番外編
彼女が彼を拒む理由
「失敗は萌えのもと」の後日談となります。前編と後編はテーマが違うためストーリーに一貫性はありません(汗)どうかあしからず。
[前編]
モルダバイト某所の居酒屋。
「今年はママがね、盆踊りの音頭歌ってるんだって」
と、話すスピネル。
「あの子がかい!傑作だね!!」
と、笑うのはカーネリアン。
スピネルにとっては一応母親。
カーネリアンにとっては可愛い妹分。
2人の酒の肴になるのは、やっぱり“ヒスイ”である。
「夏祭りにはウチの子供等連れてくよ」
ウチの子供等・・・とは、義賊ファントムで保護している孤児達のことだ。
夏祭りは学校行事であるため、基本的には関係者以外立ち入り禁止。
けれども、毎年ファントムの子供達も参加し、賑わっている。
「ああ、トパーズの奴がさ、取り計らってくれんだよ」
「兄貴が?」
「毎年、必ずさ。あれで結構義理堅いんだよ」
トパーズの話になると、カーネリアンは甘い顔をする。
そして。
「ったく、普段は連絡のひとつもよこさないで」
まるっきり母親のような愚痴を言った。
「兄貴ってそんなにファントムと縁があるの?」
興味深げにスピネルが尋ねる。
「ガキの頃からウチに出入りしてたからね」
そのためファントムに顔見知りが多いのだという。
「あの子にとっちゃ、ヒスイは高嶺の花だったから、他に甘えられる相手もいなくて、しょうがなくアタシんとこ来てたんだろうけど」
「・・・ノロケに聞こえるよ、それ」
苦笑いで、ウイスキーを飲むスピネル。
「少し酔ったみたい」
ネクタイを緩め、上目遣い。
イケメンのオーラ全開で、テーブルの空気を変えた。
すると・・・
「嘘つきなさんな」
そんなスピネルの鼻をひとつまみしてから、カーネリアンがそそくさと席を立つ。
お開きにするつもりなのだ。
しかしそこでスピネルが、手首を掴んで引き止めた。
「待って」
「口説かせてもくれないの?」
「はっ!何、血迷ったこと言ってるんだい!」
きつい口調で突っ撥ねるカーネリアン・・・2人で飲みに行く度、もう何度もこのやりとりを繰り返していた。
そうして、ついにこの夜、カーネリアンは言った。
「結婚して、子供産んで。そういうのが、当たり前じゃない女だっているんだよ」
「カーネリアン?」
あくまで穏やかに、スピネルが瞬きする。
「とにかく、アタシは恋愛に向かないんだ。だからもういい加減、馬鹿なこと言うのやめとくれ」
深夜、離島コスモクロア。
トパーズの住処に、かなり酔った様子のカーネリアンが転がり込んできた。
しかも窓から。入室の許可も得ずに、だ。
「酒くさいぞ、ババア」
トパーズは目もくれず、机に向かっている。
「なんだい、なんだい、ヒスイなら喜ぶくせにさ」
写真立ての中にいるヒスイを横目で見ながら、トパーズに接近。
酒豪のカーネリアンが、こんな悪酔いをするのは初めてかもしれない。
「絡むな。仕事の邪魔だ」
「ちょっとくらいいいだろ」
カーネリアンは、トパーズの口元から煙草を奪い、それを咥えた。
「・・・話があるなら聞いてやる。それで気が済んだら、さっさと帰れ」
仕方なくトパーズが応じると、カーネリアンは少しの沈黙の後、言った。
「・・・あんたの弟、趣味悪ぃよ」
「・・・・・・」
トパーズは黙って席を離れ・・・バスタオルを手に戻ってきた。
それを乱暴にカーネリアンへと投げ付け。
シャワールームの場所を告げる。
「先に酔いを醒ましてこい」
それから30分・・・
「頭ん中まで酒が回っちまったみたいだよ」
悪かったね、と、謝罪するカーネリアン。
トパーズは煙草を吹かしながら、鼻で笑って。
「それで何だ?恋愛相談か?」
「笑わせんじゃないよ。アタシゃもうババアさ」
外見年齢は30代半ばの熟女・・・セクシャルな美しさは衰えていない、が。
