World Joker

番外編(お題No.37)

監禁ラブアピール

滅多にない“ヒスイの本気モードがみられる話”CP絵巻「No.22」と「No.30」他、番外編、本編ともに読破された方向け。


[前編]



エクソシスト正員寮。302号室。サルファー宅。

「オタクには、恋する権利もないでありますか」

堕天使アザゼルの切なる訴えから始まる―

ヒスイのストーカー歴、○年。

募る想いを綴った手紙は、コハクにことごとく燃やされ、届いた試しがなく。
破壊された双眼鏡は数知れず。
盗撮も盗聴も許されない。
※当然です。

ヒスイとのコンタクトは至難を極めていた。
そして今日ついに・・・

(これ以上、ヒスイに近付いたら・・・殺すよ?)

立てた親指を首の前でスライドさせ、コハクが死刑宣告をしてきたという。

「熾天使の、ヒスイたんへの執着ぶり・・・尋常ではないですぞ」
「お前もな」
(何だよ、“ヒスイたん”って)

親友が、自分の母親に恋をする・・・気持ち悪い展開。
とはいえ、長年、同人活動を共にしてきた仲だ。
縁を切る気はない。

(こいつも普段はいい奴なんだけど)

美少女・・・特にヒスイに関しては、人が変わったようになってしまうのだ。

一級レア悪魔のアザゼルは、堕ちても天使なだけに、それに見合った美しい造形をしている。
けれども、オタクファッションにこだわりがあるらしく、ビン底眼鏡やら、バンダナやらが、イケメン度を著しく低下させていた。
アザゼルもまた、残念な美形のひとりである。
しかも今日は、片方のレンズにヒビが入っている。
どうやら、コハクに追い払われた際に出来たものらしかった。

「しかぁし!!屈辱の日々もここまでであります!!」

熱く叫んだアザゼルに目を遣ると、何かがいつもと違う。
首から下げている、トレードマークの一眼レフが別物だ。

「新しいの買ったにしちゃ、随分古いデザインだな。ま、レトロなのも悪くないけど」

と、サルファー。

「さすがサルファー氏!お目が高い!これはですな・・・」

そこまで言って、アザゼルは急に歯切れが悪くなった。

「サ・・・サークル仲間に譲り受けたものでありまして・・・」
「はぁ?サークル?何だよ、それ。僕に内緒で勝手に」

サルファーが不快感を示す。

「ち、違うであります!!これには深い訳が・・・」
「深い訳?」
「熾天使の血縁であるサルファー氏には、とても言えないことでありまして・・・」
「・・・お前、くだらないこと企んでるだろ」

語るに落ちるとは、まさにこのこと。
口を開けば開くほど、状況が悪化してゆく。

「拙者、失礼するであります!!」

一眼レフカメラを手に、302号室からアザゼルが飛び出す。

「おい、待てよ!」

サルファーも追って外に出た。

「待てって言ってるだろ!!」

アザゼルの肩を掴んだところで。
サルファーの肩を誰かが掴む。

「!!」
(総帥!?)

なにせ、エクソシストの寮内だ。
こんな出会いがあっても、おかしくはない。

「おや、珍しいカメラを持っているね」
と、アザゼルの手元に視線を送るセレ。
「どうだろう、一枚撮ってはくれないかね」
「いいぜ」

アザゼルに代わり、サルファーが答える。

「サルファー氏!!駄目であります!!」
「別にいいだろ。一枚くらい」

アザゼルが止めるのも聞かず、カメラを構えるサルファー。
セレが、被写体の表情を作る。
そして・・・パシャリ!シャッターを切ると。
 

「・・・おい、総帥どこ行ったんだよ」
 

フラッシュと共に、セレの姿が忽然と消えていた。

「カメラの・・・中であります・・・」
「は〜ん。そうか、お前、これ使ってあの女を拉致る気だったんだろ」

確かにこれなら、一瞬で事が済む。
大層な犯罪アイテムだ。
コハクの隙を突く可能性はゼロではない・・・かもしれない。

「その通りであります!!」

アザゼルは、開き直って、敬礼。

「生写真、サイン、できれば握手も・・・ブツブツ・・・」

完全に美少女マニアのスイッチが入ってしまっている。

「止めても無駄ですぞ!!」

と、アザゼルはいつになく声を荒げ。

「何百年も前から、熾天使にはいたぶられてきたであります!!そのうえ、ヒスイたんを独り占めとは・・・うぉぉぉぉ!!!!」

雄叫びを上げ、走り出す・・・すでに、玉砕フラグが立っている。

「・・・・・・」
(死なれても困るしな)

仕方なく、サルファーが後に続く。

(それにしても―)
「あいつ、総帥を監禁してること、忘れてるよな」


 
[後編]



「あれはもしや!!ヒスイたんでは!!」

何というタイミングか・・・
アザゼルが階段を下りようとした先の踊り場に、ヒスイがいた。
しかも、ひとりだ。

「え?誰???」
(ヒスイたん???)

