World Joker/Side-B

46話 ナイトサーカス



コハクが飛び立った後、空から金色の羽根が降る。

「俺にもそのうち生える予定だったんだけどなー、ま、しょうがねぇわ」

熾天使としての外見を保ちながらも、吸血鬼としての生き方を受け入れなければならない。

「使える魔法とか違ってくんだろな・・・てか、俺、竜騎士になりそこねてるしよ・・・」

現在、これといった武器も決まっていない。
エクソシストの任務中に戦闘が発生するようなことになると、非常にマズイのだ。

(将来の方向性が全く見えねぇ・・・)

そんなことを考えながら、敷地内の公園まで歩き、ブランコに乗るアイボリー。
思いっきり漕ぐと、気が晴れる。屋敷で育った子供は、知っているのだ。

「これからどーすっかな、俺」

口ではそう言いながら、徐々に高く、月に迫るのが楽しくなってくる。

「とりゃぁ!」

漕いで。漕いで。最も勢いがついたところで、アイボリーは飛び降りた。

「おっしゃ!10.00!!」
※パーフェクトの意

軽やかに地面に着地して。誇らしげに両腕を挙げた、その時。背後から、

「Bravo!」

と。予期せぬ称賛を受ける。

「サーカスの空中ブランコを見ているようだったよ」

その声は―レムリアンシードのものだった。

「・・・・・・」
(くっそー!!このタイミングはねーだろ!!)

ひとり遊びに耽っているところを目撃されたのだ。
さすがのアイボリーも恥ずかしい。

(どうせこの後シリアス展開なんだろ!?ちょっと待て!!準備できてねぇ!!)

黙って振り向かずにいると。

「口もききたくないほど、嫌われてしまったかな?」

と、レム。
指名手配の人物が、わざわざ出向いてきたのだ。このまま帰す手はない。が。
向き合わなければ会話にならないのもまた事実。
アイボリーは観念して、レムを見た。
猫のような目をした、三日月口の少年。今夜の彼は、奇妙な不気味さがあった。

「お前の方が、もともと俺のこと好きじゃなかっただろ」

アイボリーが言うと。

「その通り」

と、レム。

「君は、意外に欲がない。だから、実に、つ・ま・ら・な・い・よ」

レムの物言いにムッとして、睨む。
アイボリーとレム、ふたりの相性はあまりよくないようだ。

「まーならいねぇよ。外泊するって言ってたけど、どこに行くか聞いてねーし」
「それはそれは・・・つ・ま・ら・な・い・な」
「・・・・・・」
(二回言ったよ、こいつ)

「マーキュリー君を慰めてあげようと思ってきたのに」

レムはアイボリーの髪に手を伸ばした。

「こういうのって、選ばれた方より、選ばれなかった方が、傷ついたりしないかな」
「触んな!」

振り払おうとしたが、アイボリーの腕はレムの体をすり抜け。

「???」
(なんだ?今の?)

「ここには強力な結界が張ってあるのでね。この僕をもってしても、思念しか入り込めなかった」

つまり、実体は別の場所にあるということだ。

「君に危害を加えることもできないから、安心してくれたまえよ」
「・・・お前、何者?リヴァイアサンを召喚して、どうするつもりだよ」

アイボリーの質問に。驚きの答えが返ってきた。

「父に会いたい。それのどこが罪かな」
「・・・マジで?お前、あの、リヴァイアサンの息子なの?」
「マジで」

と、アイボリーの口調を真似て笑うレム。

「君のところの総帥にね、大切なものを奪われてしまったのだよ。父と力を合わせて、取り返すつもりだ」

そこでひとつ問題、と、レム。

「総帥の弟子であるマーキュリー君は、果たして敵か味方か」
「敵も味方もねぇよ」

と、アイボリー。
レムの話には、嘘が混じっている・・・気がする。
けれども、直感でいうならば、おおよそは真実で。
嘘がどこに隠れているのか、特定できないだけに、対応にも困る。

「君は誰を信じるかな?」

レムがアイボリーを覗き込む。

「即答できないのも無理はない。なにせ ―」

「君の周りの大人は皆、得体が知れないからね」

 

こちら、コハク。
未だに、マーキュリーとの再会を果たせずにいた。
外泊といっても、兄弟のところに居るものとばかり思っていた。ところが。
コスモクロアの3階建てから、国境の家、エクソシストの寮を訪ねても、マーキュリーの居場所はわからず。
一緒に行動していたジストでさえ、行き先を知らなかった。

「人間の友達のところだとすれば・・・この時間じゃ無理か・・・」

やれやれ、と、溜息。

「今夜は話をしたくない、ってことかな」


同じ頃・・・

「やべぇことになっちまったぜ」

屋敷に戻り、頭を抱えるアイボリー。

『明朝4時、モルダバイト西の砂漠で何かが起こるよ』

別れ際の、レムの言葉だ。見学を強要するものではない。

「・・・・・・」
(また利用されるかもしんねぇけど)

教会に知らせるかどうかも、迷う。

「でも、行かねぇ訳にはいかねーよな」

あれこれ考えている暇はないのだ。

「砂漠まで、どんくらい時間かかんだっけ?」

リビングの柱時計を見る。ちょうど3時をまわったところだった。
アイボリーが砂漠までの移動手段に選んだのは、空飛ぶ魔法の絨毯。
昔、ジストがヒスイにプレゼントしたレアアイテムだが・・・ヒスイ曰く、柄が気に入ったとかで、現在はタペストリーとして書斎に飾られていた。
それを夫婦の部屋へと運び、窓を全開にしてから、床に広げる。
そして・・・ベッドには、ヒスイ。
制服のままだが、コハクの手により、身なりはきっちり整えられていた。
あれほど艶めかしく湿っていた肌も、今はさらっとして。赤味も引いている。
淫乱セックスをした後とは思えない、無邪気な寝姿だ。

「おーい、起きろー」

無駄と知りつつ、声をかける。ヒスイは、むにゃむにゃと口を動かすばかりで、案の定、目を覚ます気配はなかった。

「・・・・・・」
(コレでも一応、一級のエクソシストだもんな)

戦力になるか、わからないが。

「一番信じられんのって・・・やっぱヒスイなんだよな」

大人であって、大人でない・・・不思議な生き物ではあるが、母親なのだ。

「とりあえず、積んでくか」

アイボリーはヒスイをベッドから引き摺りおろし、魔法の絨毯に寝かせた。

「おっしゃ!そんじゃ出発 ―」

魔法の絨毯の操作方法は至って簡単だ。
魔力のある者が“飛べ”と命じればいい。
スピードも自由自在。当然ここは、最速設定で。
窓から外へと飛び出し、空高く上昇。

「全速前進!!」

という、アイボリーの声に従い、砂漠の方角へと向かう。
速度が増すごとに、風当たりが強くなり。
パタパタ、ヒスイのスカートがはためく。

「よっしゃ!このまま一気に行くぜ!」

「毛糸のパンツ丸見えだけど、許せ!!ヒスイ!!」


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