World Joker/Side-B

62話 劣情の檻



コハクとセレがヒスイの元に到着した時分まで、話は遡る ―
魔界の空を翔ける竜。その太い首元には、ひとりの少年が跨っている。
一路、幻獣界を目指す、レムリアンシードとアイボリーだ。

「君が契約を渋るから、遅くなってしまったじゃないか」

と、レム。

「結局オレ、人質と変わんねーだろ」

アイボリーが言い返す。

「当たらずとも遠からず・・・かな。君の周りは厄介な人物が多いからね。いざという時の“切り札”は持っておきたい。それに・・・」

「君を乗せていれば、魔界の空も自由に飛べるし」
「?なんでだよ」
「その金髪が偽物でも。君が、熾天使の子であることに変わりはないから。熾天使を恐れて、上級悪魔はまず手出ししてこない。僕もそこそこの位は持っているけれど、僕より格上の悪魔と出くわすと面倒だからね。君を乗せていると、移動が楽なのだよ」
「・・・打算しかねーじゃんか」

と、呆れ顔のアイボリー。
するとレムは、口癖らしき、例の言葉を述べた。

「悪魔なんて、そんなものさ」
 


幻獣会本部の屋上では。
ベッドを譲ったマーキュリーがひとり、魔界の空を見上げていた。
向かい風に、銀の髪を撫でつけられながら。

「・・・・・・」
(本の中に閉じ込められた時は、どうなるかと思ったけど・・・)

第3者の手にかかれば、何ということはなく。
本を開いただけで、出入り自由となった。

「・・・・・・」
(お母さんと2人きりは、想像以上にキツかった・・・)

まさに、劣情の檻。今もなお、心が囚われたまま。

「・・・もっと苛めておけばよかったな」
(お父さんとセックスをしていても、僕のことを考えるくらい、徹底的に・・・)

「・・・何をするつもりだよ」

思わず、自分で自分にツッコミを入れる。

「・・・・・・」
(女の子に優しくするのは簡単なのに・・・)

「あのひとだけは・・・だめだ」

マーキュリーが、ぼそりと呟いた、その時。

「まー!!!」

魔界の闇に響く声。

「あー・・・くん?」

アイボリーを乗せた竜が、こちらに向かってくる・・・が。
建物から数メートルほど離れたところで進行が止まった。
以下数行、アイボリーとレムのやりとり。

「おい、どうしたんだよ」
「これ以上は近付けないな。この塔には結界が張ってある」
「ここまできて、そんなのあるかよ!!どうにかなんねーの?」
「残念ながら」
「・・・お前って、諦め早いよな」
「悪魔なんて、そんなものさ」
「またそれかよ・・・」
「あーくん、どういうこと?」

マーキュリーが尋ねると。

「あ、こいつ、レム」
「・・・・・・」
(この竜が、レム先輩だって?)

「調子はどうかな?」

と、竜が喋る。

「調子?」

マーキュリーは怪訝な表情で復唱し。

「普通です」

と、答えた。

「そうだ、丁度良い機会だから、君に伝えておこう」

続けて竜の口が動く。

「よく僕等で、ティーパーティをしただろう?」

かつての、オカルト研究会での話だ。
悪魔学の本を貪り読む傍ら、レムに何度かお茶を振る舞われたことがある。
それをティーパーティと呼ぶのなら、そうなのだろうが・・・

「マーキュリー君にご馳走したお茶に、リヴァイアサンの血を混ぜた」
「・・・なぜそんなことを?」
「聞かずとも、わかっているのではないかな」

それは・・・嫉妬心を増長させるため。
レムにとっては、ほんの遊びだった。
効果はせいぜい2〜3か月で。
大量に出血さえしなければ、気付かれることもないという。

「君には“素質”があるようだからね。期待しているんだよ・・・今も」
「お前っ・・・まーになんてことしてくれんだよっ!!」

マーキュリーに代わり、アイボリーが怒りをぶつける。

「まーはな!ただでさえヤンデレ気味なんだぞ!!これ以上こじらせてどーすんだよ!!」
「・・・あーくん、あんまり余計なこと言わないでくれる?ヤンデレ?何それ」

「僕は、病んでなんか、いないよ?」

にっこり笑うマーキュリー。

「!!」
(まーが怒った!!)

双子なので、この笑顔の意味はわかる。
本来、レムに向かうはずの怒りの矛先が、アイボリーに向いていた・・・

『いずれここは戦場になるだろう。リヴァイアサンが近付いてきている』

そう言い残して、レムは去った。※アイボリーも連れていかれました。


そして、現在 ―

「まーくん」

名前を呼ばれて振り返る。マーキュリーはまだ屋上にいた。

「お父さん?何か?」

早々に、コハクが話を切り出した。

「僕の血を飲んだあと、ヒスイが体調を崩しちゃってね」
「お母さん・・・が?」
「うん。“飲み合わせ”が、良くなかったみたいなんだ」
「!?」
(まさか・・・先に僕の血を飲んだせいで・・・)

レムから話を聞いていたので、すぐに思い当たった。
また、コハクがそれを確認しにきたことも、瞬時に理解できた。
マーキュリーは瞳を伏せ。

「・・・部活動中、リヴァイアサンの血を口にしました。すみません」
「原因がわかれば、それでいいんだ」

コハクは努めて穏やかに言った。

(やっぱりリヴァイアサンの血か・・・僕の血とは相性が悪い。ただ・・・)

めまぐるしく考えを巡らせていると。

「よっ!どうしたんだよ、みんな揃って」


司書代理が姿を見せた。相変わらず・・・クマだ。

「メ・・・・・・目が、可愛いクマだなぁ」

と、早足で歩み寄るコハク。

「ヒスイの好きなぬいぐるみにそっくりだ。ははは!」

笑いながら、司書代理の頭を掴む。

「おいおい、何、殺気立ってんだよ。ヒスイになんかあった?」
「なんかあった?なんてもんじゃないですよ。今すぐ来てください」

容赦なく、司書代理を引き摺ってゆくコハク・・・無論、セレも一緒だ。
マーキュリーも後に続いたが・・・ふと司書代理の背中が目についた。

「・・・・・・」
(チャックがある・・・)

・・・どう考えても、着ぐるみだ。
 

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