目を丸くしてアザゼルを見上げている。
後方のサルファーは舌打ち、だ。

(よりによって、こんな時に、こんな所、うろついてんなよ!!)

「まさしく運命であります!!」

アザゼルが狂気じみた歓喜の声をあげ、ファインダーにヒスイの姿を捉えた。

「そいつから逃げろ!!」と、サルファー。
「え?なんで?」

瞬きをして聞き返す・・・ヒスイは今日も暢気だ。そして。
フラッシュを焚かれた、次の瞬間。
ヒスイもまたセレと同じように、その場から跡形もなく消えていた。
 

「・・・ここ、どこ?」
(もしかして、カメラの中???)

果てしない暗闇・・・底面はあり、立つ事はできた。
被写体を閉じ込める、写真機。
そういった魔道具が存在することは知っていた。
もう少し早く思い出していれば、回避できたかもしれないが、今となっては手遅れだ。

「カメラからフィルムを抜いてくれないと、出られないのよね。しょうがないわ」

それまで寝て待つという結論に至るヒスイ。
大きな欠伸をひとつしたところで。

「・・・風?」

吹かれて、前髪が捲れる。
吸血鬼は本来夜目が効くものだが、どんなに目を凝らしても、何も見えない。
つまりはそういう空間なのだ。
かわりに耳を澄ませると・・・

「!?」

それが風ではなく、何かの呼吸であることに気付く。

「・・・誰か、いるの?」

確かな気配・・・しかし、返事はない。
敵か味方かの判別に迷ったが・・・

「!!」

一撃繰り出され、それが明確になった。
象の鼻のようなものが、ヒスイの頭上から振り下ろされたのだ。
辛うじて避けるも、床に叩きつけられたそれの衝撃波で、体が飛ばされる。

ただ、この空間には壁がなく。
ヒスイは長い放物線を描き、ある程度減速してから落下した。
エクソシストの制服を着ていたため、ダメージも少なかった。

「いったぁ〜・・・」

ヒスイはお尻をさすりながら立ち上がり。

「まずいわね」深い闇を見据える。

そこに潜む“何か”は、特(魔)クラス・・・それ以上の予感。
職業柄、多くの魔物を見てきたが。

「“コレ”はたぶん、初めて・・・」

相手は恐らく、途轍もない巨体・・・だが、目視できないため、自分との距離も測れない。
緊張の汗が流れる。
いつ攻撃されてもおかしくない状況で、呪文の詠唱に入れる筈もなく。

(無駄な魔力の消耗は避けるべきよね)

専用武器のステッキなら、詠唱なしで魔法を使えるが、それで倒せる保証はないのだ。

「だったら・・・闘り合うより、捕縛術で動きを封じた方がいいわね」

確実に、生き残ることを考えるならば。戦法は慎重を期する。

(ひとりで戦うって、こういうことなんだ。本気でやらないと・・・死ぬ)

両手で頬を叩き、恐怖を祓うヒスイ。

「・・・絶対生きて戻るわよ」

「私、まだまだお兄ちゃんの子供産みたいもん!!」

ステッキの柄で素早く描き出した魔法陣の上に乗ると、円柱の光に包まれ。
その光を操るように両手を左右に広げる。

「守りの鳥籠!!」

光は、鳥籠の形状となってヒスイを囲った。
方々から滅多打ちにされるが、守りの鳥籠の名の通り、すべての攻撃を防ぐ。
・・・とはいえ、時間稼ぎの結界だ。

(そんなに長くはもたない・・・早く仕掛けなきゃ・・・)

捕縛術は直接相手の体に触れる必要がある。
しかし、今のままでは、力が足りない。
術を送り込む前に、吹っ飛ばされるのがオチだ。

「ほんの少しの間でいいから・・・攻撃を素手で受けられる力が欲しい・・・」

ヒスイはそう呟いて。右手に着けていたブレスレットを見た。
純銀製で・・・オニキスからプレゼントされたものだった。

「・・・・・・」

(これ食べたら、パワーアップしちゃったりして)

