。

 

「ただいまー」

帰宅したアイボリーを、いつもの笑顔で迎えるコハク。

「おかえり、ヒスイは?」

「忘れ物届けに、トパーズんとこ寄るって」

「へ〜・・・そう」

コハクの表情に感情が現れることはない。しかし。

(しまったぁぁぁ!!!)心では、叫ぶ。

トパーズの、抜かりのない仕込み・・・忘れ物がわざとなのは、明白だ。

(こういうことだったのか!!どうぞご自由に〜なんて余裕見せてる場合じゃなかった!!まずい、元を取られる!!)

「コハクー、俺、腹へったー」

お構いなしの催促。対してコハクは。

「はい、じゃあ、これ。夕飯はあーくんに任せるよ」

エプロンをアイボリーに押し付け。

「僕、ちょっと急用で出掛けるから」

ヒスイを連れ戻すべく、身を翻し。勢いよく裏口の戸を開けると、そこには―。

 

 

「サルファー?」

 

 

「父さん、話があるんだけど」

あいつのことで、と。声を小さくしてから、アイボリーを顎で指すサルファー。

「・・・・・・」

(エクソシスト試験で、やっぱり何かあったみたいだな)

「コハク?出掛けねーの?」

背後から、エプロンをしたアイボリーが声をかけてきたが、いささか状況が変わってしまった。

「うん、ちょっとね」

苦笑いで答えた後、コハクはこっそりサルファーに耳打ちした。

 

 

「場所、変えようか」

 
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