74話 狂おしく愛おしい
ヒスイの怪我は如何なる時でも軽視できない。
しかし。このままリヴァイアサンが滅びれば・・・
(たぶん、ヒスイの望まない結果になる。治療は・・・よし、終わってるみたいだ)
そこまで見届け。
コハクは、ヒスイのすぐ隣に着地した。
「お兄ちゃん!早く首くっつけないと・・・」
と、コハクを見上げるヒスイ。
「そうだね」
相槌を打ったあと、コハクはオニキスに向け、言った。
「すいません。首、縫い合わせるんで、手伝って貰えますか?」
コハクの口調はいつもと変わらないものだったが、事の重大さを理解しているオニキスは「わかった」と、腕まくり。
上空にいたアイボリーは。
「ヒスイが怪我してたから、やると思ったんだよなー」と。
人型に変化したレムと共に地上へと降り立った。
こうして集結したメンバーは・・・
コハク、オニキス、ヒスイ、マーキュリー、アイボリー、そして、レム。
困ったことに、回復魔法が得意な顔ぶれではなかった。
まずは二手に分かれ、離れた首と胴体を接合。
それから、マーキュリーの鞭の能力でざっくり仮縫い。
コハクは、ソーイングセットを所持していた。
以前、自分の分身に斬られ、死に目にあって以来、持ち歩くようにしていたのだ。
糸には無限に使える呪法が施してある。
更にオニキスが強化魔法を重ね掛けし。
それぞれ、針を手に、配置について縫い始める。
・・・ただし、ヒスイは除外されていた。
リヴァイアサンを縫うのは力仕事だから〜と、コハクに針を持たせて貰えなかったのだ。
手持ち無沙汰となったヒスイは、作業をしているコハクの背中にべったり張り付き。
それから間もなく。
「切り口が灰になってきてます」と、マーキュリーの報告が入った。
「コハク。お前、何をした」続けて、オニキスが追及する。
「特に何も?ただの衝突事故です」と、コハクはシラを切ったものの。
すべてを灰と化す剣技を用いた気もする・・・うっかりでは済まないレベルだ。
「なー・・・」と、そこでアイボリー。
「回復魔法が得意な奴、呼んだ方が早くねぇ?」
尤もな意見だが・・・皆、黙る。
連絡用の携帯電話は、電池切れだったり、そもそも不携帯だったりで、誰ひとり使い物にならないのだ。
「父はもう長くない。総帥を呼んだ方が良いのではないかな」
息子であるレムがそんなことを言い出して。
いよいよ、場の空気が重くなる。
リヴァイアサンが滅びれば、封印は不可能となるからだ。
そんな時だった。
「よっ!待たせたな!」
幻獣クーマンの声・・・だが。
そこに立っているのは、セレのみで。
右手の手錠の先は、クマの抜け殻となっていた。
「!!ク・・・クーマンが・・・」
なぜかヒスイは、リヴァイアサンの首が飛んだ時よりショックを受けている。
コハクから離れ、ふらふらと歩み寄ったところで。
「お母さん、しっかりして下さい。今はそれよりも ―」
マーキュリーに諭され。
本来すべきことを思い出す。
「そうだ!セレ!早くっ!こっち!」
セレの腕を引き、延命治療真っ最中のリヴァイアサンのもとへ案内する。
焦るヒスイとは対照的にセレはのんびりとした様子で。
「おや、なかなか面白いことになっているね」
敵も味方もなく、リヴァイアサンの命を繋ぐことに尽力している者達を眺めて言った。
「見ればわかるでしょ!」
切迫した事態であることを訴えるヒスイ。
「何考えてるのか、知らないけど」
と、セレを睨む・・・が、その顔はむしろ愛らしく。
本人の意思とは裏腹に、緊張感に欠ける。
「セレはまだ死ぬ訳にはいかないでしょ!?」
「なぜそう思うのかね」
「まーくんがいるからに決まってるじゃない!!」
「ちょっ・・・何笑ってるのよっ!!」
誰も誤解を解かないまま、ついにここまできてしまった。
低く屈み、ヒスイと目線を合わせるセレ。
大きな手をヒスイの頬に添え、小さな子供に言い聞かせるように。
「私はね、ヒスイ―」と、話し始める。
それとほぼ同時に。
「迷ってるの?」
ヒスイが言葉を被せ、じっとセレを見つめた。
「アレを“食べた”くらいで、何が変わるっていうの?ちょっと寿命が延びるだけでしょ?セレが人間だってことぐらい、わかってるわよ。私が・・・」
そこまで言ってから、オニキスのところへ走ってゆき、手を握る。
「どうした、ヒスイ」
オニキスの問いには答えず、ヒスイはセレに向け話を続けた。
「私がうーんと長生きして、思い知らせてあげるわ!」
「セレは普通の人間なんだってこと!」
“いいよね?”
オニキスの手を強く握るヒスイ。
(何事かと思ったが・・・)
眷属であるオニキスの承諾を得るためだったのだ。
(そういうことならば・・・)
狂おしいほどの愛おしさを胸に。
オニキスは迷いなくヒスイの手を握り返した。
つまり、それが返事だ。
するとヒスイは再びセレを見据え。
「だから!早くソレ食べちゃいなさいよ!!」
と、リヴァイアサンを指差した。
その一方で・・・
コハクの背後に立つのは、メノウだ。
着ぐるみを捨てることで、簡単に手錠の拘束から逃れることができた。
「その辺は、お前の気遣いだろ?」
「ええ、まあ」
そう答えるコハクの肩に、メノウは腕を回し。
「妬ける?」
二人の目線の先には、しっかりとヒスイの手を握るオニキスの姿。
「いえ、全く・・・というのは嘘ですけど」
と、コハクが苦笑いする。
「あそこは、僕が立つ場所じゃありませんから」
「ま、そうだよな」
「ところでメノウ様」
「ん?」
「そろそろ出番じゃないですか?」