World Joker/Side-B

63話 禁断愛シンドローム




「とにかく落ち着けって」
「ははは!それは無理です」

と、コハク。
クマの着ぐるみが、引きちぎられそうな勢いで連れられてゆく・・・

「わかってると思うけどさ」

クマの着ぐるみ・・・もとい、司書代理が言った。

「注射器一本ありゃ、治せるから」

リヴァイアサンの血を中和するには、ベヒモスの血が一番なのだ。
その、ベヒモスの血の所有者がここにいる・・・セレだ。

「災い転じて、何とやら、だな」
「・・・ですね」

司書代理とコハクが、揃ってセレを見る。
当のセレはというと。

「困ったおじさんでも、お役に立てて何よりだよ」

ちょっとした皮肉を交え、笑った。
本の中の監獄に戻ると、早速、セレの血を採取し。

「んじゃ、治療に取り掛かるから」

司書代理は、皆に席を外すよう言った。
が・・・

「母が体調を崩したのは、僕の責任でもあるので、残ってもいいですか」

そう、マーキュリーが申し出る。
司書代理は、少しの間考えてから。

「いいよ」

と、答えた。
こうして、ヒスイの傍らには、司書代理とマーキュリーが残った。
セレの血をヒスイに注射すると、顔色がみるみる良くなり。
いつもの暢気な寝姿と同じになって。

(良かった・・・)

マーキュリーも心底ホッとする。

「30分もすりゃ、目、覚めんだろ」
「ありがとうございます」

謝礼を述べたあと、改めて、クマの着ぐるみを見つめるマーキュリー。

「・・・・・・」
(中身はやっぱり・・・)

これまでの言動や、コハクに対する態度から、正体の見当はついていた。
幼い頃の記憶しかないが・・・
マーキュリーはクマの着ぐるみを

「お祖父さん」と、呼んでみた。すると。
「ん〜」ユルい返事がかえってきた。

「なぜ着ぐるみを?」
「大人の事情ってヤツ」
「そうですか」
(これ以上は聞かない方がいいのかな、でも・・・)

セレを巡る状況は、ある程度、把握している。

「総帥はなぜ、対の悪魔・・・リヴァイアサンを食べないんですか?」

最たる疑問を口にするマーキュリー。

「さあな」と、メノウは一度、とぼけたが。

「これ以上、人間離れしたくないんだろ。あいつもさ、“人間であること”に固執してるから」
「だけどこのままじゃ・・・」
「そろそろ死んでもいい ― と、思ってんのかもな。っても、迷わず死を選択できる奴なんて、そうそういるモンじゃないけどな」
「・・・・・・」
(総帥の心がまだ決まっていないなら)

ここを戦場にする訳にはいかない。

「・・・・・・」
(レム先輩なら、リヴァイアサンの動向に詳しいだろう。合流した方がいいかもしれない。たぶん、ここからそう遠くない場所にいるはず・・・)

マーキュリーが黙っていると。

「俺は、ヒスイの容体をコハクに説明してくるから」

と、メノウ。
最後にマーキュリーはこう尋ねた。

「幻獣会の結界は、入ることができないようですが、出ることはできますか?」
「できるけど。ま、無茶はすんなよ」
「・・・・・・」

静かに歩き出すマーキュリー。
ところがその時。

「まーくん!?ちょっとまっ・・・どこ行くの!?」

予定より随分早くヒスイが目を覚ました。

「わ・・・!?」

慌ててベッドから降りようとしたところ、足が縺れ。
前のめりに転んだ拍子に、捲れるスカート。
パンツはまだ穿いていなかった。
ヒスイはお尻を出したまま、倒れている。

「・・・・・・」

基本王子気質なので、放置することもできず。
マーキュリーは、一旦、ヒスイのもとへ戻った。
捲れたスカートを直し、

「大丈夫ですか?」と、体を起こす・・・と。
「つかまえたっ!」

いきなりマーキュリーに抱きつくヒスイ。

「名付けて!死んだフリ作戦!!」

得意気に言って、笑う。

「・・・・・・」
(死んだフリ?さっきまで本当に死にそうになってたくせに?)

ヒスイらしいといえば、ヒスイらしい。

(本当に、懲りないひとだな)

つい、笑ってしまいそうになるが、そうすることで、愛しい気持ちが大きくなるのを知っている。
マーキュリーはあえて素っ気ない態度で。

「・・・離してください」
「やだ。どこかへ行く気なら、私も行く」
「折角、お父さんと会えたのに?僕と来るんですか?」
「お兄ちゃんも一緒じゃダメなの???」
「駄目です」

そこまで話して・・・自覚する。

(これが、独占欲か・・・嫌だな・・・)

ヒスイに対する歪んだ感情は、これからもっと増えてゆくのだろう。

「まーくん???どうしたの???」
「・・・・・・」

観念したような溜息を漏らすマーキュリー。
それから、ヒスイを引き剥がし、その両肩を掴んでこう告げた。

「心を奪われるということは、命を奪われるということに等しい」
「あなたは、僕を殺す気ですか ― お母さん」



 
ページのトップへ戻る