ホーンブレンドで銀の弾丸を撃ち込まれた時、体に力が漲ったのを覚えている。

(試してみる価値はあるわね)

「ごめん!!オニキス!!」

銀のブレスレットを外し、口に入れる。
それはまるで砂糖菓子のように。あっという間に溶けて消えた。期待通りだ。

「んっ・・・ん・・・ふぅ・・・はぁはぁ・・・」

手足が伸びる、奇妙な感覚・・・馴染むのを待つ時間はなかった。
次の一撃で、鳥籠が破壊されてしまったのだ。

「っ!!!」

砕かれた光の破片が散らばる中。
例の、象の鼻のようなものに横から薙ぎ払われたが、両手で返し。

「“縛”!!」

言葉を送ると、まず相手の体に“縛”の一文字が刻み込まれた。
ヒスイが呪文を唱えると、文字は瞬く間に増殖、全身へと転移し。
そこから一斉に鎖が伸び、“何か”を、がんじがらめにした。

ズゥゥゥン・・・!!

重く沈む音がする。
ヒスイは汗を拭って息を吸い。
続けて、歌唱魔法を執行した。
強力な睡眠効果があるものだ。
しばらく歌を聴かせると、荒々しかった呼吸が、静かになって。
戦いの終わりを告げる―。

「はぁはぁ・・・」
(助かったぁ〜・・・)

座り込むヒスイ。力を使い果たし、すでに元の姿へと戻っていた。
それから間もなくして・・・闇が裂かれた。

「わ・・・なに???」

カメラから解放されたヒスイの視界に入ったのは、多くのギャラリー。
殴り合った様子のサルファーとアザゼルもいる。
サルファーがカメラを勝ち取り、フィルムを抜いてみたのが功を奏したようだ。

「えっと・・・どういうことか、説明してくれる?」

と、アザゼルを見るヒスイ。
夢にまでみた“ヒスイたん”から話しかけられ、アザゼルの声が上擦る。

「りょ・・・了解であります!!」
と、ここでも敬礼。
有頂天のまま、真実を語り出した。

「実はですな。“熾天使被害者の会”たるものを結成したであります」

昔、コハクに殺されかけた堕天使達を中心に発足したという。

「熾天使被害者の会?何よ、それ」

当然、ヒスイの気に障る。
カメラに監禁されたことなど、今はどうでもいい。

「もっと詳しく聞かせて。活動内容は?」

アザゼルが言うには、主に愚痴。
自分はこんなに酷い目に遭わされた〜とか、それぞれ不幸自慢をしているだけらしいが・・・

「これがなかなか盛り上がるでありますよ」
「・・・わかったわ。そういうことね」

両手を腰に、アザゼルを睨むヒスイ。

「熾天使被害者の会なんて、名ばかりじゃない」

コハクの話で盛り上がる・・・ということは。

「結局、みんな、お兄ちゃんのこと好きなんでしょ!?」
「ヒ・・・ヒスイたん???」

ストーカーのアザゼルでさえも困惑させる・・・ヒスイの解釈。
その時、何食わぬ顔でギャラリーに混じっていたセレが笑い出した。

「ヒスイ、その考えからは、そろそろ離れた方が良いのではないかね?」

宥めるように。大きな手で、ヒスイの頭を撫で回す。

「セレ?なによ、もうっ・・・」

(何かと勘違いは多いが、大した子だ)
セレ、心の声。

宿した悪魔が、暴走の兆しを見せていたので、あえてカメラに囚われたのだ。
ヒスイまでも転送されてきたのは予定外だった。
望まぬ戦いに発展してしまったが。

(ヒスイでも私を“抑えられる”。有難いことだ)

それに・・・

(コハクはドSだから、気絶するまで容赦なく斬ってくるけれど、ヒスイは違う)

今回は痛みが殆どなかった。

(できることなら、これからもヒスイを指名したいくらいだよ。睡眠導入の歌唱魔法は実に良かった)

