World Joker/Side-B

42話 long long night



こうして、コハクはトパーズを送り出した。

(不本意ではあるけど、ヒスイはひとまずトパーズに任せて・・・)

「僕は、ケジメをつけてこないとね」

アイボリーと話をするのが先決だ。

「できれば、まーくんも一緒の方がいいんだけど・・・あーくんはじっとしてる子じゃないから、とにかく先に掴まえておかないと」

早々に、コハクはコスモクロアへと向かった、が。

「うーん」と、苦笑い。

3階建ての家には、すでに人の気配はなく。

「やっぱり遅かったか」

前髪を掻き上げがてら、月を仰ぎ、呟く。

「長い夜になりそうだ」

 

 

 

国境の家。2階の1室にヒスイは軟禁されていた。

オニキスもまた、アイボリーを探しに出掛け。
スピネルが見張りとして残った。

「私だって!本気になれば、これくらいの結界破れるんだからぁっ!!」と、ヒスイ。

そのための術式を延々と用紙に書き出しているのだが・・・結構なブランクがあるだけに、苦戦していた。
結界解除は、数学の問題を解くのに似ている。

(もうちょっとなのに・・・)

「はぁはぁ」息切れ。知恵熱が出そうだ。そんな時。

「ママ、少し休憩したら?」

ヒスイを宥めようと、スピネルがミルクティーを運んできた。

「うん、そうする」

気分転換のつもりで、窓を開けるヒスイ。

「あれっ?トパーズ?」

「・・・兄貴?」スピネルが隣に並ぶ。

神だけあって、トパーズは難なく結界を抜け。

「あっ・・・ずるい!!」ヒスイが口を尖らせる。

「ママ、1階へ行こう」

「ん!!」

 

紅茶を淹れ直すスピネル。

カウンターテーブルを挟んで、トパーズとヒスイが並んで座る。

夜だけに、バーのような雰囲気だ。

「意外だな、パパがくるかと思った」スピネルが静かに語り。

「来たくて来た訳じゃない」トパーズが憎まれ口を叩く。

「・・・が、アイボリーを金髪にする魔法薬を作っていたのは、オレだ」

続けて、自分も部外者ではないという真実を明かした。

「そ・・・うなの???」

ヒスイが驚きの瞬きをする。

「お兄ちゃんとトパーズが協力するなんて、よっぽどのことだよね」

 

 

「ホントにどうしたの???」

 

 

「・・・・・・」「・・・・・・」

この状況下でも、炸裂する天然ボケ。

「家庭内のトラブルを避けるため、だよね、兄貴」

スピネルは穏やかだが、トパーズはイラッときたようで。

「・・・お前のような鈍感女にもわかるように説明してやる」

いいか、よく聞け―と。ヒスイの両耳を引っ張り。

以前、アイボリーに話して聞かせた内容を再び口にした。

「・・・確率の問題だが、現時点では100%。要はその確率を下げたかった」

「あ・・・うん・・・」

この手の話になると、相変わらずヒスイは気のない返事をするが。理解はしている。

「だとしたら・・・お兄ちゃんのしたことは、そんなに悪いことなの?オニキス、凄く怒ってたけど」

「ママを大切に想ってるからだよ」

オニキスに代わり、スピネルが答える。

「オニキスとパパは、恐れるものが違うから、考え方も違う。意見が対立するのは仕方のないことなんだ」

数学教師のトパーズと、古文教師のスピネル。

息子2人に諭され。ヒスイはしばらく黙っていたが。

「私は・・・」

 

 

「空を飛ぶのに、翼の色が関係ないみたいに。生きていくのに、髪の色なんて関係ないと思う」

 

 

「極論だね」スピネルは苦笑い。

「だが、オレも同じ意見だ」と、トパーズ。

続けて、ヒスイが言った。

「お兄ちゃんに騙されるのは、慣れてるからいい」

庇おうとする気持ちから、一度は違うと否定したが、本当はわかっているのだ。

「15年はちょっと・・・長かったけど」

怒るでも、泣くでもなく、寂しそうに笑うヒスイを見て。

スピネルが語調を強めた。

「オニキスは、ママにそういう顔をさせたくなかったんだと思う」

「うん。オニキスは・・・優しいよね」

誠実で、気持ちの深いひとだということは、何十年も前から知っている。と。

それだけ言って、ヒスイはカウンターテーブルの椅子から飛び降りた。

「とにかく、あーくんに会わなきゃ!」

部屋の扉を開けた、その先で。驚くべき出会い。

「オ・・・オニキス!?」

アイボリーが戻ってきているかもしれないと、様子を見に来たのだ。

3人の会話には、あえて立ち入らなかった。

「話、聞いてた?」

「・・・ああ。結界は解いてある。行け」

「うんっ!!」

廊下を駆けてゆくヒスイが、足を止めて振り返る。

「私はっ!自分勝手でひどい女だから!!やっぱり、嫌いになった方がいいと思う!!顔も見たくないなら、血液はパック詰めして送るし!!」

それだけの覚悟があって行くのだと、暗に伝えて。

「今まで、ありがと」

最後に礼を述べ、背を向ける。が。
そこでオニキスの笑い声が聞こえた。

「自己完結するな」

今更、そんなことで、心が離れる筈がない。

「オレはその“ひどい女”を愛している」

「え・・・でも・・・普通、嫌いになるよね???この展開だと・・・」

「いや、特に珍しくもない展開だと思うが?」

そう言ったオニキスがあまりにいつも通りで。
ヒスイの方が恥ずかしくなる。

「・・・っ!!変な趣味っ!!」

「ああ、そうだな」

「じゃ、じゃあ私っ!行くからっ!!」

 

 

 

ヒスイを見送り、溜息。

「本当は行かせたくなかったんでしょ?」

スピネルが隣に立ち、オニキスに身を寄せる。

「・・・パパがどんな罪を犯しても。きっとママは許してしまうよ」

「ああ・・・そうだな」

「・・・・・・」(そしてオニキスも・・・)

 

 

ママがどんな過ちを犯したって、許してしまうんだ。

 

 

「愛って、怖いね。だけどそんな風に、愛したり愛されたり・・・ちょっと羨ましいって思う」

「・・・そうか」

オニキスの短い返答に頷き、月を見上げるスピネル・・・

「まだまだ、長い夜になりそうだね」

 
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