World Joker/Side-B

37話 残り香



「え・・・と、大丈夫?お兄ちゃん、呼んでこようか?」
「いえ、大丈夫です」

そう言って微笑むマーキュリーだったが・・・視線は斜め下。
唇の間から微かに漏れた息は熱く。

「熱、あったりしない?」

と、懲りずにヒスイが身を寄せた。
ところが。マーキュリーの額に触れようとするも、さっと避けられ。

「・・・・・・」
(なに?今の・・・)
ムキになるヒスイ。

「たぁっ!てぃっ!とうっ!」

右手、左手、交互に伸ばして額を狙うが、すべて躱されてしまった。

「はぁはぁ」
(な、なんなのよ・・・まーくんて、時々いじわる・・・)

避けられる意味がわからない。

「こうなったら・・・」
(おでこでおでこを捕らえるしかないわね)

ヒスイは、あまり高く飛べそうにないペンギンフォームで、マーキュリーの額を睨んだ。

(絶対、ごっちんこしてやるんだからっ!)

一方、こちら、マーキュリー。

「・・・・・・」
(諦め悪いな)

触らせるつもりは毛頭ない。嫌悪感を抱いているのだ。
夕べのヒスイは、まるで別の生き物のように見えた。
コハクを欲しがる様はひどく不快で。
思い出す度、体の内側が灼け爛れそうになる。

(息が熱いのは、たぶん、そのせいだ。早くこのひとを追い払わないと・・・)

「僕は大丈夫ですから、顔でも洗ってきたらどうですか?涎のあと、ついてますよ」
「え?そう?」
「はい。それはもう、滝のように」
「滝のように!?」

作戦半ばだが、そこまで言われると、さすがのヒスイも気になって。

「ちょっと行ってくるっ・・・!」

慌ただしく、洗面所へ向かった。その途中。

「あ!あーくん、おはよ!」
「おー・・・はよ」

寝癖頭で大欠伸をしているアイボリーとすれ違う。

「・・・ヒスイ?」

過ぎ去ってから、振り向くアイボリー。

(香水?んなわけないか)

もう一度欠伸をして。

「朝からすっげー・・・甘い匂い」

アイボリーは、小柄で女顔だが、仕草は男そのものだ。
大股開きでキッチンの椅子に腰掛け。

「夕べのヒスイ、エロかったなー・・・また見に行こうぜ」

と、言った。

「あーくん・・・よく普通でいられるね」
「ヒスイがコハクとえっちすんのは当たり前じゃんか。エロいとこ見たって、なんも変わんねーよ」

「俺はまーみたいに欲張りじゃねーし」
「僕が欲張り?それ、どういう意味?」

アイボリーの、どこか引っ掛かる言い回し。
マーキュリーが問い詰めようとしたところで―

「おはよっ!!」

ジストが裏口から入ってきた。

「ジスト!」「ジスト兄さん」

「あーとまーに、任務について説明しとこうと思ったんだけど、来んの早すぎたかな???」

やたらと里帰りが多いが、ジストはコスモクロアの家に住んでいる。
可愛い弟達の初任務に、張り切って早起きしてしまったらしい。
捕獲作戦に於いて、教会がなぜ、学校にエクソシストを送り込むのか。
話はそこから始まった。

コスモクロアの文化祭ほどの規模ではないが、モルダバイト各地の学校で過失召喚が多発しているのだという。
それも、オカルト系クラブ活動の延長で。
これらにレムリアンシードが関与していると思われる。
彼に関して公表されているのは、人間ではない、という事だけ。
故に。単独での接触には、注意が呼びかけられている。

「3年にまー、2年にあー、1年にヒスイが転入することになってて・・・」
「んで、ジストは何なの?」

と、アイボリー。
見慣れないスーツ姿。童顔でも身長はあるので、スーツを着れば、社会人1年目くらいには見える。

「オレは教育実習生!よろしくなっ!」

新人のサポート役といったところだろう。

「面白くなりそうじゃんか!」

アイボリーは声を弾ませ。

「俺も着替えてくるわ」

と、走ってキッチンを出ていった。

「さっきまでヒスイ、ここにいた?」と、ジスト。

「ヒスイの匂い、残ってる。オレ大好き、この匂い」

くんくん、ちょうどヒスイがいたあたりを嗅いでいる。

(犬みたいだな)と、思いながら、マーキュリーは言った。

「本当に・・・甘い匂いですね」

僕は少し苦手ですけど〜と、話を繋げる前に、ジストが仰天。

「えっ!?まーも!?」

勢いよく立ち上がり、椅子を倒す。

「どうしたんですか?ジスト兄さん?」
「ううんっ!なんでもないっ!」
(そっか、まーもヒスイのこと・・・)


アイボリー、自室にて。

「ヒスイ、俺に惚れねーかな」

潜入捜査用の制服に着替え、鏡の前、ポーズを決める。
ナルシストではないが、いつもより鏡を見ている時間は長かった。
そしてこの朝、自身の異変に気付く・・・

「・・・あれ?つむじんとこ、色違くね?」


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