「・・・アンタはさ、どうせ知ってんだろ?スピネルに言ってやりゃいいんだ」
というカーネリアンの言葉に。
「だがそれは、あいつを退ける理由にはならない」
トパーズがクールに答える。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
お互いはっきりと口には出さないが・・・
一般の吸血鬼には、決まった繁殖期間がある。
齢100を超えたカーネリアンは、繁殖力を失くした吸血鬼なのだ。
「・・・若がえらせてやろうか」と、トパーズ。
「余計な気、回すんじゃないよ、ガキのくせにさ」
カーネリアンは伏せ目がちに笑って。
「“神”の力を借りるなんざ、まっぴら御免だね」と、気丈に語った。
「アイツを想って、生きてきた日々をチャラにされてたまるか、ってんだ」
亡くなった恋人を今も変わらず愛していると胸を張って。
「何の悔いもないよ。むしろ、女の誇りだと思ってるさ」
「だったら―」
トパーズはカーネリアンを見据え、言った。
「もっと堂々としてろ。あいつと向き合え」
「・・・わかったよ」
苦笑いで肩を竦めるカーネリアン。
「気が済んだら、さっさと帰れ。オレは忙しい」と。
次の瞬間、トパーズにベランダへと追い出される。
「・・・・・・」
コスモクロアは避暑地で。
夏でもかなり涼しい。
夜風に当たっていると、ますます頭が冷えてきた。
「・・・“女の誇り”なんて言っときながらさ」
頑なに口を噤んで、ずいぶん長い間、スピネルの気持ちをはぐらかしてきた。
「しょうがない女だね、私も」
単純な真実を打ち明けられなかった理由を、トパーズに見抜かれたうえ、気まで遣わせて。
「馬鹿と天才は紙一重ってよく言うけど、意地と誇りも似たり寄ったりなのかもしれないねぇ・・・」
夏祭りの夜―
スピーカーからヒスイの音頭が流れ出す。
歌歌唱魔法の使い手だけあって、それは聴く者すべてを楽しい気分にさせた。
やぐらの下で輪を作り、大人も子供も夢中になって踊っている。
会場となっている校庭には沢山の屋台が出店している。
特にお好み焼き屋は大盛況で、例年にない賑わいだ。
その片隅で。浴衣の男女が向き合っていた。
「アタシは高齢で・・・もう子供は産めない。この意味、わかるだろ?」と、カーネリアン。
「長い間、黙っててすまなかったね」と続け、深く頭を下げた。
「さっさと言っちまえば良かったんだ・・・けど、こんなババアでも、女の意地があったみたいでさ」
「・・・・・・」
「まあこれでアンタも考え直して・・・」
「・・・・・・」
スピネルは、自分が恋愛対象にされなかった理由を知って、さすがに驚いた顔をしたが・・・
「・・・あの人、知ってる?」
と、サファイアを指差した。
堕天使にしてPTA会長のサファイアは、子供達と一緒に盆踊りをしていた。
「職場の同僚・・・というか、大先輩なんだけど。あの人も、アレキを・・・世界蛇ヨルムンガルドを、息子として育ててる。シングルマザーだよ」
明るく逞しく・・・些かファンキーな笑い声が、ここまで聞こえてくる。
「“世界”には、いろんな女性がいるって、わかってるつもりだよ?」
スピネルは、視線を再びカーネリアンに戻した。
「子供を産んでも母親になれない人がいるみたいに、子供を産まなくても母親になれる人がいる。ファントムで子育てを続けているあなたの生き方は―」
きっと、正しい。
「カーネリアン?どうしたの?」
カーネリアンは下を向いたまま、顔を上げようとしない。
「女泣かせだね、アンタ」
そう言った声が震えていた。
「できれば、いつもみたいに笑って欲しいんだけど・・・無理なら、そのままでいいから聞いて」
「・・・・・・」
「改めて―」
ボクとお付き合いしていただけますか?
[後編]
同日―国境の家。
「ただいま」と、スピネル。
(オニキス、帰ってるのかな?)
