World Joker/Side-B

73話 トリックハートウィップ




こちら、地上。
マーキュリー、ヒスイサイド。
身長の都合で、傘を持っているのはマーキュリーだが。
ありとあらゆる攻撃を無効化するそれを創り出したのは、ヒスイだ。

“空から降ってくるものなら、傘を差せばいいでしょ?”

剥がれ落ちてくる鱗もそのひとつだが、炎を纏った岩石や、火の粉・・・どんなに受けても、衝撃すらなく、傘に触れた瞬間に消滅してしまうのだ。
そのうえ、傘の周囲に結界を張っているらしく、灼熱地帯に立っていても、熱くも何ともない。

「・・・・・・」
(簡単な魔法じゃないのに)←マーキュリー、心の声。
(もしかしてお母さんって・・・やればできる子?)

修業中、セレがヒスイを絶賛していたのを思い出す。
その時は全く信じなかったが、イフリートを瞬間凍結させた件も含め、ヒスイは驚きの魔法をぽんぽん使うのだ。

「ところで・・・何をしてるんですか?お母さん」
「何って、準備体操。お兄ちゃんがいないから、私が頑張らないと」

屈伸、アキレス健伸ばし、手足ブラブラ。
それから、リヴァイアサンを仰ぎ見て。
状況は有利―と、ヒスイが言った。

「リヴァイアサンは、海の悪魔だから。ここでは実力を発揮できないの」

内臓の一部が地獄と繋がっているため、その炎を利用しているだけで、本来の戦い方ではなく。
体も実際の大きさの半分しかない。
しかも今は、アイボリーのトリック技によって、神の紋様との睨めっこが続いていた。

「なんでか知らないけど」と、ヒスイ。
「今のうちに麻酔魔法を打ち込むわ。まーくんは下がってて、危ないから」
「大丈夫です。1年間、修業したので」
「あ、そう。なら・・・ん?1年???」
「はい」

にっこり、マーキュリーが笑顔で頷く。
・・・バトル系ファンタジーでは定番の、時の流れが異なる修業の場。
1週間を1年として。
マーキュリーはそこで過ごしたのだ。

「試験では不自然がない程度に、と、総帥に言われていたので」

力をセーブしていたとも取れるマーキュリーの発言に。

「えーと、じゃあ、10秒。完全にリヴァイアサンの動きを止められる?」

ヒスイが尋ねる。

「はい」

マーキュリーは返事をして、鞭をひと振り。
するとそれが生き物のように動き出し。
深く地中へと潜り、細かく枝分かれしてゆく。
見た目に反して強靭なそれは、途中で切れることも、焼かれることもなく、リヴァイアサンに忍び寄っていった。

「―包囲できました。いつでもどうぞ、お母さん」
「そう、じゃあ」

ヒスイが、ハートを冠した魔法のステッキを掲げると。
瞬時に、ライフルへと変形した、が。
ハートのモチーフはそのままで、メルヘンな装飾。
長い銃身が白銀の輝きを放つ中、花やら天使の羽根やらが舞う。
魔法少女スタイルは相変わらずだ。
むしろグレードUPしている。

「あーくん!離れて!!」

ヒスイの声に反応し、アイボリーを乗せたタラスクスが急上昇する。

「まーくん!今よ!!」

地中に潜んでいた無数の鞭が、一斉に地表を突き破り、リヴァイアサンの体を拘束し。

ドン!ドン!ドンッ!

弾丸として発砲したヒスイの麻酔魔法が命中する。
1/2スケールの巨体が横倒しになるところを眺めながら、ライフルをステッキへ戻すヒスイ。

「麻酔が全身に回るまで、暴れるかもしれないから、気を付けて」
と、マーキュリーに声をかけるが。
予想外の答えが返ってくる。

「お母さん!スカートに火が!」
「え?」

何かの拍子に飛び火したらしく、スカートの裾が燃えている。

「熱ぅぅっ!!」

両手でお尻ごと叩いて何とか火を消すも。

「わ・・・」

ヒビ割れた地面に足を取られ、ひっくり返りそうになる。

けれどもそこで。
背後からしっかりと抱き止める者が現れた。
 

「オ・・・ニキス?」
 

精神世界以来の再会だ。

「ヒスイ、無事か」
と、訊いてすぐ、そうではないことに気付くオニキス。

「火傷をしているのか」

ヒスイの手首を掴み、眉を寄せる。

「あ、うん。お尻に火が付いちゃって。それ消してたら、火傷しちゃった」

見ると、焼け焦げたスカートはボロボロで。
だいぶ丈が短くなっている。

「・・・そこも火傷したのか?」
「うん。自分じゃよく見えないけど、ヒリヒリする」

すると、そのタイミングで。

「これを使って下さい」

マーキュリーが傷薬を差し出した。
オニキスに、だ。

「教会支給のもので、大抵の傷ならすぐに治ります」

「それは有難いな」
と、オニキスは傷薬を受け取り。

「ヒスイ、こちらへ」
「うん」

ヒスイを懐に抱き込み。
傷の具合を調べるため、片手をスカートに入れる・・・が。

「・・・・・・」

いきなり、生の手触り。
マーキュリーが介抱を押し付けてきた理由がわかった。

「・・・下着はどうした。コハクが届けた筈だろう」

尋ねた途端、ヒスイの顔が赤くなる。

「うん、届けてくれたんだけど・・・その・・・穿いてる・・・よ?」
「・・・そうか」
(そういうことか)

いい加減、長い付き合いだ。
恥ずかしい事情は察する。

「とにかく薬を塗るぞ」
「ん・・・」
 

僅かに遅れて、コハクが到着した。
上空から、ヒスイの姿を発見し、安心したのも束の間・・・

「・・・・・・」
(何がどうなって、こういうことに・・・)

傷薬の匂いで、オニキスが手当てをしているのはわかるが。
スカートの下で動く手。時折ヒスイが声を漏らし。
涙目で、オニキスのシャツを掴む。
・・・妙にエッチな雰囲気だ。

(あの様子だと、お尻に火傷をしたみたいだけど・・・)

どの程度なのか、気にかかる。
速度を上げて、ヒスイのもとへ向かうコハク・・・ところが。

丁度その時。
麻酔魔法に抗うように、リヴァイアサンが暴れ出した。
それにより、進路を遮られたコハクは。

「邪魔だよ」

一言、そう言って。
リヴァイアサンの首を斬り落とした。
・・・斬り落としてしまったのだ。

「あ・・・」
(しまった)
と、思ったところで、もう遅い。
軽く振り払ったつもりだったのだが、ヒスイのことしか頭になかったため、力加減を間違えた。
リヴァイアサンの首と胴体は見事に分かれ・・・そして、動かなくなった。

「う〜ん。どうしようかな」

空中で一旦停止し、コハクが呟く。

(死なれると・・・まずい)



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