今も内なる悪魔は眠っている。おかげで随分体が楽だ。心まで癒される。

「やはり女の子だね」
「???当り前でしょ」

ヒスイにとっては見知らぬ逢瀬。
“誰と”戦っていたか、わからぬまま。
きょとんとするのも無理はない。

「家まで送ろう」と、セレ。

「いいよ、別に」きっぱり、ヒスイが断る。すると。
 

「私が、もう少し君といたい気分なのだよ」


口説きめいたその発言に。
ヒスイは渋い顔をして。

「だから、そういう台詞は誰にでも言っちゃだめなのっ!」

小さな体で、大の男にお説教、だ。

「私、そういうの嫌い」
「それは困ったね。君に嫌われたくない」
「・・・・・・」

暖簾に腕押し。
これ以上、何を言ったら良いやら。
ヒスイが黙ると、セレは笑って。

「では、まーくんに会いたいと言ったらどうかね?」
「!!最初から素直にそう言えばいいのよ!!」

ヒスイは、打って変わって機嫌を良くして。
笑顔でセレの手を引いた。

「じゃあ、早く行こ!!」

 
[当日談]


「・・・・・・」
「・・・・・・」

サルファーとアザゼル。

302号室に戻れば、待っているのは原稿だ。
タンジェはトーンの買い出しに出掛けていた。
明日には入稿しないと、印刷が間に合わない。喧嘩などしている暇はないのだ。
お互い、殴り合った傷がまだ残っているが、席に着いて、ペンを握る。そこで。

「サルファー氏、酷いですぞ・・・」

アザゼルのビン底眼鏡は粉々に割れていた。伊達なので、支障はないが。

「父さんの分も殴っといたからな」と、サルファーが言い返す。

ヒスイ監禁罪。
コハクが知れば、ただでは済まない。
先に罰を与えておけば、死亡は免れるだろうと思ってのことだった。

「・・・お前が言ってたサークルって、熾天使被害者の会のことだよな?」

ヒスイにペラペラ喋っていたのを、勿論サルファーも聞いていた。

「話せよ、昔、何があったか」


「・・・ふ〜ん、そういうことか」
「神に最も愛されていた熾天使を、皆、妬んでいたであります」

他の天使の追随を許さない、完璧な容姿と頭脳、圧倒的戦闘力・・・
贔屓だ!!と、アザゼルが机を叩く。

「・・・・・・」

堕天するくらいだ。
熾天使被害者の会メンバーの性格は、難アリなのである。
しばらくして、サルファーが口を開いた。

「あの女は、いつも馬鹿みたいなことしか言わないけど。今日のあれは、正解だと思うぜ」
 
『結局、みんな、お兄ちゃんのこと好きなんでしょ!?』

「“妬み”は“憧れ”に近い」

そして、“憧れ”は“好き”に含まれる。

「僕も少し、わかる。父さんみたいになれたら・・って思うけど、程遠いからな」
「サルファー氏・・・」

喋っていても手は休めない、作家魂。
原稿は描き上がっていた。
残すは、あとがきのページのみだ。

「アシスタントとして、名前、入れてやるよ」

と、サルファー。

「それは光栄であります!!」

アザゼルが手放しで喜ぶ。

「お前、ペンネームあったっけ?」
「ないであります。サルファー氏が決めてくだされ」
「だったら、プラズマにしろよ」

ロボ好きのサルファーらしいネーミングだ。

「・・・・・・」
(プラズマですと!?)

内心、微妙。むしろ、嫌だ。
しかし、サルファーには、なんとなく逆らえない。
アザゼルは、いじめられっこ気質なのだ。従って・・・

「よ、良いでありますな!!」

「拙者の名は―プラズマ!!」

などと、ポーズをつけて叫ぶが。
なんちゃって、では、終わらなかった。

「・・・サルファー氏、事件であります」
「なんだよ」
「今ので、契約が成立してしまったでありますよ」

サルファーに与えられた名を、声高らかに名乗ってしまった。
これでアザゼルはサルファー専属の悪魔となったのだ。
一方、サルファーは、特に驚いた様子もなく。

「どうせ似たようなもんだろ。用があれば呼ぶし」

共にアキハバラを追いかけて。同人誌を作って、イベント参加。
アニメや漫画について語り合い。オタクライフを満喫するのだ。

「・・・そうでありますな」と、アザゼル改めプラズマが頷く。

「しかぁし!!やめませんぞ!!ヒスイたんLOVEは!!」
「・・・・・・」
(もう勝手にしろよ)

この、ちょっぴり迷惑なストーカー悪魔との付き合いは、まだまだ続きそうだ―


+++END+++


ページのトップへ戻る