仕事で遅くなるかもしれないと聞いていたが、玄関に明かりが灯っていた。
2階の部屋の扉は開いていて。見えるのは、オニキスの背中。
佇んで、プラネタリウムの模型を感慨深げに眺めていた。
プラネタリウムは明日が公開日となる。
思うところがあるのだろうと、背後から近づく一方で、声をかけるのを躊躇ったが・・・
「スピネルか」
視線を軽く後ろに流し、オニキスは言った。
「ごめん、邪魔しちゃったね」
「いや、構わん」
オニキスがそう答えると、次の瞬間、背中にスピネルの体温を感じた。
額を寄せているのだろう・・・首の後ろに前髪が触れる。
「・・・どうだった、夏祭りは」
「んー・・・楽しかったよ」
「そうか」
スピネルの異変に気付きながらも、オニキスはただ一言そう言って。
静かに話の続きを待った。
するとしばらくして。
「カーネリアンに告白したんだけど、フラれちゃった」
失恋を報告するスピネル。
「今までは言う隙すらなかったから、結果はどうあれ、ちゃんと聞いて貰えて良かったと思う」
その口調はしっかりしていて、心配を煽るものではなかった。
涙の気配もない。
「上手くいかなかったの、オニキスのせいだよ」
続けて、スピネルが冗談っぽくそう口にして。
「ああ・・・そうだな」
全面的にオニキスが話を合わせる。
これもひとつの思いやりだ。
「くす、意味わかってるの?」
何の説明もなしにわかる筈がない。
スピネルは笑って、オニキスの髪の匂いを嗅いだ。
自分と同じ匂いがして、気持ちが安らぐ。
「顔が好みじゃないんだって。目の細い、三枚目じゃないと駄目らしいよ」
「それはどうしようもないな」
目の細い三枚目とは、カーネリアンの過去の恋人そのものだ。
オニキスは苦笑した。
「ボク、オニキスに似て、カッコ良くなりすぎちゃったみたい」と。
父親であるオニキスの前では、スピネルも口が減らない子供に戻る。
「責任、とってくれる?」
「どうして欲しい?」
「・・・ずっとここで暮らせたら、それでいいかな。男の2人暮らしって、なんか誤解されそうだけど。それでもいいや」
と、また笑うスピネル。
オニキスも一緒に笑った・・・が。
「・・・・・・」
こんな風に、男が男に甘えるくらいだから、少なからず失恋のショックはあるのだろう。
それでも。
(人を笑わせようとするとは・・・大したものだな)
「そういえば・・・明日、ママとデートでしょ?」と、スピネル。
「ああ」
「オニキスも、頑張ってね」
翌日―プラネタリウム会場。
「オニキス!お待たせ!」
待ち合わせの時間より10分早くヒスイがやってきた。
一応デートと名のつくものだけあり、ヒスイ1人だ。
小花柄の水色サマードレス。
緩く髪を編んだ姿は、オニキス好みでキュンとくる・・・しかし。
それどころではない、大きな問題が。
「・・・・・・」
(どういうことだ、これは・・・)
もう何と言って良いか。
そこに立っているのは、1人と・・・2匹。
ヒスイと、阿形吽形の狛犬だった。
双方ライオンほどの大きさと獰猛さで。
加えて恐ろしい形相をしている。
しかも、阿形と吽形が声を揃えて慟哭したので、周囲はパニックに。
「まだ調伏中だから」
と、悪びれなくヒスイは言うが。
会場を一気に恐怖のどん底へと叩き落とした。
集まった人々は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、誰ひとり残らず。
オープニングセレモニーは延期せざるをえない。
「・・・・・・」
(今日もやってくれたな・・・)
公開初日が、ヒスイのお陰でこの様だ。
「わ!貸し切りなの!?すごいね!!」
ヒスイは大きな勘違いをしたまま、マイペースで話を続けた。
「あ、この子達なんだけど」
阿形も吽形も見た目に反して大人しく、ヒスイには懐いている様子だ。
「うちで調伏引き受けたんだけど・・・お兄ちゃんのことすごく怖がっちゃって。あーくんとまーくんも悪戯ばっかりするし。なんて言うのかな・・・ん〜と、そうそう!“針のむしろ”なの!!」
「・・・・・・」(目に浮かぶな・・・)
「なんか食欲もなくなっちゃって、可哀想だから・・・」
「オニキスに預かって貰おうと思って連れてきたの」
「はい、お願い」
