64話 狼の甘噛み
「あの・・・まーくん・・・」
ヒスイの恋愛力では、到底理解できない告白。
ただそれでも、考えを放棄するつもりはないらしく。
「ごめん、もう一回・・・」
そう、口にした・・・が。
「言いませんよ。もう、二度と ―」
マーキュリーは視線を落とし、そのままヒスイを抱きしめた。
「まーく・・・!!?」
首筋に唇が触れ、次に、痛みが走る。
ほんの一瞬だが、歯を突き立てられ、そこに薄く跡が残っていた。
「な・・・に???」
あまりに突然の出来事に、ヒスイは「痛い」とも言えなかった。
「噛み付くぐらい、させてください」
顔を上げ、微笑むマーキュリー。
「これでも、甘噛みなんですよ?」
「・・・さようなら、お母さん」
ヒスイを置き去りに、マーキュリーは姿を消した。
それから間もなく・・・
茫然としているヒスイの前に、クマの着ぐるみが現れた。
なんとなく、こうなる予感がしたため、部屋を出るフリをして、様子を窺っていたのだ。
「・・・あれ?クーマン」と、ヒスイ。※勝手に名前をつけました。
「・・・・・・」(クーマン?俺のこと?)
もはや父親どころか、幻獣扱いされている。
(・・・ま、いっか)クマの着ぐるみの下、苦笑いだ。
「それにしても、見事に噛み付かれたなぁ」
「うん、なんか・・・痛い」
「・・・治してやろうか?」
クーマンこと、メノウが言った。
(たいした傷じゃないけど、コハクに見つかると、こじれそうだしな)
するとヒスイは、案外しっかりとした口調で。
「ううん、いい。私もまーくんに噛み付いて、無理矢理、血飲んだから。おあいこだよ」
「・・・・・・」
(相変わらずズレてんな〜・・・)
傷跡に込められた想いに、ヒスイは気付いていなかった。
「・・・まーが言ったこと、意味わかった?」と、クーマン。
『心を奪われるということは、命を奪われるということに等しい』
「それってさ、命をかけて愛するって、言ってるようなもんだろ」
その解説に対し、ヒスイの口から、思いがけない言葉が出た。
「え?でも・・・命をかけて愛するのは、普通、親の方じゃないの???」
「・・・ま、そうなんだけどさ」
解釈が、根本的に違うのだが。
ヒスイにしては切り口が鋭い。
「・・・・・・」
(今のはむしろ、俺に効いた)
「・・・やっぱりよくわからないわね」
ヒスイは少々むくれた顔で呟いた。
「とにかく、パンツ穿いてから考える!お兄ちゃんはどこ!?」
そう言って、立ち上がった途端、ひどい眩暈を起こし。
ふたたび倒れかけたところを、クーマンが抱きとめる。
「まだ本調子じゃないだろ?コハクの血、たっぷり飲んで、少し休まないと、どのみち動けないって」
血液のバランスとでもいうのだろうか・・・それがまだ万全ではないのだ。
クーマンの腕の中、ヒスイは意識を失っていた。
幻獣会を背に、マーキュリーはひとり、夜の荒野を歩いていた。
「・・・・・・」
(総帥との誤解も解かないまま、あんなこと言ったって、伝わるはずがないんだ)
ヒスイが、人一倍鈍い。
(それもあるけど・・・そもそも、親子の間でする話じゃない)
そこまでわかっているのに。
「・・・・・・」
(口の中に、あのひとの味が残ってる・・・)
余韻に浸らずにはいられない。
いつもの甘い匂いもさることながら、癖になりそうな味だった。
「・・・兄さん達も、そうなのかな」
こちら、人間界。モルダバイト西の砂漠では。
オニキスに寄りそう猫が一匹。
ペロペロペロ・・・懸命にオニキスの頬を舐めている。
「シトリン・・・か?」
「オニキス殿!!」
全快ではないにしろ、ヒスイの体調が快方に向かったことで、オニキスもまた意識を取り戻した。
「良かったっ!オニキスのおっちゃん、目覚めたみたいだっ!」
と、ジスト。
続けて、隣にいるトパーズに言った。
「ねぇ、兄ちゃん。オレ達にも、何かできることないの?」
“神”が、多くのことに関与するのは、決して良いこととはいえないが、性格的にじっとしていられないのだ。
するとトパーズは、一枚のメモをジストに渡し。
「だったら、これを用意しとけ」
「!!兄ちゃん!これってもしかして・・・」
「さっさと行け」
「了解っ!!」