オニキス側の都合は無視で、渡される2本のリード・・・狛犬達は確かに元気がない。
「・・・・・・」
(気の毒にな)
かつては人々に愛され、持て囃されていただろうに。
いつしか忘れられ。
その悲しみから、荒ぶる九十九神が増えているのだ。
オニキスがリードを握ると、ヒスイは阿形吽形の首元を撫で、言った。
「オニキスは、変わらない愛をくれるヒトだから、安心していいよ」
「・・・・・・」
(変わらない愛・・・か)
それに関しては自信がある、が。
「そうだとしても・・・昔と同じようにはいかんがな」
「なんで?」
と、振り向くヒスイ。
狛犬達をよそに、いきなり痴話喧嘩へと発展する・・・
「昔と同じでいいじゃない」
口を尖らせ、ヒスイが言うと。
「それでは正しい愛し方と言えんだろう」
眉を顰め、オニキスが言い返す。
「正しい愛し方?何それ?」
「・・・オレがいくらお前を好きでも。お前には子供がいて、幸せな家庭がある。それを壊してどうする」
勢いとはいえ、何故こんなことまで説明しなければならないのかと思う。
「???」
ヒスイは難しい顔をして、考え込んでしまった。
が、間もなくこう言った。
「何だかよくわからないけど・・・ちょっとくらい間違ったっていいんじゃないの?私達は、長い刻を生きてくんだから―」
「もっと気楽にいけば?」
「・・・・・・」
(そうだ、こういう女だった・・・)
思い出したところでもう遅い。
毎回このパターンなのだ。
“オニキスに似てカッコ良く〜”などとスピネルは評したが。
愛しては、迷って。
迷っては、愛して。
そんな堂々巡りを繰り返している自分が、カッコ良い筈がない。
「お前は、オレに間違いを犯せというのか?」
そう言いながら、自身の不様さに笑ってしまった。そして。
「・・・お前にもっと会いたいだけだ」
オニキスが実直にそう告げると。
「あれ?私、言わなかったっけ?いつでも呼んで、って」
※WJ14話参照。
「・・・随分前の話だろう」
「だから、私は変わらないんだってば」
晴れやかに笑って、ヒスイが断言する。
「ヒスイ・・・」
「うん?」
見つめ合う、2人。
オニキスの瞳はヒスイだけを映し。
ヒスイの瞳もまた、オニキスだけを映し・・・たのは一瞬で。
「ほら、お兄ちゃんだって、変わってないでしょ?」
ヒスイが後方を指差す。
そこにはコハクが立っていた。
仕事帰りの・・・エクソシストの黒衣のまま、現場に直行したのだ。
「どうもお久しぶりです」
(よし!間に合ったぞ!!)
コハクは余裕の笑顔で挨拶したが、その実、嫉妬心メラメラだった。
(オニキスとは付き合いも長いし、多少は僕も大目にみよう。でも!!)
プラネタリウムといえば・・・ロマンチックな暗闇だ。
(星空の下で、絶対いいムードになるに決まってる!!)
断固阻止せねば!と、無理矢理、デートに割り込んだのだ。
「ん?何か言いたげですね」
「・・・ヒスイのこととなると、なりふり構わずだな、お前は」
するとコハクは、小声でオニキスに耳打ちした。
「ヒスイの前では、カッコイイとこだけ見せたいんですけどね」
実際はそうもいかない、と。
「カッコつけてちゃ、恋愛なんてできない・・・でしょ?」
「ああ」
こればかりは、オニキスも頷くより他ない。
「同感、だ」
プラネタリウム、ドーム内。
とりあえず3人並んで席に座ってみたものの、一向に上映されない。
それもそのはず・・・先程の狛犬騒動で、係員も皆、逃げてしまったのだ。
「仕方があるまい。コハク、こっちへ来い」
男2人、裏方へ。
オニキスが投映機の操作をするという。
それから、
「お前はナレーションをやれ」
と、コハクに指示した。
何千年と生きているだけあって、コハクも星座や神話には詳しい。
話上手でもあるので、即席でも充分こなせる。
「ヒスイのためなら、喜んで」
コハクが二つ返事で引き受け。
こうして・・・男達の共同作業による上映が開始された。
「わ・・・ぁ・・・」
初の人工天体にヒスイは大感動。
瞬きも忘れるほど、夢中になっている。
「よくこれだけのものを作りましたね」
ナレーションの合間に、賞賛するコハク。
「ああ、力を尽くした」
「くすっ。ヒスイのために、ですか?」
「まあ・・・そうだろうな」
映す者と。説く者と。見る者と。
星空は・・・3人で。